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手術から1年たって・・・

もう1ヶ月以上前の9月21日で乳がんのための右の乳房全摘手術から
1年がたった。最近寒くなってきたからなのか、9月からのめまぐるしい
生活の変化およびそのためのストレスのせいなのか、ヨガのポーズの
無理もあったのも重なっているからなのか、どうも右うで、わきの下を
含む全体の筋肉が痛いうえに傷跡も痛むときがでてきた。

9月からはヨガのトレーニングに戻るので経済的に鍼灸治療に通うのを
減らしたのだけど、かなり右肩が痛くなって、腕があがらなくなっては
困るとまた2週間に1回通ってみることにした。

ただ自分的には毎日が楽しくてめりはりがあり、忙しいけど学べる喜び
は大きいものがあるので「ストレス」というのは多分暇でも「ストレス」に
なるものなので、うまく付き合っていくことが大切なんだろうと思っている。

家事の手抜きは仕方ないと思うので、「できない」ことに対してイライラする
ことはないのだけど、天候上、もう洗濯物が外に干しても乾かない季節に
突入したのは寂しい。 乾燥機にいれて服たちを乾かすことは私にとって
なんとなく嫌なんだけどその分できることが増えるのでありがたく使う
ことにしている。

最近ある友人が「これよかったら・・・」と本を一冊もって来てくれた。
外科医の書いた食事療法の本で内容は殆ど知っているものだけど
「見直し」ができたように思う。最近ちょっと自分の食事にまた乳製品が
入り始めてきていたのをきっぱり断つ決心を新たにした。ワインなんかも
以前は全く止めていたけど、またちょこちょこ飲んでいたのも控えられる
程度に控えたい。家族みんなが10月生まれでそれを理由にめでたく
飲んでいたような気がする。夏は夏で生徒のストレスから飲んでたし。

ただ色々規制をしすぎるのも「ストレス」になるので気持ちの「改め」の
意識をもって食生活をしたい。ありがたいことにお肉類はどうしてか
食べたいとは思わない。それより最近は豆ばかり食べている。
今日も大豆が食べたくなって煮豆を作った。

西洋医学とは現在きっぱり手を切っているので、定期検査にも行かないし
術後治療など以前に書いたとおり全くする気はない。

一度は考えた乳房再建も今では全く興味がない。体に対して執着心が
ないので、毎日殆どノーブラ生活だし・・・。幸い左の胸もやせたのも
あってかなり小さいのでその差の心配はなくぴちっとした服さえ着なければ
ただの胸のない人にしか見えない。

髪の毛はやっとのびてきたけどくるくるしているままで、このままのばしたら
ゴージャスなロングの巻き毛になるかなぁ~なんて楽しみにしている。
ただ今は変なアジアン系の人のようにも見える。カナダのここビクトリアなんか
に住んでいると外見を気にしなくてもやっていけるので私のように眉毛を
描かなくて髪が左側べちゃんこでも子供の送り迎えができる。それも
ヨガパンツで・・・。もっとひどい人もいる。もちろん朝の8時半に会って
ちゃんとお化粧をしている人もいろ。なんでもありなのだ。

私にとって癌であるということは「忘れている時間」をたくさん作りながら
決して忘れないことでもある。それは全ての生き物が必ず死ぬという
ことを知っていながらでもそれだけを考えずに生きているということでは
ないだろうか。

人はいつ「死」がやってくるかわからない。だから今一瞬一瞬を大切に
生きている奇跡に感謝して生きていくことが「生」を持つものの在り方
なんじゃないのだろうか。
そういう私はまだまだで、本当に毎日がチャレンジである。だから
おもしろいのだけどね。日々学んでます。
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by mi-chanlucalu | 2010-10-27 12:48 | 乳がんをめぐる

いつもクールな誕生日

日本時間で生まれたからもう誕生日はすぎているのだけど
一応こっちで18日の自分の誕生日だった。
友達の子供のベビーシッターしたり、ヨガの稽古したりと何もない一日が過ぎた。
夕飯も自分で作ったし、パパからの素晴らしいバラの花束と友人からの
素敵なケーキとスパイスと彼女の絵のプレゼント以外は自分の誕生日を
思わせるようなことはなく平和に一日が終わった。
昔から誕生日を特に祝ってもらった記憶がなく、買って欲しいものさえ
買ってもらえなかったので、自分のなかの人に対する期待というものが
ほぼ全くというほどないのである。

