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サンタクロースは・・・質問だらけ

今週になってから、一日にちょっとづつ買えるものたちを買いに行った。
クリスマスイブの今日、やっとなんとかみなさんへのプレゼントが揃った。

ツリーはないのだけど、長年一緒に暮らしているベンジャミンの木が代わりに
なってくれた。みらはとても気に入っているようでにたーって微笑む顔を見ると
来年は買うぞ~って気にさせられた。

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こんな感じ。

今朝は子供たちと彼らのクリスマスソックス作りをした。のりをべとべとにしながら
貼るのはプレスクールでも大得意。かわいいソックスができあがって大喜び。

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みらがとの今朝の会話より・・、

「サンタはノースポールからくるんだよ」とみら。

「へーだれにきいたん?」とママ

「ドーラ(Dora)」

「爆!」

プレスクールのクリスマス会のときみんなでDoraのクリスマスのエピソードを見て
それを覚えていたんだと思う。

夜になって彼女はサンタが煙突か入ると下に火が燃えていることをとても心配していた。
火は消しておくからねと言っておく。
そしたら、こんどは煙突にドアはあるのかと心配になる。
そしてどうして(普通の)ドアから入ってこないのか不思議だし・・・
サンタが来たらそりに乗せてくれる~と信じているので、サンタは忙しいから
次の街に行かないといけないからそれはできないと言うと、プーちゃん(熊の)
たちはのせてもらっていた、と言うし・・・  (でもなぁ~)

夢をこわさないように、傷つかないようにうまく答えるのは骨折りじゃあ~

そのてん、ルカは・・・・

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へいわじゃ~ (アトムになって鏡を見ながらポーズをしている)

最後に二人がトナカイになったところを・・・

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Merry Christmas!!!!!!

Love, Mila & Lucca 
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by mi-chanlucalu | 2009-12-24 13:24 | みらるか

まあ しゃあないっか・・

日曜日の朝いきなり友人から電話があり
クリスマスの集まりのことについて話しをしていたら
本当に自分が全くクリスマスの用意どころか、考えてもさえいなかったと
思ってしまった。クリスマスはこっちでは日本のお正月のようなもの。
家族が集まって、みんなで祝う。子供はもちろん、サンタさんからプレゼントが
もらえる日。

やれやれ・・・

とはいうものの体力が戻っていないので午前中なんとかみんなで
ショッピングへ行ってみたものの2時間くらいが限度だった。
それも家の近くのあんまり混んでいないお店を2件くらいまわっただけ。
実は休憩のために、その近くのカフェで子供とパパとでココアを
飲み、スコーンを食べた。こういうのめちゃ久しぶりだったのでとても
幸せな気分になれた。

もしショッピングするなら後3日しかないし、かといって子供のがっこうもない
から子連れでいかないといけない。

もう今年のクリスマスツリー購入はあきらめたよ。パパのしごとが多すぎる。

でも家にはちょっとほっとするデコレーションがある。
こどもたちががっこうで作った飾り。

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これはルカの作った鉄腕アトム。ベルトが緑とかブーツが赤とか、頭がスパイキー
ヘアーなところ、なかなかの力作だと思う。

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実羅に聞いたらこれはママだと言う。かわいいね~。

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ルカ作のクリスマスカード。

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みらはこれでもかってほキラキラのもの貼りました。光りもの大好きな彼女。

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どっちも実羅作。緑のがパパで赤がママだそうだ。なかなか上達してきてる。

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プレスクールのクリスマスパーティ。サンタさんが来てくれました。どうしてもカメラを
見ないルカ。彼は他にもキャラをだしてくれるエピソードがあっておもしろかった。
この二人の笑顔があるからやっていけること多いです。ありがとうね。こどもたち。
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by mi-chanlucalu | 2009-12-21 01:02 | Family

闘わないこと 癒すこと

曇り空の土曜日

やっと体力も少し戻ってきて掃除機をかけれるくらいになった。
2週目は今回カイを彼のシスターのアビーの家にお泊りさせたので
実際私ができたことは子供をプレスクールへ送り迎えするくらいだった。

