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めちゃめちゃ痛いよぉ~!!

昨日の夜中から、電撃的な痛みが脇の下から起こり、
とにかく眠れなかった。でもすごく眠かったので、左手でハンドヒーリングをして
いたらそのまま眠ってしまっていた。
ただ、痛みは依然としてそこにあった。

朝起きてすぐに乳がん手術前後のことが書かれているブックレットを読んでみたら
正に!「リンパを切除したひとは、手術後1週間くらいに電気ショックのような痛み、
焼けるような痛みを感じます。これは治ってきていることですかが、あまり痛いときには
痛み止めを飲んでください」 とあった。

とにかくがんばって夕方まではホメオパシーのみで耐えた。が、
全く何もする気がない。とにかく痛すぎる。動かせない。
本さえ読む気になれない。どこにも行かなかったので子供の機嫌はどんどん
悪くなる。テレビをつけっぱなしになる。でも痛いながらも夕飯の後片付けと
風呂洗いをかろうじてやる。子供を風呂に入れるのはかなりエネルギーが要る。
パパがいないし、彼らはもう疲れているので、自分でやるしかない。

パパの勧めでタラノーを飲んでみる。全くといっていいほど効かない。

ああ~、もうあれを使わないと・・・・で結局外科医に処方されていたのを
パパに夜に買ってきてもらう。1~2錠とあったのでとりあえず1錠だけ飲んでみる。
痛みは和らいだけど、全く去るものでもない。

本には「この痛みは1週間から2週間つづくときがあります」ともあった。

げぇ~!!やで、全く。
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by mi-chanlucalu | 2009-09-27 12:37 | 乳がんをめぐる

手術が終わったのはえんやけど・・・

果たして21日の手術は無事終わった。
当日は麻酔の影響ために全く何も食べることができず
夜にも吐いたり、生理がやってきたりと大変だった。

にもかかわらず22日の朝には元気になってご飯を待っていたりした。

22日に退院できる予定だったのだけど・・・
なんと
麻酔のドクターが鍼を一本深く入れすぎて肺に穴があいて
空気が入ってることが確認されたそうだ。ご飯も食べすに肺のXrayをしなくては
ならなかった。
そして4.4cmの穴があるのでその日はもう一日入院で明日また肺の検査して
穴が小さくなっていたら退院。大きくなってたらなんかそれを取り除くための
ことをしなくてはならないとのこと。

やれやれ

そのドクターが「ぼくの100%責任で・・・」と言いにきたのだけど
ま、何も言い返しようがないし、「ええい、ご無用。そち、もう さがってよい」
の世界やで。

結局次の朝、穴は3.6cmに縮んでいたので、まあ自然に治るだろうとのことで
23日の朝の9時半くらいには退院できた。


昨日の晩、手術後初めてシャワーをして傷を正面から見てみたらなんか自分が
戦争から戻ってきた戦士を見てるような気分だった。(かっこええやん。ちょっと みたいな)
そして、傷跡事態は日本にいたときに夢にでてきたものと一緒で
「あ、こんな感じか。大したことないやん」とすでに経験済みだったので
感情的にも、ショックはなかった。

リンパにもがん細胞が発見されたので、リンパも全部切り取ったためドレインをつけてる。
それは、胸の横の穴から管を出し、その先に手榴弾のような形の入れ物がついている。
一日に3回その中にたまった液体を出して測って記録するのだけど、今日の昼あたりからは
血の色が少なくなってきた。
こういうことは日本ならきっとまだ入院してて看護婦さんとかがやってくれるのだろうけど・・・。

針治療に行って、やはり肺からの痛みが身体に出ている、とのことで治療してもらい少し
背中とかが楽になった。私の鍼灸師とは長年の付き合いで、帰りに色々おかずやらスープやら
BioKを一箱持たせてくれたりした。ありがたい。
病院にも友達がたくさん来てくれておにぎりやらスープやら持って来てくれた。

本当にありがたい。
私のことを思ってくれている人、メールをくれる人、電話してくれる人、頼めば協力してくれる人、
何かできないかを尋ねてくれる人、みんな本当にありがとう。
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by mi-chanlucalu | 2009-09-24 12:57 | 乳がんをめぐる

