放射線医師と会う

もうすぐ11月も終わりだぁ~

世間一般、とくに子どもはクリスマスムード満々。
せめて子どものサンタさんからのプレゼントの手配だけはしないとなぁ~と思いつつ時間だけが無情にすぎていく。
私は今日ちょっとサプリメントを買いに言っただけで痛みと疲れがでてしまうので、人の多いところへ買い物は無理だろうなあと考えてしまう。オンラインに頼るしかないかな。

さて、昨日は主治医と放射線医に会ってきた。
主治医にあの癌専門医を代えて欲しいと要求、その他ソーシャルアシスタントのことを手配してもらうように話した。
こういう事務的手配のようなものも脳が朦朧としていたときは無理があったのでなんとかやっとできたって感じ。

放射線科のドクターに会う前には日本人医師で放射線の専門医である近藤誠さんの本を読んだりオンラインで放射線のことを再度勉強してから行ったので、彼女(ドクター)がプランしていた私のひびの入っている骨盤あたりだけを8グレイ1回でやってみるというのは通常治療である。近藤誠さんの「患者よ、がんと闘うな」のなかで放射線の長所短所を指摘しているなかで日本にいる放射線の治療はあまり放射線の知識のある医師が少ないので、悲惨なことが起こるそうだ。そこに照射の量をちゃんと説明してあるところがあり、放射線もしっかりした知識をもって使えばちゃんとした治療効果が得られるらしい。

からだ全身に照射すると6グレイで死亡するというのに部分だから8グレイでも大丈夫で、他の選択として2グレイを15回とか3グレイを10回とかというのもあるらしけど、効果はどれも同じだそうだ。何度もセンターに足を運ぶ面倒を思えば効果が同じならドクターのプランしている8グレイ一回でと私も思うのだが、実際即答は出来ず、
今だに考え中である。

放射線をあてようといわれている部分は左の骨盤、ソケイ部で実はそのあたりの足の付け根のリンパに数週間前からしこりができていることは針灸師しか知らない。なんとなく医師たちに言うのがおっくうなのだ。「ほら、ちゃんと(西洋医学で)治療しないから」とか思われるんだろうし、とにかくもう癌はあるのだから他にあってもまあ仕方ないからわざわざチェックしなくてもと言う気持ちが強い。鍼灸師はこれは癌じゃないよ。と言ってくれているし、とにかくくよくよ心配しないことが私のモットーなので今までよしとしてきた。 ただ放射線をあてればこれも無くなるかも?なんて最近考えたりしてこころは傾き始めているのは確かだ。

これを読んでいる人は「じゃあさっさとしなよ。骨折する前に」とか思ってしまうかもしれないけど、私が躊躇しているひとつの理由は怖いのだ。人間が放射線をあてられる全体量も決まっているし、原発のこともあるし、そいういう怖い治療しかないのだろうか?私はゾメタの副作用があったとはいえ、1回でやめたいとも言ってないのになぜかうまくコミュニケーションが不可能な私の癌医師は2度目を中止したので、とにかくもう一度やりたいと言ったのに次のアポの連絡もないままだ。次は多分12月になるのだろう。

最近やっと食欲もかなり普通に戻ったものの、大麻オイルをとらなければ夜はまだ眠れない。
ちょっと治療スランプ。他の計画はあるし、今までやっている温熱、サプリメントは続けているものの痛みをとってもっと歩きやすいからだに戻すことが先決だと思う。振り返ってみると何人もの人が治ったといわれる大麻オイルをとって「治そう」と気合が入りすぎていたのではと感じている。

最近いきあたったブログで「寛解」ということばを習った。がん細胞はだれのからだのなかにもある。でも常に免疫細胞がそれを殺している。だからそれが腫瘍になるかは人それぞれの環境やその他ストレス、食生活などもろもろの条件がそろわなくてはならない。そして転移した癌の完治は難しい。でもからだの中に検査で認められる癌があってもその癌があばれなくて普通に生活が可能な状態を保てること、つまり「共存」状態を寛解というらしい。
私は寛解に向かいたい。できれば手荒な治療は避けたい。10年後にその治療をしたために他の癌になりたくない。

癌細胞にたずねる。
あなたをつくってしまってごめんなさい。
あなたのおかげで本当にたくさんのこを学びました。
でも痛くて生活できないのは困るんです。
放射線をあててもいいですか?
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# by mi-chanlucalu | 2012-11-28 07:47 | 乳がんをめぐる

過去2ヶ月間総まとめ

朝から太陽がでているだけでこんなに気持ちがいいものかと思う。
朝日を浴びながらブログ更新。

過去2ヶ月間、私はマリファナオイルの治療のために生きていたようなものだったといえる。
もちろん、週2回の鍼灸治療と温熱治療、そして初のゾメタ点滴などまとめると色々やってきた。
多分、
10月はまだよかったと思う。大麻オイルの量もそんなに増やさずにまあなんとか摂取を続けてきた。痛みはいろんなところにあり、とくに首や腰がかなり痛い日が多く、それでもとくにきつい痛み止めをとらずにすごしてきた。
実際いまだにこちらのドクターに痛み止めを処方してもらってない。意地を張っているわけでなくリラックスしていればそんなに痛くないので寝てばかりいた。必要最低限のできる家事をこなして、少し頭がクリアなときはオイルをどうとればいいのか検索しいていた。