小学校のとき父親が「何か好きなもの買ってやる」とお店に連れて行ってくれた。
私はそのときふわふわの白い猫のぬいぐるみがほしかったのだけど父に却下
された。その後本屋に行って「これがいい」って言った本も「幼稚だから」と
買ってもらえず、結局父が「お前は絵を描くのが好きだから」と白い紙の自由帳を
買ったのだった。あのときとても欲しかった本を思い出してその絵を帳面に描いた
のを覚えている。だからってとくに親に対して「ったくぅ!!」とか思ったことが
なくてずっと「そんなものなんだ」と思っていた。

それはそれでいいんだろうと思う。だってパパからと友人のマリアから何かもらう
だけでとってもうれしいからね。おふたりさん、ありがとう!

10月生まれだから歳をとってから2ヶ月でその年が変わる。
そうなるといつも自分の歳を四捨五入して「今年で何歳・・・」と言い続けて
来たように思う。2ヶ月くらい前にいわゆる「満」で何歳となったのにすぐに
「数え」で何歳になってしまう。だから実際の「満何歳」でいるときが
ものすごく少ない。いつも「数え」で言うのはやめよう、やめようと思いながら
もう自分の意識がそうなってしまっていて、最近ではだんだん本当の自分の
歳が分からなくなってきつつある。怖い・・けど。
だから今年は1年多く数えてしまっていて、ちょっと得したような気がした
瞬間もあった。

ま、どうでもいんだけどね。

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パパからの花束


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マリアからの彼女の絵の縮小コピーを額に入れたもの

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最近の私(中央)と実羅(左)とるか(右) 実羅作

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ロボットとジャックランタン ルカ作 (ハロウィン用です)
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by mi-chanlucalu | 2010-10-18 12:33

みらるか、5歳になった日

日本では体育の日で祝日なころ、みらるかは5歳になりました。
んで、パーチーはどうなったか?

やっぱり雨・・・・・・・・

最後の最後までどっちでやるかを考えていたのだけど
みんな家に来た!!雨・・・だもんねぇ~
でも楽しく遊んでいただきました。

椅子とりゲーム、(英語ではミュージカルチェアーという)パパさんの
即興のパペットショーでとくに何にもなくてもこどもたちっていうのは
自分でエンターテインできるから素晴らしい。

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今年のケーキはベガンのチョコレートケーキをダブルレシピでみらとるかに
ひとつずつ。これは前日につくっておいて今日デコレーションをした。
思ったよりうまくできてびっくり! 卵もバターもミルクも使わずにかなり
しっとりしていたし、まわりのアイシングもベガンでめちゃ簡単、ローカロリー
おまけにファンシーなものを使わないので経済的!うれしかった!
ホイップクリームだけはベガンではないけど、子供たちが大好きなので白と黒の
ケーキにしてみました~!

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イチゴたっぷりのレイヤーケーキ。甘さも抑えてあって私好みだったぁ~。
みらるかも満足?

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今回も2ドルパーティでプレゼントなしでお願いしていたので、みんなからいただいた
お金でパーチーの後トイザラスへ!

そこで彼らが選んだのは・・・・

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ハイヒール!!とバービー!
めちゃ久しぶりのトイザラス。バービーの種類の多いこと、多いこと!
みらはなかなか決めきれず・・・でも最後に選んだのは彼女が来ているドレスと
同じ色のなかなかグッドチョイス!ではないだろうか。

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はい、はい、るかがとってもほしかったトランスフォーマァ~でござる。

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そしてまだちょっとお金あったのでパパチョイスでホッケースティック。
パパと遊べるから、だそうです。

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そのうち子供用ゴルフとか買っちゃうんだろうねぇ~

あぁ~終わった、終わった!よかった。
明日はパークスビルだい!貧乏だけど贅沢な一泊だよん。
ご飯もつくらんでいいし、リラックスしてきや~す!!
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by mi-chanlucalu | 2010-10-09 13:25 | みらるか

