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手術までの日々をどうするか

もし7月2日を手術日としていたら後4日というところだった。
ただ自分の免疫力とかがどれくらいかっていうのが分かるし
生理もきていたし、とにかく2日は避けたかった。

そうすると後2週間以上はあるわけや。

普通 がんときいてこれだけ自分から手術をのばす人は少ないんやろうなあ。

戻ってきてやっと1週間がたち、飛行機のなかで空にとびちってしまった脳みそ
のなかみが戻ってきて、思考できる能力が回復してきた。

こういうときにいつも思うのは睡眠は生きることにおいて(一般人には)
大切なことというのと食べ物はやっぱりめちゃ大事やということ。

ちゃんと食べてちゃんと寝ることによって生活のリズムができるからこそ
精神状態がまともになるといえる。私はね。

さて、後2週間あるのをどうするか。

+まずは自分をベストな状態へ持っていくように努力すること。

こないだのブログを書いた後、泣いた。
パパがハグしてくれて
「日本へ行かなかったら絶対後悔していたから行ってよかった」と
言ってくれて、おいおい泣いたらすっきりした。

自分のなかで日本へ潔く行ったのに、結局手術することによって
家族をふりまわしたのではないかと申し訳ない気持ちになったし
多分、自分の弱さというか、疲れがでたのだろうと思う。

泣いたらふっきれたというか、またもとの自分に戻れたようで
元気になった。

+子供たちもベストな気持ちにさせておくこと。

夏なんだし、彼らもそれなりに疲れたのだから、これからは
いくら手術があって私がちょっとま、いなくなったり、治るまで
大変かもしれないけど、彼らには楽しんでいてもらいたい。

今日は彼らに新しい自転車を買った。

ずっと使っていたダブルストローラーが売れたので
代わりに、ってわけじゃないけど。ね。
特にルカの乗っていた三輪車はがたがただったので
(だいたいどっちの三輪車も超古いやつ)
るかはまっさらのバイクを何度も何度も乗って本当によろこんでいた。

+家族円満に

3歳半の双子ってまだまだ手がかかるし大変なんやけど
穏やかにいきたい。パパとも仲良く、手術のことで
ぴりぴりしたくない。かなり遅くなった手術、パパも彼なりに
神経がはっていると思う。彼に優しくしなくては。

こういうこと全ては手術のあるなしにいつもこうありたいってこと
なんやけど、やっぱり平常心で無理をせずに、でも日々の努力
は忘れずにいきたい。

ヨガの方へも顔をだしてみるつもりやし、とにかく手術までは
できるだけのことをしておこうと思う。
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by mi-chanlucalu | 2009-06-28 13:33 | 乳がんをめぐる

カナダに戻ってから・・・気持ちの整理

22日に着いてからもう4日もたってしまった。
二人を連れて帰るのは思ったほど大変でなかった。
もちろん大変ではあったし、飛行機の中でも疲れすぎて映画も見る気になれず
かといって眠ってしまったこどもたちが両方の太ももにのっかかっているので
あまり身動きもできずで、でも今考えたらあっというまだった。

いまだにルカのほうの時差ぼけがひどくて、朝の3時には起こされてなかなか
寝てくれない。だから朝は寝坊だしで、一日中からだがだるい。

昨日手術をするドクターのアシスタントから手術日の電話がかかってきた。
7月2日。後1週間。それはあまりにも早すぎる・・・。パトリックもそれを聞いて
胃が痛くなったようだった。手術と言うのは日が決まっていて毎日やってるわけじゃないので
この日がいやなら次は15日なんだそうだ。彼女とのやり取りの後その日に承諾したが
今日の超音波の結果次第ということで収まった。

でも、やっぱり超音波の結果が変わらなかったとしても後1週間とはあまりにも
気持ちの整理ができていない、というか、とにかくこの疲れをとってベストな状態で
手術を受けたい。

鍼灸師と電話で話して、(自分もちょっと頭が混乱していたので) 彼女なら2日には
しない、というのを聞いて私も、まあちょっとくらい延ばしてもらうことにした。
アシスタントにメッセージを残すと彼女は夕方電話を返してくれて15日に変更してくれた。

それまでには時差ぼけも治ってるだろし、ルカがとくに時差ぼけがひどいのでそれも
治まって、彼の必要以上に「ママ、ママ」と不安がるのもましになってるだろうと
思う。日本ではかなり不安が続いていたのだろうと思う。

今日でも超音波のために昼から私だけいなくなると大泣きで外へ行こうとしたという。
そのため午後からのドクターのアポは家族みんなで行った。

超音波の結果は「変わっていない」プラス「ちょっと大きくなっている」と言われた。
これに関してはあまりショックではなかった。大きくなっているといわれても超音波での
サイズの測り方は人それぞれだし、この情報はまったく信じれるものでないのであんまり
気にしない。こないだの人と違っていたし、だいたい始めに図ったし人も性格だったかどうか
1、2mmくらいっていう誤差はいっぱいでるので。