過去4週間くらいは何かと悲惨な状態が毎週おこることになった。

まず10月下旬にゾメタの点滴。これで副作用の模範生ともいえる症状がでて点滴の次の日の朝5時から悪寒、からだの痛み、発熱とこの日はベッドから起き上がれなかった。9時になって友人がヘルプに来たときには子どもたちはまだ朝食さえ食べておらず、友人がシリアルを食べさせランチを作ってなんとか学校へ送っていってくれた。点滴した当日は何にも起こらなかったのでまったくのサプライズだった。幸い次の日には起きて少しは食べれるくらいにはなったけどこの日は朝から晩までトイレにさえたたなかった。

11月に一緒に大麻オイルのことを調べてくれている親友のNさんと「Run from the cure」からリックシンプソンのやり方で大麻オイルを少し作ってみた。乾燥させた大麻購入し、かなり簡単にできたので感動。
そしてこれをとり始める。一日1gをとるにはどうしたいいのかいつも思考錯誤だった。私のからだはなかなかこれに慣れず、少量でものすごく眠くなり本当にいつも眠ってばかりいた。眠っていないときもぼーっとして無口な日々が続いた。それは終わりのないトンネルのように暗く延々と続いた。というのもからだの痛みが緩和されるわけでもなく、他の人の経験のように何か変わったことが自分は起こらなかったからだ。
夜寝る前にとる量は朝やお昼より増やしていた。そしてある日それを0.1g増やした。

それがかなり悲惨な結果になった。

次の朝は吐き気と今まで経験のないめまいが起こった。吐き気は吐くもののないのにげーげーいうだけの苦しいタイプのものでやっと出た少量の液体は緑だった。週末だったのでかろうじてベッドのうえでスピーカーフォーンにしてNさんにヘルプを求めた。あんまり後のことは覚えていない。ただそのご3日くらいしんどくて食欲ももどらなかった。そしてその3日間はまったく大麻オイルをとらなかった。

こんなことで諦めてはいけないと思いなおし、3日目の夜はオイルを少量とって寝た。

また検索の日々。このオイルで癌や難病を治しているグループサイトにいって(オンライン)自分の状況といったいどうやったらこのオイルに慣れて1gをとれるのか聞いてみた。今回は前回よりもちょっとやくに立つ答えがあり
それを試し始めた。カプセルにこのエッセンシャルオイルとヘンプシードオイルを入れて少量を1日4回取るというもの。さっそくベジタブルカプセルを買ってきて自分のタブレットを作り、気を取り直しオイル治療を始めた。

これも4,5日はうまくいっていた。

4時間ごとにとるという方法だったので朝、昼、夕、晩と時間を決めとっていた。朝と昼のオイルの効用はまあそんなにきつくなったけど3,4日めくらいから3度目のオイルがなんせかなり効くのでもう6時くらいに寝たくなる。
横になって楽にしとかないとかなりうまくファンクションしないので困った。
そしてある日まだ夕方のオイルががんがんにからだに効いているときに時間だし4度目のオイルをとろうと手にしたとたん吐き気がしておもいっきり夕食を戻してしまった。このダメージがかなり大きくこれから今にいたるまで食欲が落ち続ける。食べたいものといえば麺で自分が禁止していたインスタントラーメンが異常に食べたくなる。
抗がん剤のとき1週間飲まず食わずが続いた後もいわゆるジャンクフードばかり食べたくなった。

緑の液体を吐いてからはなんかフレッシュでエネルギーが強い食べ物を受け付けなかったのが続いていたのにさらにダメージがひどくなり、かろうじて何かを口にしているような日々が続いた。友人にカップめんとかを買ってきてもらった。そして不思議とそういうものはするすると食べれた。からだの要求に応えるのが精一杯だった。

そして弱っている胃腸は週2回の鍼灸で助けてもらっていた。そんなある朝突然、歩けなくなった。

左の骨盤に異常な痛みが走り左足を前にだすだけ、足を少しでも斜めにすると激痛が走り、立つときも歩くときもサポートがないと全く無理。トイレに座るのも苦痛で、あまりの痛みでおいおい泣きながら階段を下りた朝もあった。トイレに座ろうとするけど痛くでできないので、おもいっきり「ありがとう!」を繰り返しさすりさすりながらやっと便座に腰を下ろせたときもあった。3回の鍼灸治療と温熱治療、自分でやるびわ温灸で今は一人で歩けるようになりもうこれだけでありがたいと思える。1週間くらいだったけど、このままどんどんひどくなって車椅子になるのではという不安も少し頭をよぎった。この1週間は車さえ運転できず身体障害者の人の気持ちがひしひしとわかった。

実際まだうまく歩けないときに2回目のゾメタだったので病院では車椅子がだされた。そこで涙がとまらず、ゾメタの副作用の件を話すと私の癌専門医はこの日ゾメタをせずに骨盤のXrayをするように指示した。そのときは精神的に参っていたのでもう何でもいい、って気持ちでそれを受けてゾメタをせずに帰った。

