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ヘンプワールドとこれからの生活

1週間前にヘンプオイルをもらった。
これがRick Simpsonとまったく同じかどうかがは定かではない。
でもヘンプというものに慣れるためにものすごく少量をとっている。

これをとるととにかく眠い。

夜に主にとるんだけど、朝まで全くトイレにさえ起きることなく眠れる。
昼まにとると、かなり頭がアルファ波なので運転などは危ないような気がする。
潜在意識がからだに必要な眠りをとろうと指示しているかのごとく昼間でも
寝ようと思えばすぐ眠れる。

先週からとにかくたくさんの人に会った。
友達の友達の友達のヘンプ、マリファナ、大麻となんでもいいんだけど
その植物にものすごく詳しい人に彼女(ヘンプ)のことをしゃべらせると止まらないようだった。

亡き彼のステップブラザーからは、いったいこの植物にまつわる人たちっていうのは
どうなっているのか、みたいな事実とかも聞いたり、もちろん自分でもネットで調べたり
10日くらいのうちにかなり詳しく(まだまだなんだけど)なったような気がする。

実際、人体実験をしていて眠いだけでない体験もある。
アンドリューワイルの本には、LSDは全くみんな同じところに意識がいくのだけど
マリファナは人それぞれ違うというのを読んでいたし、そう聞いてもいたので
いったい自分の意識はどこにいきたいのか、みたいなのを経過観察中なのだ。

私がやっている治療は全く多分一日中なんだろうけど、
からだにとるサプリメントは数々あるうちのひとつに自然のもので
アンズの種がある。これはネットでオーダーしたオーガニックの生の種で
とにかく苦い。アミダグリン、またはLaetrileががん細胞にはよくない。
正常細胞には全く危害を加えない代物だ。

100年位前にこのLaetrile治療をしていた医者がこの成分はFDA認可していない
という、でもがん患者が治っているからというひと悶着があった。
結局、この件は書類がやみに葬られたまま、とくに今だに効用ながん治療として
日の目をみていない。一握りの大金持ちのために大きな製薬会社が薬にできない
自然のものを認めない、またはマリファナのようにがんをCureするものは寛大されない。

大金持ちの人たちは人々が無料ものを手に入れられては困るのだ。
とにかく医学会だけをとれば、癌は世界的に大きなビジネスなので人々を洗脳し続け
なければならない。手術、抗がん剤、放射線をやらないと治らないと思わせ続け
なければ、自然療法ごときで治っては困るのだ。

ヘンプワールドにも、とくに医療的にヘンプを使って人を助けようとする人を
私はあまり知らない。だからRick Simpsonのような「人を信じないで自分で治せ」と
いうメッセージを送り続け、どうやってそのオイルを作るのをネットで紹介しているから
こそ、私は彼を信じ、このオイルを作る予定だ。

日本のたびから戻り1ヶ月以上たち、からだの痛みは消えていないけど、最近は
「活力」のようなもの、やる気が少しでてきている。
痛くても諦めないで、とにかく何かできることがしたいと思えるようになってきた。

一日一日をやりこなしている毎日は変わらないけど、将来の目標もかなりはっきり
してきた。もし私に将来というものが与えられているのなら。



      **************


8月最後の日。
なかなか決心ができず、どうしようかと頭の隅で考えていたことがかたちをとったのは
子どもたちを前の学校へ戻すこと。

何日か前のある日、どうしてそんなにエネルギーがあったのか、エネルギーというより
何かに動かされていたのだろうとは思うのだけど、3人の校長に会った。
そしてその後人と話しをしたり、子どもにどうしたいのかを最終的として尋ねたり
自分も静かに考えをまとめてみたりしているうちに、それが今はベストなんだろうと
思えた。

ある意味において、こういう教育がいいとか、あっちの先生がいいとか色々めぐっていた
のだけど、やっぱりすべては子どもの中にあるような気がする。
この件においては、みらとるかのパパもきっとそれがいいと言っているのがわかるし、
(実際言っていたし)自分の中にあるこだわりとかエゴを手放せば楽になれる
ことはいっぱいあって、これがそのひとつなんだろうなあと思った。

人によると、この学校はがらが悪いみたいな理由で違う学校へ入れたりもするんだけど
結局、そういう人たちからどう影響を受けるかも学びなのだ。もしちょっと好きになれない
先生にあたっても、個人個人がそれでどう成長していくかをちゃんと私たち親が見守って
いれば、そして無償の愛を与え続けていればなんら大変なことにはならないものなのだ。