明日やん・・

比較的ゆっくりとした週末をおくることができた。
招待のあった友達とも会わず、電話がかかってきたけど
会わずじまいのパパのお父さんたち・・・。結局家族で適当に電車乗りに
ハーベストフェスティバルに行ったり、今日は山登りしたり、勝手な日々を送れる
ことに幸せを感じた。

明日から自分が病人になる。
っていうか、乳がんって症状がないから(痛いとかの苦しみが)
手術してから病人扱いの仲間入りみたいなところがある。
だって今はほんまに何でもできるし、食べれるし、眠れるし・・・

術後の治療で以前より体調が悪くなるわけやしなぁ~。
ほんまに割に合わんわ。

でも自分がどうなるか、目が覚めてからのお楽しみや。

今日メールでエール送ってくれた人たちに感謝!

おやすみぃ~
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by mi-chanlucalu | 2009-09-20 14:28 | 乳がんをめぐる

きょう おっぱいきる?

もう金曜になってしまったけど、水曜のはなしを・・。

この日は友人で画家であるマリアが私と子どもたちの写真を撮る日だった。
手術の前に記念として自分の揃っているおっぱいの写真を子供と共に
撮って、残しておこうという計画。

マリアが来る前に、こどもにいつか言わないと、と思っていたことを告白。

「ママはもうすぐ、おっぱいに悪いものがあるからそれを切るの」

と言うと、おませな実羅は興味津々。

その日は何度も「まま、きょうおっぱいきる?」「バイキンはいってるからきるの?」
「で、ごはんたべて、おっぱいきる?」と何度も質問ぜめ。

でも、この無邪気な質問をきいて、この子たちが小さくてよかったのかもしれないと
思える。女の子の実羅にとっておっぱいが重要なものになってからとかだったら
かえって傷ついたのかもしれない。

上半身裸の写真撮影は子供たちとゆったりとした時間を笑いながら過ごし
楽しいひと時だった。オファーしてくれてマリアに感謝。
彼女は自分の持ってるライトとかサリーの生地とその色にマッチしてる飾りとか
色々準備してくれて写真家マリアとして乗りのりだったけど、モデルで主役の
私はどうもうまく顔がつくれなくて、とにかくたくさん撮ったのでそのうちのいいのを
選ぶというかたちで終わり。マリアは
「もう 疲れたの?」ともっと撮りたそうだったけどね。

記憶力も観察力もするどいみらは今朝起きてすぐ

「きょう おっぱいきる?」と聞いてきたよ。

とほほ・・・ちょっと早くいいすぎたぁ?

もちろん 「月曜にね」と言ってもわかるわけがないんだけど・・・。

こりゃあ 病院から戻ってきたら 「みせて、みせて」の連発だろうなぁ~。

やれやれ
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by mi-chanlucalu | 2009-09-18 04:58 | 乳がんをめぐる

後1週間や・・・

週末は1泊でパークスビルへ行ってきた。
天気がよさそうなんで前日に決めて そく行動。
楽しかった。子供たちもこれで3年連続なんだけど、今年は彼らの成長がとても
伺えた。ただ夜中にるかが起きて「かなだへかえるのぉ~」と言ったときは
びっくりしたけどね。キッチンつきのコテージだったので外食のことを考えなくても
よかったし、歩いていけるイングリッシュマン リバーで夕方に真っ裸になって
冷たい水に入っていく彼らを見て「ああ~いいなぁ~」と写真も何枚か撮りました。

そんなこんなでもう後手術するまで1週間。はやいなぁ~。
かといってとくにどうこうってものでもない。
手術時間は約70分とあって入院は1泊だけだし、
やらなければならんのは自分で殺菌用の石鹸付きのスポンジを2つ買って
手術日の前日と当日の朝によく身体を洗うこと。
こっちでは日本のような至れりつくせりのサービスはないよなぁ~。