先週癌センターでドクターと話し合いがあり、痛みを軽減するために放射線をもう一度考えたらどうかということ、抗がん剤と分子標的科学治療であるハーセプチンをやってみないかということ(私の癌のタイプはHer2陽性といってあんまり予後が良くない。でもこれを受けるとかなり効果がある)副作用が今回のは前回と違ってすごく少なく、そしてもしそれでもひどい副作用がでればやめたり、薬を減らしたりしたらどうか、ということなどを話してくれた。行き詰っていた大麻オイル治療とタイミングよく起こった骨盤のひどさと重なりこのがんセンターからの専門医の話しは心に少し残った。今回は担当の医師と話す前に女医さんが話しをしにきた。彼女の言い方はまとをえたところがあった。担当医は何かと「高い治療が保険カバーでできるんだから」と費用のことをもちだすのでうんざりしていたけどこの女医さんの言うように「あなたのがんは自分でどうなっていると思う?よくなってる?保っている?悪くなってる?」と聞かれた時にははっきり行って 応えられなかった。そして「今だったらまだ治療できる。でももっと弱ってしまったら治療さえ出来ないのよ」と。確かに。私は意地を張っているだろうか?西洋医学を拒み続けたためにもしかしたら良くなるチャンスをみすみす捨てているんだろうか?

というのは悪くなっているような気もするからだ。だいたい痛みは増えていた。たった3ヶ月前に比べても。

もちろん前回の癌センターの訪問より3kg体重が落ちていたのはいけなかった。ドクターにはマリファナオイルで吐いたとは言えなかったけど。

昨日も朝から太陽がでていたし、気分もよかったのでこれもあれもしたいと思っていたけど、子どもをクラフトフェアーに連れて行っただけでものすごく疲れてしまった。食欲もいまいちもどらず、いったいなにを食べれば元気になるのかとやりきれない気持ちが続いていた。何を食べてもおいしいと思えなく食べたいものもあんまりうかんでこなかった。健康的な食べ物は今でもあんまり食べようと思えないのが現状だけどきっとそのうち食べれるようになると思ってあんまり気にしないようにしている。マリファナオイルを中断してから夜眠れなくなってしまったので寝不足で食欲も落ちているかもしれない。にしてもあの緑の液体を吐いてからは生野菜はもちろん、あんまり野菜を口にしたいと思えない日々が続く。

たくさんの人に助けられた。そして今もそれは続いている。たくさん涙を流した。私それは必要だった。

これからどうするか。リセットのときなのだろうか。
2日前から夜だけ少量の大麻オイルをとり始め、さすがにやっとまとめて5、6時間以上眠れた。
あんなめにあってもオイルはとれる。抗がん剤に比べたらあのダメージはまだましといえるからかもしれない。
癌にはこれというち治療はない。マリファナオイルの治療もまだ全然一般的ではなくやっている人たちも全くの試行錯誤である。

ただここ数日からだが楽になってはいる。ものすごく微細なのだが、ベッドから起き上がるときの首の痛さとかが少し軽減して起き上がれ安くなっているようだ。寝に入るときも以前ほどの痛みを感じずに横になることもできる。これは鍼灸の効果なのかゾメタの効用なのか最近買ったマグネシウムのお風呂のせいなのか、今借りて試しているBioMatのせいなのか全く分からないけど・・・。

子どもたちは私が歩けるようになりかつマリファナオイルをお昼とってなので意識があるのが元気なったように思えるようで喜んでいる。私も治療のためだけに生きるのには疲れたのでこれからどうするかを考える時期に入っていると感じている。
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# by mi-chanlucalu | 2012-11-25 03:34 | 乳がんをめぐる

痛みが教えてくれることと私の治療

ルカがボブマーリーの「Legend」をかなり気に入っていて
日曜の朝なんだけど、またそれがかかっている。パパが好きな音楽
で、私も好きだし、とにかく子どもたちとそのときの状況に応じていつも
音楽をかけておきたいと思うので、歓迎。
みらは私の好きなモーツアルトも気に入っていてこれもよくかかってる。

子どもたちも学校に慣れてきていて、とくにみらは「ちゃんとする」のが
好きみたいなのでことはスムースにいっている。

いろんな意味でかなり世界観が変わってしまった私にとって彼らが
アカデミックなことができようが、できまいがとにかく嫌な思いをして
いなければ学校であろうが、家で勉強しようがどっちでもいい。

「痛み」はもうながいこと全身にあって、医療大麻は痛み止めでなく
毎日ヘンプオイルをとっていても「痛み」を感じずに暮らすことが
できていないのが現状だ。

もうこれが私だから「身体障害者用」の車につけるプレートでもとって
色々この今の私に合うように生活していかないとつらくなるばかり
なんじゃないかと思うときもある。

首、背中、腰、骨盤、手術の後などあげだしたらかなりきりがないほど
の部分がそれぞれに痛いのは、痛みを支えようとするほかの部分に
影響して筋肉が硬くなり、痛みが増える。
こんないだは右の腰が異常なまでに痛み、歩くのが困難だった。
杖が要るなぁ・・・と思っていた。

でも他の人のようにモルヒネや強い痛み止めをとろうとは思っていない。

痛みの質や、度合いを観察することが私にとってのある意味での
治療である。よっぽどからだがひどくなると持っている痛み止めを
使うのだけど、ほとんど全身を楽にしてくれるのはない。

最近、中古で遠赤外線のドームサウナを買った。2000ドル以上する
ものなのに、うまく600ドルで購入できたのでよかった。
温熱で痛みがどれだけ軽減するかを調べている。
汗が30分はいっているとかなりでて気持ちいい。