私にとって彼らがちゃんと読み書きを学ぶのは重要ではない。でもサマーキャンプに
参加して、全く知らない子たちのなかで楽しみを見つけながらちゃんと行っていた彼らを
見て、子供たちのなかで学ぶのはきっと「自然」なことで、彼らもそれを欲していると
感じた。そして、朝ちょっと早めに起きるのは今の私には大変でも、何とかランチを
つくり彼らを送りだせたので、まあ、なんとかなるだろうと思えた。

彼らの存在と成長をみることが今の私のほとんど全てを支えていると言っても過言で
ないくらいだ。だから強くがんを治したいと思う。

学校へ戻す理由はこまごまといろいろある。人間は複雑体なのだ。
彼らが行っているあいだに自分の治療に集中できるのもそのひとつだ。

どこかへ向かって流れている。
私たち3人に新しい9月がもうすぐ始まる。
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by mi-chanlucalu | 2012-08-31 02:39 | 乳がんをめぐる

人はなぜ治るのか

日本から戻って一ヶ月。

しんどい時間が少し減ったような気がする。

子どもたちは今週スイムキャンプという9時から4時まででそのなかに1時間のスイムレッスンのほかゲームしたり、おまけに午後もプールの日もあったりと、どうやらこのキャンプは大好きみたいだ。ただ私には朝からスナックやランチの用意とか水着、タオルまで全てを用意して車で送っていかないといけないというかなり過酷なスタートだった。普通の人なら慣れている作業がこれほどしんどいものかと思うくらい最初の2日は送った後にもうどろどろに疲れて帰りの車で寝そうになった。特に一日目はサプリメントを買いにヘルスストアーに寄ったりしたので
その後昼間で寝込んだ。

しんどくなると、なんでしんどくなるんだろうと嫌気がさす。こっちに戻ったときは、まあ疲れとかすごい痛みのためだろうとか考えていたけど、かれこれもう1ヶ月なのに精力も活力も今までとは比べにならない。ちょっと気分がよくても痛みはいつもあるからなんかどうしてもやる気がなくなる。

今日はキャンプ最後の日で3日目くらいから朝もちょっと調子よくなってきたとはいえもう絶対送った後どこにも寄らずに家に直行してとりあえずゆっくりすることにしている。

観察、観察。からだを観察する。
からだの声をきく。
今何ができるのか。
これは無理ではないか。
痛いところの痛みの度合いや気分の感じを常に感じる。
何気なく過ごさない。
音楽をかけてみる。
それでどう気分が変わるか。
歌う。踊る。気分がよくなるかどうか。
お茶を飲む。
しんどかったのが少し楽なるときと変わらないときがある。
横になる必要があればとにかくなる。
すっと眠ってしまえばきっとからだがそれを求めている。
感じる。からだを感じる。
何がおいしいか。
何かをおいしくないと思うか。
無理はしない。
痩せても食べたくなければ食べない。
食べるだけでも体力を使うのだ。

観察。観察。観察。

私の治療における大事なことだ。

アンドリュー ワイルの 



『人はなぜ治るのか』 を最近読み終えて、かなりしんどかったときもこの本の
おかげでいろんな意味で自信が持てたし、なんせ学ぶところが大きかった。
いろんな本を読んでいると、その人の偏った知識や意見をあまりにも誇張するものが
覆いのだけど(だいたい本ってそういう風にしなきゃ売れないんだろうけど《これで癌は治る!とかね》彼の本は彼の体験や事実に基づいて、憶測的なことはあまり書いてなく、批判も少ない。
人はどうして治るのかという日本のタイトルはかなり的を得ているとも思うので訳もかなり充実していた。

人は治るのだ。かなり自然に。からだは治す力を備わっている。それは万人に。
でもなぜ人は治療家を必要とするのか? 
治癒はどうして起こるのか?
応えはそれぞれの人によって違うだろう。たとえこの本を読んでも一人ひとりどう思うか、どう感じ行動を起すかも異なると思う。

こんなドクターがいてうれしいし、これから時代は変わっていくと思う。
ひとりひとりの意識が変われば世界は変わるし宇宙だって変わるんだ。
それは真実なんだよ。
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by mi-chanlucalu | 2012-08-17 03:35 | 生きること

Run from the cure

まだまだしんどい日々は続いています。少しリフトできたと思ってもたくさんはできない。
痛みを支えている疲れたからだが時間をかけて戻ろうとしているのは分かるんだけど無理をしないように・・・。
例えば、昨日は子供と犬連れて公園、ベンチでぐーって眠ってしまう。でもひとつできることが増えた。
今朝は一人でグローサリーへ。 家に戻るとへとへとなので足湯。って感じに一進一退してます。