今回はやっぱり気持ちの整理ができているので、こないだ病院から確認の電話が
あったけどいやな感じはなかった。もう心の準備はできているみたいや。
そして今回は病院が近い方なので、それもうれしい。
ビクトリアには大きな病院って二つしかなくて、前の外科医だったら遠い方での
手術だったから、やっぱり決まるところに決まったような気もしている。

今回手術することに決め、やはりありがたいと思う気持ちが多い。
まず選択の自由がある。つまり自分で自分の人生を決められる。

世の中にはそれができない人々がたくさんいる。

そしてアメリカのように健康保険や社会保険の充実があまりされてなく貧乏な人は
手術さえ受けられない。保険がないのでお金が払えないのだ。
ある記事でとくに黒人の女の人で乳がんの手術を受けられない人が多いのを読んだ。
サービスは悪くとも、保険で全てがカバーされるところに住んでいることは
やはりありがたく思わずにいられない。

Dr.Hayashiのことも、ヨガの二人の先生から「とても推薦できる外科医」と聞いて
病院で働いている友人の同僚もそう言っていたらしいのを聞くと、安心感がどんどん
深まっていく。彼が手術をやってくれることになったのもやはりありがたいことのひとつ
である。

最後にダライラマの自伝より、彼に素晴らしい霊感と決意を与えてくれる短いお祈りを


世界が苦しみに耐え
生類が苦しみつづけているかぎり
この世の苦痛を取り除くために
願わくはわたしもまたそれまで
共にとどまらんことを
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by mi-chanlucalu | 2009-09-14 13:35 | 乳がんをめぐる

新しいプレスクール

今日はプレスクールの初日。

彼らは4歳児のクラスへ入るので月、水、金の9時から11時半まで
「がっこう」へ行く。(こどもと私はそう呼ぶ)

こないだ下見に行ってから外の遊具も中のおもちゃも充実している「がっこう」が
大好きなようで、今日はすごくはりきっていた。

3歳のときの去年はあんまりプレスクールのことを考えていなくて
結局今年の2月から5月までの4ヶ月だけ、週2回、YMCAの経営する
プレスクールに入れていた。これが良いうわさとは大違いの代物で、全く
オーガナイズされていなかった。フィールドトリップへ行く前の前日の知らせ
さえなく、「やる気」が全く見られないことが多々あった。
それはきっと自由でいいのだろうと違う見方をしようとしたけれど、今回
きちっとまとまっている(でも小規模な)ところへ入って、どれだけYMCAが
いい加減だったかが身にしみた。

毎月のニュースレターもあり、月一回のフィールドトリップあり、おばちゃん二人で
やっているこの「がっこう」がこどもも私もとても気に入っている。

おやつに「ジャンクフード」や「ジュース」を持ってきてはだめで、がっこうから
フィルターされた水の支給まである。こういうところもスコアが高い。

おまけに今朝送るときにチェックしたら、なんと定員の子供の殆どが白人ではない
いわゆるみらるかや私に属する「Visible Minority」なのだ。このことばは
白人以外の人をここではそう呼ぶのだけど・・・。すなわち少数民族なんだよね。
白人社会にいると。

迎えいったときにけっこうインド系の人が多く、みらるかはどっちかというと白人より
だなーと思ってしまった。髪の色からして。

個人的にこういう人種混合した風景は好きで、世界がこのプレスクールのようなら
ある意味でずっと平和なのにと思った。

いつかはそういうときが来るのかもしれない。
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by mi-chanlucalu | 2009-09-09 04:52 | みらるか

手術をするということにつて

手術をすると決めてから自分のなかの
疲れからくる「安堵感」は、自分ひとりでやらなくていいんだという
緩みのようなもなのかもしれない。

考えれば考えるほど、ヨガのTeacher Trainingを断ち切ろうと思う案は
きついものだったし、だからといって自分がいい人間になれるというのもやはり
ひとりよがりのようなものだと思う。