何もしていないけど身体のなかが抗がん剤に襲われているのでそれから
治るためにエネルギーを使っている、だからいつも疲れている。

午後に私があまり知らない人たちが4人、また私のために瞑想に来てくれた。
私の鍼灸師は用事があって来れないにかかわらず、彼らはまた見ず知らずの
私にヒーリングのエネルギーをおくるために来てくれたのである。

まずこの素敵な人々、時間を共有できたことに感謝する。

今回私は30分がまたさらに短く感じられ、なかなか戻ってこれなかった。
さらにもう一段階の深みに入ろうとしていたときに時間がきたようだった。

自分の判断なのだけど、これから自分を「再生」するような気がしている。
あの夢のなかの「女の子=私」を産んで新しく始めるような感じがある。

ただ今はまだ「癒される」ときなのかもしれない。

ママ友たちは食事を調達してくれているし、周りからの癒しの光を感じる。
そして、まだ手術前のあの「守られている」感じは同じである。

私は大丈夫。
闘わない。
がんと初めから「闘病」する気持ちはなかった。

手相のサンドラは「抗がん剤と闘わないで、癌と闘わなきゃ」と言ったけれど
私のからだは抗がん剤と闘った。そして癌になったことにしろ抗がん剤をやったこと
にしろ、経験の全てが私を作っているのだったら「戦い」はなかったのでは
ないのだろうか?

今はただ癒されて、ゆっくりと楽しく、歩いていくのみである。
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by mi-chanlucalu | 2009-12-20 07:43 | 乳がんをめぐる

夢分析 未来へ

化学薬品のひとつは赤色をしている。
そのために1週間くらい色のある尿がでる。そしていやな匂いもする。
ものを食べていないととても匂いに敏感になる。
その敏感さは異常で匂いがまるで粒子のようにかぎわけられる。
ものの一つ一つに匂いがする。

科学薬品のもうひとつは投与中に鼻にくる。むずむずというか変な感覚。
私はそのつーんとするような鼻の感覚がどうしても好きになれない。
そしてその感覚は最近までつきまとう。暖かいリビングルームにいても
鼻だけがどうしても冷たい。いやな感じがよみがえってくる。

あの夢はなんだったのだろうと考える。
これは全くの私の個人的な分析なのだけど、夢の私もカイもお腹の子も全部
私自身なのではないのだろうか。そしてあのメタリックなすごい速さで飛んで、
私の顔あたりをぶんぶん襲ってきたのは抗がん剤であるとする。私はお腹の中に
未来の自分を抱えている。だから彼女を出産しなくてはいけない。カイは今の自分
である。傷ついておまけにずぶぬれである。誰かの介護なしではやっていけない。
助けを求めている。私はあの科学的に作られたメタリックなルアーの虫とも魚とも
鳥ともいえない物体を抹消し、ドアから中に入り、パースを取ってきて、
カイを助けて次のバスに乗らなくてはならない。そして元気な赤ちゃんを産まなくては。


科学治療を続ける必要は私にはもうなくなったのである。


それは苦しいからだけでなく、自分なりにある「意味」のようなものを見つけ出した。
それは(悟り)なのかもしれない。悟りというには恐れ多いような気もするが。
つまり「分かった」からもう必要ないのである。

友人の一人に「止める」と言うと、「じゃあサンドラは・・・」となった。
彼女の言ったことは予言ではない。私にはそれが分かっていたし、サンドラに
言われたからまた続けようと思ったのではない。そして今回がまた同じように
苦しくつらかったので彼女の言ったことが当たっていなかったから、というような
理由からでもない。彼女は何を言ってもいいのである。そして当たっていても
はずれていてもいいのである。選んで彼女の言うことを聞きにいったのは私である。

選ぶのはいつも自分なのである。だれの言動のせいでもなく。

手術をすることや、抗がん剤を2回することは私の人生のブループリントに
入っていた。それだけである。私は選んでそうしたのである。
そしてこれを止めることもしかり。

私にとって全てを受け入れることが今回必要だった。全てというのは、神がかりを
求めての日本への旅や、東洋医学で育ってそれを信じてきたことや、西洋文明が
生み出した医学や科学による主に数字の上で証明されたものによる治療。