これで、自分のなかではっきり手術をうける気持ちにはなった。

昨日の夕方鍼灸師から電話がありおにがわら先生と話しをして私は手術をしなくても大丈夫と
言われたらしいけど、それは私も3度目の治療のときに言われたけど、彼はなんといっても
癌のそれも乳がんの専門ではないし、超音波の結果が変わっていないし、もう手術を選ぶのは
仕方ない、よ。 やれるだけのことはやったような気がする。

日本にいた3週間はやはり現実離れしていて、自分が乳がんという意識さえ強くもてなかった
ところもある。子供たちに手がかかりすぎたし、妹のところで世話になるのも気を使うものだ。
周りの人がどんなにベストにやってくれても自分の家にいるようにはいかない。
もちろんそんなことは分かっていて行ったのだし、だから3週間という限られた期間だったのだと
思うし、子供(それも3歳半の双子)を2人連れての長旅は私をさらに強くしたし、
自分が行ったこと、やったことに対しては後悔していない。
回り道をしたとも思わない。

鬼瓦先生とも縁があって会えてよかったと思っているし、私のことを真剣に考えてくれた
鍼灸師にもとても感謝している。

長いこと会えなかった友人に会えて、短いけど話しができてお互いなにか影響を与え合った
のだと思う。

叔母ちゃんや、でこ母やお兄ちゃん家族も遠いのに私たちに会いにきてくれたし、妹も
3週間ほんとによくがんばってくれたと思う。

これらの全てがこれからの励ましになるし今私のなかにきっといっぱいつまっていると思う。

ブログをチェックしてカナダから送ってくれたコメントや帰ってきてからメールをくれる友人や
よが仲間もいて、私はまたこれからもう1ステップを踏むために準備をする。

こうやってブログをつけることで気持ちの整理をする。だけど明日からはまた普通に過ごす。
手術の日まではね。
私は手術が怖かったのだろうか?逃げたかったのだろうか?

一人一人に電話して気持ちを打ち明けたい気分になった。でも話しをするのは疲れる。
これを読んだ人たちへ、私を励ましてください。
悲しくなりそうだったらジョークに変えて笑い飛ばしてしまいたい。
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by mi-chanlucalu | 2009-06-25 11:51 | 乳がんをめぐる

パパの入院、帰国の準備

木曜の朝メールをチェックしたらパパが入院していると知らされた。
右半分の体の感覚がなくなったらしい。色々検査をして結局何も無かったのだけど
エコノミークラスシンドロームという血関係の軽い心臓発作みたいな症状らしい。
5時間のバスの後飛行機が窓際でずっとじっとしてたので血の流れが悪くなり
急に動き出したときに起こるものみたい。

私は水曜に最後のセッションを受けたときでこ母に会ってそのまま彼女の車で
長野に戻ってきたのでメールの発見が一日遅れたけど、結局彼は帰った日に
入院したらしい。
幸いいい友達と彼のお父さんやお義母さんの協力もあったので私はそんなに
心配することなくでこ母との時間を楽しめた。

今日、金曜の昼ごろ退院したパパと話せて、ほっとしたよ。
んでその彼が旅を一揆にせずに分けたほうがいいと勧めた。
確かに5時間かかって成田に行きそれから9時間以上の飛行機は
やっぱりかなりしんどいものがあるんだろうと思う。
行きは川崎市のママ友のところへ泊まった。そしてまた一泊お世話に
なりそう。彼女との連絡もついて予定はなく泊まってもいいといわれたので
お言葉に甘える事にすると思う。

成田のホテルをすごーく調べたのだけどやはり高い。
それにフライト時間は夜の7時なのでいったい何ができるかを
考えたら・・・・。それでもそうすれば出発の日は飛行機だけだから、と
思いつつ調べたけど、今日はその作業に疲れた。日本のホテルの
HPってすごーく見にくい。

そういえば水曜にやっとあれだけ時間のかかったトラベルドキュメントがきた。
そういういろんなことがあって最近すごーく疲れてる。

パパが帰ってから子供もさらにぐずりがひどくなり甘えれる人が私だけに
なったということもあって負担も大きくなったからもある。
そういうことをまぎらわせるためにテレビの時間もお菓子の量もふえたと思う。
やっぱり3週間でよかった。こどものためにも私のストレスのためにも。
やはり予想はしていたけどちゃんとヨガが出来る時間がなかなかとれない。

夕方、ずっとテレビを見てるこどもたちをさそって散歩へ行った。
すごーくはしゃいでいる彼らを見てほっとできた。

もうすぐ帰国。
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by mi-chanlucalu | 2009-06-19 21:58 | 乳がんをめぐる