また昨日ヨガの友達に久しぶりに会って話をして、自分をだせばだすだけ
はっきり見えてくるものもあるし、彼女たちの話しを聞いているとまたそれに
救われるものも多い。

7月15日が手違いで手術がないと分かってから、それまでに手術日に合わせて
チューニング(こころの準備みたいなもの)をしていた自分の気持ちがかなり
ぶち切られて、だんだん手術をするこころから離れていったのだろうと思う。
とくに、
食事療法で治った本(もちろんこれには手術とかの治療と合わせてなのだけど)を読んだり
鍼灸治療で腫瘍の周りの筋肉がやわらかくなってので腫瘍まで小さくなったかと勘違い
していたり(超ポジティブな奴!)その他の本での影響とかでスーパーポジティブになって
いた時間は多かったと思う。「このままいけるかも!」とよく感じていた。

とくに瞑想や呼吸法等をしていて身体とこころが一体のような、光をあびているような気持ち
になるときがよくあったので「大丈夫」と思えた。

もちろんそれが24時間続き、誰と話しをしてもそう言えたのなら、きっとドクターとの
アポはキャンセルしてたのだろうと思う。

今は

21日に合わせて自分をチューニングしていく。
ラジオのつまみを合わせるように、でもゆっくりと・・・
今度は前のように合わせているときに誰かが後ろから押したりするような
ことがないのだろうし・・・・。
ぴったり合うように、そして合った状態でものごとをすすめていく。
納得のいく人生を・・・。

診断されてからの5ヶ月。
怖いと感じるとか落ち込むようなことは一度もなかった。
泣いたのは一度だけ。日本から帰って手術をすると決めたときだ。

今回また新たに手術をすると決めて
前よりもっと安心した気分になっている自分がある。
時間はあくまで観念なので「待っている」とは思えない。
9月21日、こっちでは夏の最後の日。
きっと私はこの日に手術すると決まったいたのかもしれない。
夏の締めくくりの記念日だ。

秋なると私は違うからだを手に入れすすんでいく。
変わらないものもあり変わるものもある。
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by mi-chanlucalu | 2009-09-06 01:59 | 乳がんをめぐる

生きていくこと 意識の変革

長いあいだブログを更新していなかったので
兄から電話があったりしました。心配してくれてありがとう。

8月は今までのどの8月よりも早く過ぎたような気がする。
最初の3週間は週4日でゆわんくんのデイケアをやっていたの
彼の昼ねのためにあまり人とも会わなかったこともあり、自分の時間ができると
ヨガの呼吸法や瞑想などをやっていた。
だから、殆ど自分の乳がんのことを話さずに過ごしてきたと思う。自然にであれ、
わざと避けていたのであれ・・・。

だから検査の当日は久しぶりに心臓がどきどきした。
でも思ったような結果は全くでずに、超音波をする人、その新しいマシンの使い方
を教える人、それを習う人がいたりして、結局真剣に腫瘍の大きさを測るとか
比べるとかをしていなかったように思う。私が尋ねなければ何も言わずに返された。
でもどうなっているのかを聞くと、あいまいな返事しか返ってこなかった。
多分前の結果とは比べていないのだろう。そして私に張られた「乳がん患者」の
レベルがあるのでそんなことは新しいマシンの使い方に比べるときっとどうでもいいような
印象を受けた。「あなたは明日ドクターに会うのでしょう?」が彼女の最後のことば
だった。

Dr.Hayashiはとても静かないい人だった。日系人なのだろうけど、そんなことは一言も
言わずに問題の用件だけを話し、話しを聞いてくれ、質問に答えてくれた。
彼には前のDr.Dにはないものが見受けられたように思う。謙虚さのようなもの。

この1ヶ月とちょっとのあいだに鍼灸に通い、本を読み、子供の世話をしてきた。
あまりに平和で元気で幸せだったので「このまま手術せずにいけるのではないか」と
「もしかしたらもう腫瘍は少しくらい小さくなってるかもしれない」というようなことばかり
考えていた。だから検査で何も変わっていないことが分かると、脱力感のようなものがあり
かなり疲れた気分になった。

そのうえDr.Hayashiに会い、その後パパと話しを少しして(本当に全くといっていいほど
二人で乳がんのこれからについては話さなかった)彼の抑えていた気持ちがどんどんあふれ
でそうになるのが分かった。