それら全部を聞くのみでなく体験しなければならなかったのだと思う。

あまりにもあふれかえっている癌に対しての本やネットによる情報。
その情報の多くは、調査や研究にもとづくものが多い。書いた本人が自己の経験を
通して科学治療を批判しているものは少なかった。私の印象は東洋医学は西洋医学を
非難し西洋医学は科学的証拠がでていないものに対して受け入れられていない。

もちろん、それも少しずつではあるけど変わりつつある本もたくさんでている。

ただどの本もそれぞれ個人の信条による勧めであるにすぎない。

私の周りの人たちの言うこともそれぞれである。
今回、このことに対して何度か「弱い立場、つまり病気になって初めて本当の友が
分かる」ようなことを書いたのだけど、それは全てのおかれる言動を含めるものである。
こういわれたからこの人は無責任な人なんだ、というものではない。
私はその言動について自分を深く学べることができた。
今度、自分の周りに弱い立場の人が現れたらどうするかがよく分かったのである。

私が得た中の大きなものは、自分の中に沸き起こる感謝の気持ちである。
たすけられる立場になって、人に頼ることを学んだ。今まで自分の直感のもとに
やりたいことをやってきたと思う。自我だらけだったのではなかろうか、とも思われる。
ヨガを学んでいると言いながら、ヨガをやりたいのは執着ではないだろうかといつも
疑問に思っていたりもした。
でも本当に動けないようになって、救いの手が差し伸べられたとき言いようもない
感謝の気持ちがあふれたのだった。それはとても満たされた幸せである。

今回前にも述べたが、ママ友たちが小さなチームを結成して週に2回食べ物を
差し入れしてくれた。交代で当番を決め、夕食のおかずや手作りのパンや、とにかく
私たち家族を助けようとこころからの行動を起こしてくれた。驚いたのは、あんまり
付き合いのない数人の人たちが遠方からも手作りの差し入れをデリバリーしてくれる
ことである。私だったらそのチームに入っただろうかと思う。それぞれに小さな子供が
あり、仕事をもつ人もあるのだ。それなのに電話をくれたり、メールをくれたりして
何か食べたいものはないか、何かできることはないかとチェックしてくれる。

私はこの人たち全ての行為にこころに涙がとまらない感謝の気持ちが沸き起こる。
そしてこの感謝の気持ちをもたらせてくれたことにまた感謝をせずにいられない。
ありがとう ありがとう ありがとう ありがとう ありがとう

みらは2度目の治療のときからかなり頻繁におもらしをして、毎晩おねしょを
するようになった。寝込んでいる私を何度もチェックしにきてくれる。
寝込んで、おまけに毛がないママを今までのように愛してくれるのだけど
きっと小さいので全てを表現できない彼女はおもらしやおねしょという形で
対処したのではないだろうか。みらの私をハグするときの目をみると、早く元気に
なってもっと楽しませてやりたいと思う。彼女の敏感さには本当にいつも驚かされる
ものがある。

それでもかなり平静を保ってくれたルカも毎日私の頭を見ては「なんではげなの?」
と聞かない日はない。はげでおっぱいがひとつなくても彼らの私への愛は変わらない
のはありがたい。

それでは西洋医学なり抗がん剤治療を否定するか。否である。

私がただもうしないことを選ぶだけであって、それはとても大きく存在し続けるだろうし
薬品会社はお金を儲け続けるだろう。医者はBusyであり続けるし、病院はいつも
人であふれているだろう。

どう治療したいのかはそのひとの信条による選択があるのみである。
どう生きたいのかが人それぞれの選択価値によるように・・・・

私は何も憎まない。非難しない。全てが私のために今の私を作っている。
全ての存在に、見えるもの、見えないものにこころから感謝したい。
そして感謝し続けたい。
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by mi-chanlucalu | 2009-12-16 03:46 | 乳がんをめぐる