週一回の鍼灸治療と家で自分でやるびわの葉温灸や内鍼治療はもちろん
煎じて作るEssiacやFloessenceも欠かさないようにして
いる。

こないだビタミンCの点滴に行ったら、Naturopathのドクター自ら点滴
してくれようとして3回針を入れて失敗に終わり、結局2時間も無駄にして
何もせずに帰ってきた。とほほだよ。この治療には縁がないのかなぁと
思い始めてる。

大麻オイルの方は昼にとる量を加減しないと、かなり意識の世界を旅
することになるので調整している。夜寝る2時間くらい前にとる量は
増えてきてるのに朝なんとか起きられるのでこれはありがたい。

痛みが全然なかったころがほんの1年くらい前なのに、もう長いこと
痛みだらけで暮らしているようだ。
人が腰を曲げる姿をみただけで痛くないのかと思うほどに腰の方の
痛みは激しくて、私にできることは「できないことをしないこと」である
分、できることが少ない生活のなかではかなり静かな日々が続いている。

「治す」ことと「子どものとの時間」のほかにあまり興味があるものが
なく、朝起きてベッドにふちに座り「今朝も寝ているあいだに死なずに生きて
起きた。さて、痛みはどんな具合だろう。歩けるかな?」と始まる。

月曜から金曜は子どものランチを作り朝食を食べさせ学校へ送る。
子どもより早く歩けなくなったので本当は早めに家をでるべきなのに
いつも遅刻。でも気にしない。参加しているからそれに意味がある。

学校へ行くひとつのメリットは朝否が応でも外へでてフレッシュな空気に
ふれれること。家にいると分かっていてもすぐに寒い外へはでない。
新しい朝の空気はやっぱり気持ちいい。

痛みが全くなくなるときがくる。それは「死」かもしれない。
でも、どうしてもそれより先になくなるんじゃないか思ってしまう。
以前のように重いものを腰を使って持ち上げたり、子どもとトランポリン
を飛んだり、出来る日がきっとくると信じる。
でも、それまで痛みは私にありとあらゆることを教えてくれている。

どこの筋肉を使うと痛いとかは当たり前のことなんだけど、こうしたから
ここが痛いとか、だからこれはがんの痛みからじゃなくてとか
痛いから「がんがある意識」もあるから治療に熱も入るわけだし。

すべては授けられているからありがたいと思って学びを得ていく。
もっともっとひどい状況の人だってたくさんいるんだ。
痛いけど、笑えるし食べれるし。

水曜にはがん専門医に会いに行く。
ちょっと他の治療が増えるかもしれない。
がんセンターに行ったら、掃除とか犬の散歩のヘルプもでるし
使えるものはありがたく使わせてもらおう。

がんになったことで本当に深いところまで知ることになる。
周りの人の反応で、その人たちがどういう人なのかも
ものすごく分かる。本当にものすごく。
あの人はヘルプしてくれるからよい人というような単純な
ことでなく、もっと深いところでなんだけど、何を考えて
どんな風に過ごしているかっていうようなことなんだけどね。

ま、とにかく私は今のところなんとか生きてる。
がんがあろうが、痛かろうが。

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佐賀のある夕暮れ

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佐賀のある朝日

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姫路でのお寺から見えた月
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# by mi-chanlucalu | 2012-09-23 01:43 | 乳がんをめぐる

みらとるかの日々

9月4日から学校が始まってもう2週が過ぎてしまった。
1週目の終わりと2週目の始まりは、みら一人がかなりルカのことを心配
していた。
「まま、るかをホームスクールにもどして、みらはいくけど」
「なんで?」
「るかがいつも怒られて泣いてる。先生に。」
「でも、ルカは何にも言わないよ。」
ルカ「・・・・」終始無言

そうなのだ。
ルカをケアして心配しているのはみら。

私はこのほかのルカがすねて(多分)床に寝転んで
注意されたことを聞いたりして、ちょっと頭のなかがため息をついて
いた一日があったけど、実際当のルカからは何の一言もない。

「がっこういやだ」

とは今のところ言わない。

彼は平気でコンピュータを使ってする算数はおもしろいとかをみらに
話しかけている。みらの発言とは全く裏腹に・・・。

ランチを残しているのを見て「どうして食べなかったのか」と聞くと
彼のじゃこアーモンド(手作りの)を数人の女の子が「Yuky~」と言ったらしく
傷ついて食べなかったので、それを聞いたみらは「そんなの気にしなくていいの」と
自分は全部食べたことを誇りに思ってる彼女は、ルカをたしなめる。

先週の最後の方からはかなりルカも慣れてきていたと先生が言って
いたけど、みらがとにかくルカに代わって発言する「ルカがトイレに行きたいとか」
らしく、そうしないように注意はしているとのこと。