私は彼のストレスのひとつになっている。乳がんであるだけでも彼には(多分私よりも)
こたえているのに、手術しないでやっていくと言う案には耐えられないのだろうと思う。
あまりにも他に例がなさすぎるのだ。

自分自身、昨日の夕方ものすごくしんどくなり、夕食を作るの気が起きず、
テイクアウトにした。

この1ヶ月、自己治療しようと思いながらもドクターとの面会をキャンセルする決断が
起きなかったのはパパや日本にいる家族のためだけではないのはこのしんどさが
物語っているような気もする。

実はヨガのTeacher Trainingを中断している。日本にいるときから、ヨガを一生懸命する
ことが実は自分のエゴではないのか、と考えていたし、もし自己治療に専念するなら、
その両立は難しいのではとも思っていた。

ただ、手術をするかしないか、そろそろ決心しないといけなくなってきた今日の朝、
ヨガの勉強が懐かしく、戻りたい気持ちが強く湧き出てきて、自分の先生に電話しようか
と思った。少しでも早く戻るには少しでも早く癌を治すことである。なんせ先輩の先生からは
殆どのポーズをやるのを止められている。自分にエネルギー、免疫力を蓄えるための
静かなポーズのみ許されているので、今までやっていたアドバンスのクラスにはいけない。
制限されてはいるものの、からだがほしがるときは何度が一人でやっていたけれど。
(だって元気なんだもん)
自分が長いあいだ、やりたいとあたためてきたヨガの先生になるという考えを、考えに考え
決心して、やっと今年の1月から始め、たったの5ヶ月やって手放すのはつらい。

もちろん、自分で勝手にエゴを捨てたと、ヨガをやらないことで、家族のためになって
いると考えるのもエゴなのではなかろうか。そして、そんなことくらいで意識を変革したと、
その第一歩だと自己治療の道に向かっていると思う方が傲慢なのかもしれない。

昨日でた「疲労」はやはり私に何かを語ろうとしている。
自分の内側の声に耳をすませなくてはならない。

今日、久しぶりに友達に会って、自分の気持ちを話してみた。
あんまりストレートに話しができるのは子供がまわりにいると不可能に近いなか
なんとか、少しは気持ちを外にだすことができたと思う。
だからこうやってかたちになってブログを書く気持ちが起きたともいえる。

手術をしてもしなくても自分が変えていったことや学び続けていることは変わる
ことはないだろう。

There is no short cut

手術をしたからといって、もう前と同じような意識、食事、ライフスタイルにもどることもない。

8月のあいだに瞑想やビジュアライゼーションをしているときに、自分のからだとこころ
がひとつになって「手術をしなくても大丈夫」と言ってくれているような気が続いた。
そんなときに話しをした友達とかには(多分数人)手術をしないでやってみようという
オプションも考えていると話したりもした。

今、からだと気持ちのどこかが
「もう、がんばらんでもええやん。できることがあるんやったら切り取ってすっきりしてみても
ええんかもしれんよ。」と言っているような気がする。

私の大事な友人の一人がメールで「整合性」、つまり自分のなかで納得してものごとを
行うことの大切さを語ってくれた。もちろん、それはまさに私が求め続けていることであり
そうありたいと常々思うことの一つだ。「刷新」も彼女からもらったことばで、「変な
波動やエネルギーが固まって何か形をつくってるのなら、それを取り出すことで刷新できると
・・・・・」実はそのときは彼女には言わなかったのだけどこのメッセージは本当にこころに響いた。

でこ母も昨日、まさに電話しようかと思っていた昨日に電話があり、とてもうれしく
元気な彼女の声を聞いていると、やはり守られていると思え、さらに「笑うことは大事」と
のメッセージは、これも正に私が最近よく思うことであり、こんな状態でも人を笑わせ
自分も笑えていることにいつも幸せを感じていられたと思う。

とりあえずどこかへ向かっている。
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by mi-chanlucalu | 2009-09-02 06:56 | 乳がんをめぐる