2回目の抗がん剤投与からもう9日もたつ。

一粒が40ドル以上もする薬を飲んだのでかろうじて前回のようには吐かなかった
という以外は今回の症状は1回目より良くはならなった。

当日、やはり夕方あたりから動けなくなった。家のなかで洗濯をほしていると
心臓がばくばくし始めた。薬品のひとつの副作用に心臓機能障害がある。
そして横になったままその夜は吐き気と闘うことになる。うまく眠れない。
うまく眠れなくなってもう9日であるけど・・・

そしてそのまま数日はトイレに行くか、水の補給以外では殆どベッドの上でうたた寝を
してしまうか、吐き気に苦しんでいるかだった。水も飲むというよりは口を濡らすくらい
にしか取れない。動くと吐き気がするので動きたくない。動けない。
右横に長い間なっていると手術の後が痛むし、左横になると肝臓が痛い。

何も考えることができない。
一度通り過ぎたので、これもまた通り過ぎるのだと思うしかない。

もう次の日にはつめにでかかっていた黒いものがすごく濃い黒になっていて
まるで油性のペンで何かを書いたけどなかなかそのインクが取れない状態
のように見える。それが親指がひどいだけど、もう今では他の指にもある。

つめは健康状態を表す。肝臓が弱っている。

お風呂には極力入らないようにした。エネルギーを使うことはなるだけ避けた。
ただエネルギーが貯まることもないみたいだ。だから回復が遅い。

上の毛も下の毛も抜け続ける。
一揆になくなってくれれば楽なのに犬のようにタオルで拭けば大量に
抜ける といった状態。下の毛が抜けるのを見るとなんだかかわいそうに
なる。毛がふさふさしているのはなんて素敵なことなんだろうと思う。

肝臓が痛い。

ある日の朝方 夢をみた。
夢なんてあんまりみないし、ましてみても覚えていることなんてないようになって
何年にもなるのに。

《 私は妊娠していてもう臨月で後10日くらいで予定日だった。お腹にいるのは女
  の子で、その日はママ友たちと買いものをしている。 ベビー用品や婦人服とか
  色々あるお店のようだ。私は新生児のおむつを買わないと、と思っている。
  それを探しながら、まだ新生児用の服さえ用意していなかったのを思い出す。
  どうしてちゃんと買っておかなかったのだろうと不思議に思いながら店を歩いている。 
  店のなかはなんか薄暗い。セクションからセクションへ移る廊下のようなところで
  おじさん二人がおもちゃのチップのようなものでゴルフのチッピングのゲームの
  ようなものをしている。そこで誰かがたくさんのチョコでできたチップを投げ捨てて
  「はい、これがチョコレートチップ」などとくだらい冗談をいっていた。おじさんの
  一人は私の父親かもしれない。外に出るとバスがもうバス停のすぐそばに来ている
  ので走るのだけど、自分がパースをもっていないことに気がつく。店にもどる。
  店の入り口はなぜかオフィスの入り口のようにシンプルでくろっっぽいガラスのドア
  である。入ろうと歩いているとカイがやってくる。彼はずぶぬれで血まで流している。
  犬は普通濡れたらシェイクするので毛がぶわっとなるのに彼はおもいっきり水を
  かけられたか、泳いだ後そのままのように身体の毛中に水をふくませ、水がどこ
  からか流れている血と一緒に滴っている。血は大量ではない。とりあえずカイに
  待つようにコマンドする。バスに乗り過ごし、カイのそんな状態を見て焦ってきた
  のか気分が落ち着かない。ドアの前に来たとき、ドアの前にキラキラした鋼鉄で
  できた魚の形のような15cmくらいの大きさで、何枚かの羽がありそれが
  かなり早いスピードで回っていて、ちょうど私の顔の高さで飛んでいる。そして
  そのフィッシングルアーのような物体は私を攻撃するので、私は中へ入れない。
  入らないと財布はないから家へ帰れない。何度も入ろうとするのだけど、その
  物体は私だけを攻撃するために作られているように、ひつこく飛び回っている。》