ま、いいコンビだ。おもしろい。

先生も特にきつく「怒っている」わけでないだろうと検討がついた。

細かいことをブツブツ言う親にはなりたくない。
理不尽に意地悪に怒っているのではなさそうだし、だいたいルカも
きっと怒られることをいているんだ。

もう彼らは幼稚園でなく、一応G2なんだ。
日本で言えば小1と小2のあいだくらいなんだけど
まあ、すねたりして怒られるのもいい経験だからよしとしておく。

みらは学校へ毎日行くというルーティンを楽しんでいるようだ。
彼女は日に日に頼もしくなっていく。
家中の整理整頓をしているかと思えるほど何かとちゃんとしてくれる。

靴は全部そろえるだけじゃなく、
何かと片付けないと気がすまないようだ。
ものすごく助かる。

昨日は今まで開けられないと思っていた車のトランクを開け、
カイを出して、車においていたもの全部を家に運んでくれた。

私の腰など色々痛い分、私の手足となりよくしてくれる。
それが自分のしごとのように何でもすすんで。

みらとるかは仲がいいのも助かる。
学校から戻ってみらは算数をひとりでやり始める。
るかは本をひとりで読んでいる。

「やる気」ってすごい。

ホームスクールも楽しかったけど
こういった彼らの変化を観察するのもおもしろい。

ちなみにみらのおかげで私はるかに何も言わなくとも
朝、「いくよ~」と言えばみらが全部ルカに指示してくれる。
「るか、きがえて」
「るか、はみがいて」
「るか、じゃけっと」
「るか、はい、くつはいて」
「るか、これわすれないでね」

海に行くからちょっと寒いかもしれないとちょっと出かけるときにも
るかのためにジャケットを持っていってあげるとか、もう私が気にしなくても
彼女が全部世話をやいている。

なんて・・・・ありがたいんだ。

彼らはとても親密で
お互いをとても大事にしている。

彼らを見てるだけで、楽しくなる。

だから、学校へ行っている昼間
ちょっとさみしい。

みらとるかとの時間以外は治療のことしか頭にないような
そんな日々が続いている。

痛みはいつもそこらじゅうにある。
先週は歩くのも困難なくらい痛くなり
まだその痛みは全く消えない。

でも、気持ちは元気で何かをしたいと思うので
痛くても、彼らとできることをしている。

それが今の私のすべて。



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日本にて。夜店の前で
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# by mi-chanlucalu | 2012-09-17 00:58 | みらるか

友達家族と海へ行った。

海へ行くには最高の天気だった。

持っていったおにぎりをみんなで食べた。

空は青く風は気持ちよかった。

空気もとてもすんでいて、とてもリラックスした気分になれた。

子どもたちも友達と一緒に延々と遊んでいてご機嫌だった。


彼らのうちを訪れたのは日本から戻って初めてだった。

今までずっと家に来てくれていた。

でも今朝は私から彼らに会いにいきたくなった。
海へ向かうトレイルの入り口で待ち合わせた。

そして、そのプランは、やはり完璧だったと思う。



海を堪能した後は

彼らの家で彼らの作った野菜たっぷりのパスタをいただいた。

とっても、とってもおいしかった。

子どもたちはさらに遊びにふけり、時間はあっというまにたってしまった。

おみやげに彼らの作った野菜をもらった。

私はこれらの野菜をとっても大事に食べる。
これらはわたしの治療の一部だし、もらったときにいつも
ふわっと幸せな気分になれる。
世界にひとつしかない特別な石をもらったようにとっても
特別な気分になるのだ。




もし誰かに

「あなたの理想的な週末の過ごし方はなんですか?」と聞かれたなら

迷わずこう答えるだろう。

「とっても仲良しの友達家族と海へ行くことです」と。


私たち3人は1人の大切な人を亡くしたのだけど

いろんな人ともっと家族になっているんだ。




海には小さいころから好きな人と行っている。

海に行くには好きな人としか行かないようになっているのだろうか?
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海はやはり特別な場所なんだ。



ありがとう! 海と友人と

今日のすべてに!
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# by mi-chanlucalu | 2012-09-02 13:35 | Family

ヘンプワールドとこれからの生活

1週間前にヘンプオイルをもらった。
これがRick Simpsonとまったく同じかどうかがは定かではない。
でもヘンプというものに慣れるためにものすごく少量をとっている。

これをとるととにかく眠い。

夜に主にとるんだけど、朝まで全くトイレにさえ起きることなく眠れる。
昼まにとると、かなり頭がアルファ波なので運転などは危ないような気がする。
潜在意識がからだに必要な眠りをとろうと指示しているかのごとく昼間でも
寝ようと思えばすぐ眠れる。

先週からとにかくたくさんの人に会った。
友達の友達の友達のヘンプ、マリファナ、大麻となんでもいいんだけど
その植物にものすごく詳しい人に彼女(ヘンプ)のことをしゃべらせると止まらないようだった。

亡き彼のステップブラザーからは、いったいこの植物にまつわる人たちっていうのは
どうなっているのか、みたいな事実とかも聞いたり、もちろん自分でもネットで調べたり
10日くらいのうちにかなり詳しく(まだまだなんだけど)なったような気がする。

実際、人体実験をしていて眠いだけでない体験もある。
アンドリューワイルの本には、LSDは全くみんな同じところに意識がいくのだけど
マリファナは人それぞれ違うというのを読んでいたし、そう聞いてもいたので
いったい自分の意識はどこにいきたいのか、みたいなのを経過観察中なのだ。

私がやっている治療は全く多分一日中なんだろうけど、
からだにとるサプリメントは数々あるうちのひとつに自然のもので
アンズの種がある。これはネットでオーダーしたオーガニックの生の種で
とにかく苦い。アミダグリン、またはLaetrileががん細胞にはよくない。
正常細胞には全く危害を加えない代物だ。