カナダ バースディパーティ事情

去年は手術をして数週間だったので
ものすごく簡単にみらるかの誕生祝を公園でやった。
ケーキとスナックと飲み物。良い天気だったし楽しく終わった。

今日は朝から2時間以上かけて彼らの5歳の誕生日のパーティの
買い物をしていた。私は多分こういうことは好きなんだけど
やらなくてもよければそれに越したことはないなぁと思ってしまう。

だいたい私はあんまり自分の誕生日を祝ってもらったことがないので
カナダに住んで、子供ができてから知ったこっちの子供のバースディ
パーティ事情にひいてしまうところがある。

何度かカナダ人の友達のバースディにも呼ばれて行ったけど
どこか(ジムとかレクレーションセンターなど)を2時間借りたり、
そのうえ一番初めにびっくりしたのが招待された子供は帰るときに
「ギフトバッグ」をもらう。そのなかにはお菓子とか小さなおもちゃが
はいっている。これはちょっと日本の結婚式の「内祝い」的なところが
あっておもしろいのだけど。

カナダには日本のように行事があんまりないので口実的にパーティを
するのか、とにかく何歳になってもバースディパーティをやり続ける。
さすがに大人になると「内祝い」バッグはないけど・・・。

今年は本当に色々悩んだけど、去年のように公園で、というメールを
出してから「やっぱりやめます」と言えなくなってしまった。
プランする人はもっと早くにいろいろそろえているのだろうけど、いつも
思いつきのような行動しかできないような私はその招待のメールを
1週間前に出し、3日前になる今日買い物に行き、なんとなくどうするか
頭の中で考えているだけなのだ。

そのうえ、今回は雨がその日に降るという天気予報。
外れてくれたらいいのだけれど、雨が降ったら家でやるしかないので
9人くらい男の子が来ると思うと実際どうなるんやと思ってしまう。

ある友人が自宅でバウンシーキャッスルというこっちではイベントとかで
よくレンタルされる空気でふくらませるお城のなかでぼんぼん飛べる
ようなものを借りていた。このオプションも考えたけど雨が降るとできないし
安くて4時間100ドルする。なんとなくこの100ドルを払うくらいなら
なんか他のことで有効に使いたいと思ってしまうのである。

悩んだ末、月曜がホリデーなので、またまたパークスビルへ行くこと
にした。今回は一泊。でもプール着いているから子供もよろこぶし
朝食つきで99ドル。私たちは家族みんな10月生まれで子供が
生まれる前はパパと二人でいつもバースディ小旅行をしていた。
だから10月になるとどっかへ行きたくなる。

実はみんなにパーティをするメールを出す前に6月に泊まった
オーシャンビュウのリゾートへ3泊とかも考えていたのだけれど
やっぱり高いしお流れになってしまった。実はパパはすごく残念で
行きたかったみたいなので1泊でもいけることはうれしいらしい。

でも、その前に9人も5歳くらいの暴れん坊たちが来るパーティを
なんとか公園で終わらせるにはもう雨乞いしかない。

結局キンダーのみらの友達はあんまり来れなくて、女の子は4人だけ。
いつもいつも男の子ばかりで私も実のところみらに同情する。


来年はバースディ旅行のみにしようかなぁ~
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by mi-chanlucalu | 2010-10-06 07:37 | カナダライフ

Translator 再び

やっとインディアンサマーみたいなのが10月にはいってやってきた。
暖かい日差しは湿った人々のこころを明るくするのがそれぞれの
表情にでている。もちろん犬や子供も太陽が輝いているだけで
幸せになれる。

そんなある木曜日にまた電話が入った。
再び通訳のしごと。
金曜の2時に警察でとのこと。
月曜から彼女の事件の経過を新聞会社のウェブサイトで
チェックはしていたものの、もうとっくに他人事だったのに・・・。