夢がさめたとき、私はなんともいえない暗い気もちになった。
どうしてよりによってこんな夢だけはっきり覚えているんだろう、と。

・・・・・つづく(もうエネルギー切れで書きたいけど書けない)
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by mi-chanlucalu | 2009-12-15 08:20 | 乳がんをめぐる

祝福

今日は色々と人と会う日だった。

朝にヘアカットをして、その後犬の散歩をしたいという人が
やってきてカイの説明をしたりした。
一緒に散歩へ行きたかったのだけど、子供をつれてだと時間がかかるので
パパに連れていってもらう。
彼はママ友を通じての日本人の男子生徒なのだけど、犬が好きなんだけど
犬を飼ったことのないらしいのだけど、まあありがたい申し出、である。

人と会う最後は私の長年の鍼灸の先生の案で希望者を集めて
みんなで瞑想をすること。これは今日が初めてで、なんと私のために
光=エネルギーを送る瞑想だった。

輪になった人の真ん中に私は座って、約30分くらいだったのだけど
とても安らかな気持ちのいい瞑想ができ、すごーく癒された。
愛が私を通し地球に送られていくビジョンのようなものがあった。

おかげで今も元気。あんまり疲れを感じない。

あああ、本当にありがたい。

右胸を全摘し、今は髪の毛さえなくなったけれど、こころのなかは祝福された
幸せいっぱいの私がいる。

手術して、さらに抗がん剤をして、フィジカルなものを喪失して、本当に身体というのは
車のようであり、衣のようであると思う。

何かをなくすと必ず何かを得るということを身をもって体得している。

今は執着という観念を深い部分で理解することができる。

そして自分の愛がもっと深くなっていると感じることができる。

Omnamahashibaya
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by mi-chanlucalu | 2009-12-05 13:30 | 乳がんをめぐる

断髪 その3 と ウイッグ購入

子供たちがプレスクールのあいだに
頼んでいたかつらのヘアカットをしてきた。

けっきょくはがんセンターの一角のお店でかなり自分の色に近い髪の
ちょっと長めのヘアーのかつらにした。

そしてそこでそのウイッグをちょっとカットしてもらい
自分の五部刈り頭ももっと最短までクリッパーでガードなしで
カットしてもらった。このお店でかつらを購入するとそういうこと
全部が無料サービスなのだ。

子供たちの反応・・・
みらはうれしそうだった。ルカは自分のことで忙しくであんまりコメントが
なかったけど、家に帰ってかつらを取ると大笑いしていた。

つるっぱげまで後少しや。

さすがにここまでになると頭が寒いので家の中でも帽子は手放せない。

ウイッグは一日中かぶれるほど気持ちのいいものでないので
外出のときのみに限られると思う。

友人2人からのウイッグの反応もグッドだったので気分よし。

人生最大の口内炎は痛いけど、週末でパパも明日はいるし
楽しくすごしたい。
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by mi-chanlucalu | 2009-12-04 15:16 | 乳がんをめぐる

断髪 その2

12月1日 午前8時半
クリッパーに4分の1インチのガードをつけて坊主頭にした。

以外に自分で見ても違和感はなく
終わったときに
久々に見る太陽がキッチンの窓から
私を祝福してくれるように
坊主頭を照らした。

みらが最初に見て
笑った。

「おっちゃんみたい」

そして坊主頭を触らせると

「こちょばい」といってもっと笑う。

よかった。

るかは自分の頭をおさえて
 「るかは毛けきらないの」

とプロテクトしていた。

みらが後でまたやってきて

さわるだけ頭をさわって

「みら これすき~! はりみたい」と言ってくれた。

昨日で抗がん剤投与から2週間。
予定どおりの抜け毛。
髪を洗った後の抜け毛の量を見て
明日(つまり今日)断髪やな、と思った。

夕飯のときにルカが(きっとじーっと私の頭を見ていたんだろうか)
 「ままのけけ、かわいい」
と言ってくれた。うれしぃ~!!


これもテンポラリーや。
もうすぐ全くのはげになるんや。

でもあの恐ろしい抜け毛とはおさらばしてとりあえずすっきりした。
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by mi-chanlucalu | 2009-12-01 02:31 | 乳がんをめぐる