100年位前にこのLaetrile治療をしていた医者がこの成分はFDA認可していない
という、でもがん患者が治っているからというひと悶着があった。
結局、この件は書類がやみに葬られたまま、とくに今だに効用ながん治療として
日の目をみていない。一握りの大金持ちのために大きな製薬会社が薬にできない
自然のものを認めない、またはマリファナのようにがんをCureするものは寛大されない。

大金持ちの人たちは人々が無料ものを手に入れられては困るのだ。
とにかく医学会だけをとれば、癌は世界的に大きなビジネスなので人々を洗脳し続け
なければならない。手術、抗がん剤、放射線をやらないと治らないと思わせ続け
なければ、自然療法ごときで治っては困るのだ。

ヘンプワールドにも、とくに医療的にヘンプを使って人を助けようとする人を
私はあまり知らない。だからRick Simpsonのような「人を信じないで自分で治せ」と
いうメッセージを送り続け、どうやってそのオイルを作るのをネットで紹介しているから
こそ、私は彼を信じ、このオイルを作る予定だ。

日本のたびから戻り1ヶ月以上たち、からだの痛みは消えていないけど、最近は
「活力」のようなもの、やる気が少しでてきている。
痛くても諦めないで、とにかく何かできることがしたいと思えるようになってきた。

一日一日をやりこなしている毎日は変わらないけど、将来の目標もかなりはっきり
してきた。もし私に将来というものが与えられているのなら。



      **************


8月最後の日。
なかなか決心ができず、どうしようかと頭の隅で考えていたことがかたちをとったのは
子どもたちを前の学校へ戻すこと。

何日か前のある日、どうしてそんなにエネルギーがあったのか、エネルギーというより
何かに動かされていたのだろうとは思うのだけど、3人の校長に会った。
そしてその後人と話しをしたり、子どもにどうしたいのかを最終的として尋ねたり
自分も静かに考えをまとめてみたりしているうちに、それが今はベストなんだろうと
思えた。

ある意味において、こういう教育がいいとか、あっちの先生がいいとか色々めぐっていた
のだけど、やっぱりすべては子どもの中にあるような気がする。
この件においては、みらとるかのパパもきっとそれがいいと言っているのがわかるし、
(実際言っていたし)自分の中にあるこだわりとかエゴを手放せば楽になれる
ことはいっぱいあって、これがそのひとつなんだろうなあと思った。

人によると、この学校はがらが悪いみたいな理由で違う学校へ入れたりもするんだけど
結局、そういう人たちからどう影響を受けるかも学びなのだ。もしちょっと好きになれない
先生にあたっても、個人個人がそれでどう成長していくかをちゃんと私たち親が見守って
いれば、そして無償の愛を与え続けていればなんら大変なことにはならないものなのだ。

私にとって彼らがちゃんと読み書きを学ぶのは重要ではない。でもサマーキャンプに
参加して、全く知らない子たちのなかで楽しみを見つけながらちゃんと行っていた彼らを
見て、子供たちのなかで学ぶのはきっと「自然」なことで、彼らもそれを欲していると
感じた。そして、朝ちょっと早めに起きるのは今の私には大変でも、何とかランチを
つくり彼らを送りだせたので、まあ、なんとかなるだろうと思えた。

彼らの存在と成長をみることが今の私のほとんど全てを支えていると言っても過言で
ないくらいだ。だから強くがんを治したいと思う。

学校へ戻す理由はこまごまといろいろある。人間は複雑体なのだ。
彼らが行っているあいだに自分の治療に集中できるのもそのひとつだ。

どこかへ向かって流れている。
私たち3人に新しい9月がもうすぐ始まる。
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# by mi-chanlucalu | 2012-08-31 02:39 | 乳がんをめぐる

人はなぜ治るのか

日本から戻って一ヶ月。

しんどい時間が少し減ったような気がする。

子どもたちは今週スイムキャンプという9時から4時まででそのなかに1時間のスイムレッスンのほかゲームしたり、おまけに午後もプールの日もあったりと、どうやらこのキャンプは大好きみたいだ。ただ私には朝からスナックやランチの用意とか水着、タオルまで全てを用意して車で送っていかないといけないというかなり過酷なスタートだった。普通の人なら慣れている作業がこれほどしんどいものかと思うくらい最初の2日は送った後にもうどろどろに疲れて帰りの車で寝そうになった。特に一日目はサプリメントを買いにヘルスストアーに寄ったりしたので
その後昼間で寝込んだ。

しんどくなると、なんでしんどくなるんだろうと嫌気がさす。こっちに戻ったときは、まあ疲れとかすごい痛みのためだろうとか考えていたけど、かれこれもう1ヶ月なのに精力も活力も今までとは比べにならない。ちょっと気分がよくても痛みはいつもあるからなんかどうしてもやる気がなくなる。

今日はキャンプ最後の日で3日目くらいから朝もちょっと調子よくなってきたとはいえもう絶対送った後どこにも寄らずに家に直行してとりあえずゆっくりすることにしている。

観察、観察。からだを観察する。
からだの声をきく。
今何ができるのか。
これは無理ではないか。
痛いところの痛みの度合いや気分の感じを常に感じる。
何気なく過ごさない。
音楽をかけてみる。
それでどう気分が変わるか。
歌う。踊る。気分がよくなるかどうか。
お茶を飲む。
しんどかったのが少し楽なるときと変わらないときがある。
横になる必要があればとにかくなる。
すっと眠ってしまえばきっとからだがそれを求めている。
感じる。からだを感じる。
何がおいしいか。
何かをおいしくないと思うか。
無理はしない。
痩せても食べたくなければ食べない。
食べるだけでも体力を使うのだ。