Facebookにも載せたけど、このビデオは私に新たな光を(持っていた光を)強くさせました。

http://www.youtube.com/watch?v=0psJhQHk_GI 

よかったらどうぞ。英語のみです。
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by mi-chanlucalu | 2012-08-10 03:16 | 乳がんをめぐる

とんでもなかった6ヶ月命日

昨日で6ヶ月

いろんなことが変わった。

壊れてしまったものは治らない。同じようには。 絶対に。

るかをクラフトキャンプに入れたのは、ただ彼が作ることが好きだから。
でもその初日がこういう形で始まるとは・・・。

私を助けるために来てくれた友人とその息子とみらが犬の散歩へ近くの公園に行っているときに、12時で終わるルカを向かえに行った。ルカはみらが何をしているのか気になって、自分も公園へ行って遊びたいと言い出した。
私は花を買いたかったし、からだが痛かったので公園のすぐそばの道路でるかを降ろして、ルカに彼らがまだいるかを確認させてから花屋へ行った。

このときに一抹の不安があったのに、まあもしルカが間違えて彼らでなくとも家になんとか戻ってこれる距離だしルカもよく知っているから大丈夫だろう、でも・・・・と言う思いだった。

家に花と戻るともうみんな帰っていたので時間的に、ルカは一緒じゃないとすぐ分かった。

私の勘は的中した。それからが苦しかった。痛み止めくらい飲んでおくべきだった。
走れない。
早くさえ歩けない。
痛すぎた。
見つからない。
公園にいた人たちも見ていないという。
20分から30分のあいだのことだ。

少し探したけどとにかく歩いて探せない。遅すぎるので車にまた飛び込みすぐ隣の公園へ。
サマーキャンプをしているこどもたちのなかに彼がいた。そのサマーキャンプは去年彼らが5日間参加したことのあったやつでそこにいたリーダーが彼を知っていた。ルカがみらたちじゃあなかったので私もいなくて泣きながら家に戻ろうとしていたら偶然ネームタグをしていたるかを見つけた人がそこへ連れて行ったのだそう。

ルカを見つけたとき
泣いた。
彼は私を見たら泣いたので
私はもっと泣いた。

ごめん、ごめん、ごめん、今でも涙がでてくるよ。
もしきみを無くしたり、何かあったら私はもう機能できるだろうか?
自分をもっと痛い目に合わせてやりたかった。
でも、
それをするにはあまりにも疲れすぎていた。

るかがいてくれて、そして彼が私を許してくれてよかった。

ありがとう・・・

るかのことをいやというほど知っていながらるかの『いたよ~。まま』ということばを信じて自分の目で確認しなかったのは私の責任。

痛いとか疲れているとか花が買いたかったなんて全く何の理由にもならない。

そしてその瞬間の勘を拾わなかった私。

これは教訓であり、これからの生活においてのWarningなんだ。

だから、ありがとうなんだ。


車のちょっとした事故で済んでよかったと思うように、これからは私は、あの注意深い、心配性のセンシティブで優しい人の空間を埋めなくてはならない。

もう『楽天家』ではいられない。


この日はもう放心状態になりそうだったけど、そのときいた友人の励ましと、その日の午後に来た医療大麻のGrowerとの素敵な出会いでかなりなぐさめられた。

その人はもし日本人とかが見たらHollywoodとかの映画にでてきそうな黒人のものすごくスタイルのいい底抜けに明るい女性だった。健康お宅はまったくもって私以上で考え方とか、生き方がすごく似ていた。
この人にだったらお金を稼いでもらってもいいと思える人だった。
大麻をどうやって摂取していくかの方法とか私が所持できるように取るためのライセンスのことを手伝ってくれて、頼めば彼女や仲間が色々作ってくれる。オイルを錠剤にしたものとか食べれるように精製したものとか。
私が砂糖を使わないことを話してから私たちのダイエット(食べ方)についての話しは盛り上がった。

その彼女が帰った後、
私たち3人でキャンドルをともし、お線香を一本ずつたて、般若心経を唱え、私たちを守ってくれている彼を思った。それくらいしかできなかった。彼が好んで飲んでいたウィスキーを供えただけの、本当に本当にシンプルなセレモニー。

3人でパパがいろんなところにいることを確認しあった。

夜にはパパの好きだったボブ マーリぃーをかけ太鼓をたたいたり歌って踊った。
いろんな小さなことはどうでもよかった。ただ生きていてここに一緒にいられることが大切なんだ。



でも、こころもからだも9時半にはくたくただった。






6ヶ月の命日はこんな風に終わった。
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by mi-chanlucalu | 2012-08-08 11:43 | 生きること

ありがとう!私は生かされています!