ほっとしたのはBC州の通訳における認証はそれほど厳しくなく
判定裁判くらいにまでならないと必要ないらしい。
ので私が警察で通訳するのは合法とのこと。よかった。

実はこの日、本当は保釈審問が裁判所である通訳も頼まれたの
だけど、どたんばの朝になって他の人がやるからとキャンセル
になった。そのための専門用語も勉強したのだけど、ほっとした。
被告人である日本人女性の側の弁護士チームに日本語が流暢
にしゃべれる人がいるらしい。なるほど・・・。

で、私は午後に日本からついたばかりの彼女のお母さんが警察に
インタビューされるのでその通訳。こういう場合は私は警察側に
雇われているけど、中間の人間になるので被告側の弁護士を
雇えないわけだ。

この面接は1時間ほどで終わった。私ならもっと質問するよと
いつも思うのだけど彼女も彼女の母も殆ど何も聞かずに
聞かれたことに応えるだけだった。

被告人はこの日裁判所で1万ドルで保釈が決まり、一応自由の身と
なっている。ただ条件としてカナダを出られない。パスポートを法廷
側で保持されることになったからだ。

ホームステイは変わり、今は学校側が違うホストを見つけ日本から
来た母と祖父と一緒にいられるそうだ。

私といえばちらっと通訳会社のインド人に会い、彼がわたし用に名刺を
くれて、また来週(通訳の)トレーニングするから連絡すると言われた。
これも何かの縁なのだろうし、今回は色々勉強になった。
月曜に急だったとはいえ、全く知らない私に通訳を任せて
くれたことに対して彼にはとても感謝する。 私はそんなインド人の
「なんとかなるさぁ~」みたいなところをよく知っている。 インドを旅して
いて一番心に残ったことばが「Everything is possible in India」
だった。彼らはインドでは何でも可能だというのだけど、きっとこれは
意識しだいでどこでもなんでも可能にできるという思想からきている
ような気がする。私はこの通訳の2回とも堂々としごとをした。
シェイクスピアも「人生は舞台」と言ったのではなかったか。
演じればいいのだ。ものごとは全てうまくいくようになっているんだ。
考え方しだいで。

思い起こせば昔英語の勉強を始めた一つの理由が通訳か翻訳を
しごととしたかったからだった。2年間通った専門学校で英語科を
とったときも通訳と翻訳を取っていた。ただある日ラジオかテレビで
こばやしかつやがかつて通訳をしていて、その大変さに辞めた
話しを聞いて「ふーん、そうなのか」と思ったのを覚えている。

あんまりこだわりのない私はその後もいろいろな人に出会い、韓国へ
ボランティアキャンプへ行ったり、アメリカ、インドへ一人旅したりして
ことばを覚えるのは早いし、知らないことばを覚えるのは好きなことの
ひとつだけど、それをどうこうしようとは思わなかった。

ただ翻訳や通訳に関わっている友達と話したりすると、そういう昔の
気持ちがまだどこかにあって「いいなぁ そういうしごとやりたいなぁ」
なんて思う私がいるのをいつも感じてはいた。
まだ小さな小さな火が消えてないのかもしれない。

だから今回通訳するのはとても楽しくやりがいがあった。

今ヨガのインストラクターになるトレーニングでサンスクリット語との
関わりは必須である。全てのポーズはサンスクリット語で言える
し、もちろんその意味も知っているのが先生になる基本だ。もう10年
以上やっているので殆どのポーズの名前はマスターしている。

私は本当にことばが好きなんだと思う。だから今こどもたちが
週一回でも日本語学校へ行って日本語をキープしていくことも
大事なことの一部だと思う。もちろんどうなるかは全くの彼ら次第なの
だけど、機会を与えることは親の責任だと思っている。

今日は土曜日、こどもたちは時間にしばられない週末の朝をパジャマ
を着たまま遊びに夢中である。私がこうしてゆっくり思うことを書ける
時間がもてるようになったことに彼らの成長を感じる。

先週末はヨガのワークショップで2日ともいなかったので、今週末は
こどもたちと一緒に過ごそうと思う。
どこに連れて行ってあげようかなぁ~。
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by mi-chanlucalu | 2010-10-02 00:42 | 生きること