観察。観察。観察。

私の治療における大事なことだ。

アンドリュー ワイルの 



『人はなぜ治るのか』 を最近読み終えて、かなりしんどかったときもこの本の
おかげでいろんな意味で自信が持てたし、なんせ学ぶところが大きかった。
いろんな本を読んでいると、その人の偏った知識や意見をあまりにも誇張するものが
覆いのだけど(だいたい本ってそういう風にしなきゃ売れないんだろうけど《これで癌は治る!とかね》彼の本は彼の体験や事実に基づいて、憶測的なことはあまり書いてなく、批判も少ない。
人はどうして治るのかという日本のタイトルはかなり的を得ているとも思うので訳もかなり充実していた。

人は治るのだ。かなり自然に。からだは治す力を備わっている。それは万人に。
でもなぜ人は治療家を必要とするのか? 
治癒はどうして起こるのか?
応えはそれぞれの人によって違うだろう。たとえこの本を読んでも一人ひとりどう思うか、どう感じ行動を起すかも異なると思う。

こんなドクターがいてうれしいし、これから時代は変わっていくと思う。
ひとりひとりの意識が変われば世界は変わるし宇宙だって変わるんだ。
それは真実なんだよ。
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# by mi-chanlucalu | 2012-08-17 03:35 | 生きること

Run from the cure

まだまだしんどい日々は続いています。少しリフトできたと思ってもたくさんはできない。
痛みを支えている疲れたからだが時間をかけて戻ろうとしているのは分かるんだけど無理をしないように・・・。
例えば、昨日は子供と犬連れて公園、ベンチでぐーって眠ってしまう。でもひとつできることが増えた。
今朝は一人でグローサリーへ。 家に戻るとへとへとなので足湯。って感じに一進一退してます。

Facebookにも載せたけど、このビデオは私に新たな光を(持っていた光を)強くさせました。

http://www.youtube.com/watch?v=0psJhQHk_GI 

よかったらどうぞ。英語のみです。
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# by mi-chanlucalu | 2012-08-10 03:16 | 乳がんをめぐる

とんでもなかった6ヶ月命日

昨日で6ヶ月

いろんなことが変わった。

壊れてしまったものは治らない。同じようには。 絶対に。

るかをクラフトキャンプに入れたのは、ただ彼が作ることが好きだから。
でもその初日がこういう形で始まるとは・・・。

私を助けるために来てくれた友人とその息子とみらが犬の散歩へ近くの公園に行っているときに、12時で終わるルカを向かえに行った。ルカはみらが何をしているのか気になって、自分も公園へ行って遊びたいと言い出した。
私は花を買いたかったし、からだが痛かったので公園のすぐそばの道路でるかを降ろして、ルカに彼らがまだいるかを確認させてから花屋へ行った。

このときに一抹の不安があったのに、まあもしルカが間違えて彼らでなくとも家になんとか戻ってこれる距離だしルカもよく知っているから大丈夫だろう、でも・・・・と言う思いだった。

家に花と戻るともうみんな帰っていたので時間的に、ルカは一緒じゃないとすぐ分かった。

私の勘は的中した。それからが苦しかった。痛み止めくらい飲んでおくべきだった。
走れない。
早くさえ歩けない。
痛すぎた。
見つからない。
公園にいた人たちも見ていないという。
20分から30分のあいだのことだ。

少し探したけどとにかく歩いて探せない。遅すぎるので車にまた飛び込みすぐ隣の公園へ。
サマーキャンプをしているこどもたちのなかに彼がいた。そのサマーキャンプは去年彼らが5日間参加したことのあったやつでそこにいたリーダーが彼を知っていた。ルカがみらたちじゃあなかったので私もいなくて泣きながら家に戻ろうとしていたら偶然ネームタグをしていたるかを見つけた人がそこへ連れて行ったのだそう。

ルカを見つけたとき
泣いた。
彼は私を見たら泣いたので
私はもっと泣いた。

ごめん、ごめん、ごめん、今でも涙がでてくるよ。
もしきみを無くしたり、何かあったら私はもう機能できるだろうか?
自分をもっと痛い目に合わせてやりたかった。
でも、
それをするにはあまりにも疲れすぎていた。

るかがいてくれて、そして彼が私を許してくれてよかった。

ありがとう・・・

るかのことをいやというほど知っていながらるかの『いたよ~。まま』ということばを信じて自分の目で確認しなかったのは私の責任。

痛いとか疲れているとか花が買いたかったなんて全く何の理由にもならない。

そしてその瞬間の勘を拾わなかった私。

これは教訓であり、これからの生活においてのWarningなんだ。

だから、ありがとうなんだ。


車のちょっとした事故で済んでよかったと思うように、これからは私は、あの注意深い、心配性のセンシティブで優しい人の空間を埋めなくてはならない。

もう『楽天家』ではいられない。


この日はもう放心状態になりそうだったけど、そのときいた友人の励ましと、その日の午後に来た医療大麻のGrowerとの素敵な出会いでかなりなぐさめられた。

その人はもし日本人とかが見たらHollywoodとかの映画にでてきそうな黒人のものすごくスタイルのいい底抜けに明るい女性だった。健康お宅はまったくもって私以上で考え方とか、生き方がすごく似ていた。
この人にだったらお金を稼いでもらってもいいと思える人だった。
大麻をどうやって摂取していくかの方法とか私が所持できるように取るためのライセンスのことを手伝ってくれて、頼めば彼女や仲間が色々作ってくれる。オイルを錠剤にしたものとか食べれるように精製したものとか。
私が砂糖を使わないことを話してから私たちのダイエット(食べ方)についての話しは盛り上がった。