カナダに戻ってきてから
今日やっと何かをやろうという気持ちがでた。
そして友人がカイの散歩をしてくれるのに甘えて、以前からの約束していた子どもたちを博物館へ連れて行くということができた。博物館の後はビクトリアではとっても人気のベジタリアンレストランでランチをして、本当に本当に始めてリラックスした気分になれた。

あの痛みがやってきたのは1週間以上前の土曜くらいだったと思う。胸椎に癌が転移しているのは確認されていたし、実際ハワイでも長野で温水プールに入ったときでも痛みは感じることは時々あり、胸が痛いということに対しては嫌な感じはあった。だからそれからの1週間は私の気持ちもからだも完全に打ちのめすのには十分なくらいの痛さが胸の真ん中の骨から伝わったのである。何をしていてもしなくても激痛だった。その痛みに耐えるためにもちろん、他のところに力が入り痛くなる。

ここの痛さはもう骨盤とか首とか他の痛さを感じられない(実際は感じていたけど)くらいの特別な痛さだった。胸に刀が突き刺さっているまま行動しているようなするどい痛さだ。普通の人なら(私もそうなんだけど)絶対モルヒネくらいは打つだろう。処方された座薬も全く効かない。心臓と肺という大事な器官に近いのでものすごく圧迫感があり、不安がつのる。

『死』を真剣に4日間は考えた。そのときは、もし今なんかを購入しても、後ドレくらい使えるか分からないからやめとようとか、夜寝ている間に死んだらどうしようとか。だから朝起きてからの「あぁ、今朝も生きてるんだ。ありがとう。痛みくらいでは死なないのかなぁ」とかも思いながらの毎日だった。痛みが始まっての4日間は全く痛みに変化はなかったからだ。このころは(今もだけど)特に精神的な痛みも抱えていたのでよけいにつらかった。誰かにずっとそばにいてもらいたい気持ちがつのったけど、それはきっと叶わないんだろうと諦めた。ただ友人が電話をかけてくれ、掃除や買い物などの家事や子どもの相手や犬の散歩をしてくれたりしたのでものすごく助かった。

今この経験が過去形で書けることがうれしい。
痛みは全くなくなってはいないし、前とは違う形でいまだに存在しているけど二日くらい前から減少してきている。確実に。できるだけの手当て療法やイメージ療法、瞑想、呼吸法を続けた。風呂の入り方も変えたり、休めるときには何もせずに、やってくれる人には何でもやってもらった。何のプランもたてなかったし、ブログに悲壮な気持ちも書かなかった。(書けなかった、痛すぎて)ただ『死』を考えた後は、絶対痛みはなくなっていくんだと信じた。肋骨の痛みだって変化があったんだし、胸にあるからっていつまでもあるとは限らないと思い込むようにした。とにかく自分の可能性を信じた。こころとからだは繋がっていることを信じた。
怒りを出せる場が2度ほどあったので小出しではあったけど出したし、泣きたいときには泣いた。
だから何が効いたのか分からない。何もしなくても自然に時がきたら治ってきたものかもしれない。でも痛みはものすごく少しずつだったけど減っていった。それが観察できた。これがうれしかった。

今日こうやってブログを書けるほどに回復した。
本当にうれしい。疲れと痛みでなかなかゆっくりと子どもたちとの時間をとれず、こころのなかは暗い不安ばかりの日々だったけど今日は本当にただ博物館をゆっくり歩いて子どもたちが楽しんでいる姿を見ているだけがうれしかった。ランチをするためのレストランのラインで待っているときでさえ、ものすごく優しい気分だった。何を食べてもおいしかった。子どもがやっていることを見たり、彼らとの会話はひとつひとつが大切な瞬間だった。

ありがとう!ありがとう!ありがとう!
全てに!
私が今こんな気持ちでいることを伝えたい!
痛みや癌に、私に、逝ってしまった彼に、子どもに、犬に、友人に、日本にいる家族や友人に、全ての人々に、木々や海や湖や自然の全てに、本当にありとあらゆるもの全てに、この地球や宇宙に、私の知らない全てに
ありがとう!!! 愛しています!

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by mi-chanlucalu | 2012-08-06 14:02 | 生きること