その彼女が帰った後、
私たち3人でキャンドルをともし、お線香を一本ずつたて、般若心経を唱え、私たちを守ってくれている彼を思った。それくらいしかできなかった。彼が好んで飲んでいたウィスキーを供えただけの、本当に本当にシンプルなセレモニー。

3人でパパがいろんなところにいることを確認しあった。

夜にはパパの好きだったボブ マーリぃーをかけ太鼓をたたいたり歌って踊った。
いろんな小さなことはどうでもよかった。ただ生きていてここに一緒にいられることが大切なんだ。



でも、こころもからだも9時半にはくたくただった。






6ヶ月の命日はこんな風に終わった。
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# by mi-chanlucalu | 2012-08-08 11:43 | 生きること

ありがとう!私は生かされています!

カナダに戻ってきてから
今日やっと何かをやろうという気持ちがでた。
そして友人がカイの散歩をしてくれるのに甘えて、以前からの約束していた子どもたちを博物館へ連れて行くということができた。博物館の後はビクトリアではとっても人気のベジタリアンレストランでランチをして、本当に本当に始めてリラックスした気分になれた。

あの痛みがやってきたのは1週間以上前の土曜くらいだったと思う。胸椎に癌が転移しているのは確認されていたし、実際ハワイでも長野で温水プールに入ったときでも痛みは感じることは時々あり、胸が痛いということに対しては嫌な感じはあった。だからそれからの1週間は私の気持ちもからだも完全に打ちのめすのには十分なくらいの痛さが胸の真ん中の骨から伝わったのである。何をしていてもしなくても激痛だった。その痛みに耐えるためにもちろん、他のところに力が入り痛くなる。

ここの痛さはもう骨盤とか首とか他の痛さを感じられない(実際は感じていたけど)くらいの特別な痛さだった。胸に刀が突き刺さっているまま行動しているようなするどい痛さだ。普通の人なら(私もそうなんだけど)絶対モルヒネくらいは打つだろう。処方された座薬も全く効かない。心臓と肺という大事な器官に近いのでものすごく圧迫感があり、不安がつのる。

『死』を真剣に4日間は考えた。そのときは、もし今なんかを購入しても、後ドレくらい使えるか分からないからやめとようとか、夜寝ている間に死んだらどうしようとか。だから朝起きてからの「あぁ、今朝も生きてるんだ。ありがとう。痛みくらいでは死なないのかなぁ」とかも思いながらの毎日だった。痛みが始まっての4日間は全く痛みに変化はなかったからだ。このころは(今もだけど)特に精神的な痛みも抱えていたのでよけいにつらかった。誰かにずっとそばにいてもらいたい気持ちがつのったけど、それはきっと叶わないんだろうと諦めた。ただ友人が電話をかけてくれ、掃除や買い物などの家事や子どもの相手や犬の散歩をしてくれたりしたのでものすごく助かった。

今この経験が過去形で書けることがうれしい。
痛みは全くなくなってはいないし、前とは違う形でいまだに存在しているけど二日くらい前から減少してきている。確実に。できるだけの手当て療法やイメージ療法、瞑想、呼吸法を続けた。風呂の入り方も変えたり、休めるときには何もせずに、やってくれる人には何でもやってもらった。何のプランもたてなかったし、ブログに悲壮な気持ちも書かなかった。(書けなかった、痛すぎて)ただ『死』を考えた後は、絶対痛みはなくなっていくんだと信じた。肋骨の痛みだって変化があったんだし、胸にあるからっていつまでもあるとは限らないと思い込むようにした。とにかく自分の可能性を信じた。こころとからだは繋がっていることを信じた。
怒りを出せる場が2度ほどあったので小出しではあったけど出したし、泣きたいときには泣いた。
だから何が効いたのか分からない。何もしなくても自然に時がきたら治ってきたものかもしれない。でも痛みはものすごく少しずつだったけど減っていった。それが観察できた。これがうれしかった。

今日こうやってブログを書けるほどに回復した。
本当にうれしい。疲れと痛みでなかなかゆっくりと子どもたちとの時間をとれず、こころのなかは暗い不安ばかりの日々だったけど今日は本当にただ博物館をゆっくり歩いて子どもたちが楽しんでいる姿を見ているだけがうれしかった。ランチをするためのレストランのラインで待っているときでさえ、ものすごく優しい気分だった。何を食べてもおいしかった。子どもがやっていることを見たり、彼らとの会話はひとつひとつが大切な瞬間だった。

ありがとう!ありがとう!ありがとう!
全てに!
私が今こんな気持ちでいることを伝えたい!
痛みや癌に、私に、逝ってしまった彼に、子どもに、犬に、友人に、日本にいる家族や友人に、全ての人々に、木々や海や湖や自然の全てに、本当にありとあらゆるもの全てに、この地球や宇宙に、私の知らない全てに
ありがとう!!! 愛しています!

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# by mi-chanlucalu | 2012-08-06 14:02 | 生きること