パパ帰国

妹と二人できっとパパはバスに乗った瞬間だぁ~ってほっとしたんだろうな~と
話してた。
彼にしたら一人で日本を旅するのは始めてだけどなんとかなるでしょう。
松本からでている高速バスで新宿まで、そしてそこからリムジンバスで成田へ。
これで5500円という安さ。子供が2人いなかったら私もこれで成田へ行く
だろうけどきっと電車のほうがのりごごちがいいし、電車で帰ると思う。
乗り換えのときチケットを交換するというしごとがあるにせよ、とくに後は難しい事は
ないと思われたのできっと今頃はビクトリアかな・・・・。
もって帰れるものは詰めてもって帰ってもらった。

ちょっとだけ心配していた子供の反応は案外大丈夫だった。
「パパはしごとにバスで行く」と言ったら、みらは何の質問も
しなかったけど、ルカがバス停までの車のなかで自分は今から飛行機に乗って
おうちにかえると言い出したのでも一度念押ししてパパはしごとに行くんだよ、って
言い聞かせ、るかたちは今からもっしー(妹)のおうちにいくと言った。

ルカが何度かパパはもうすぐ帰ってくると聞いたけどとくに
ぐずることなく昨日は過ぎた。

いつも思うけどテレビとおやつのおかげでなんとかやってるな~と思う。

おくれるだけの書類を送った大使館からは連絡がないので多分ようやく
ドキュメントを作成してくれているのだと思ってる。彼らが私のパスポートを
保持しているので出発までにそれがないと出れない。
でもこっちは土曜でも郵便配達をしてくれるので大丈夫だろうと思う。
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・思うよ ほんまに。

治療に行く以外の日は子供中心のゆったりした日になる。
絵本とかカナダで買えないものは買って帰ろうとは思ってる。
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by mi-chanlucalu | 2009-06-16 09:00 | 乳がんをめぐる

週末は

金曜は今回初めて観光らしきことをする。
叔母ちゃんも一緒にガラス工房へ。
そこで叔母ちゃんは自分のグラスを作る。パトリックの分まで払ってくれて
彼も挑戦。私は遠慮したのに、じゃあ何か買ってあげると押されたので
ガラスの玉のついたネックレスを選ぶ。
子供たちを見張っているのがかなり疲れた。でも楽しかった。

その後長野名産、というか、蕎麦を食べに行く。
これがめっちゃおいしくてみーんなお腹すいていたのが
ばくばく、ずるずる。おいしいざる蕎麦でした。

そんな感じでほんとうに楽しい一日になりました。

土曜にはお兄ちゃん家族が朝ごはんを食べているときに到着!
なんと姫路を夜中の1時半に出たとのこと。
お兄ちゃんの子供達もみんな大きくなっていてびっくり。
2年半なんて、あっというまのようで歳月が流れてる。

お昼はまた蕎麦。
おばちゃんがあまりのおいしさに感動して、お兄ちゃんたちにも
食べて欲しいとのこと。昨日も今日も叔母ちゃんのおごりで
ほくほく。甘えてしまおう・・・・。
ありがたや。

おばちゃんはこの日の午後4時のバスで帰ることになっている。
でも昼間の休憩のあいだに100円ショップへ。・・・
花火も買ったり、とにかくカナダで買えないものを買い込む。
そしてこの日の夕食の買い物をしていると、ぎりぎりでおばちゃんの
出発に間にあう。3晩泊まってくれた叔母ちゃん。
ほんとに楽しかった。ありがとう。
こどもたちも叔母ちゃんが大好きで帰った後も
どこに行ったのか聞いていた。

夜は外で日本風のバーベキューをして
その後は花火をする。
ほとんど小さめの花火。
みらはどう期待していたのか、花火をしたがったのに
始まると怖がって大変だった。

日曜は
みんなで歩いていけるとこにある足湯場へ。
なかなか感動。だれでも来れて足だけ入れる。
こういうところがあるなんてさすが温泉街や。

その後簡単な昼食を私が作り、
こどもたちには映画を見せておいて
お兄ちゃん夫婦と私夫婦でユニクロへとスーパーへ。
土日はセールがあるので買えるのを買っておく。
カナダではほとんど買い物をしない私はやっぱり日本にいるうちに
いるものを買っておこうと思った。
といってもTシャツ2枚とカプリのパンツ2枚。
子供達に来年用のパジャマ。

あれよとあれよと時間はすぎて
お兄ちゃんたちも4時すぎに帰路へ。

夕食の後には妹の旦那さんも静岡の単身赴任の地に帰るし
明日にはパトリックもカナダへ帰る。
子供達がどう反応するだろうか、ちょっと心配。


とりあえずやれる事をやるべし。

会いに来てくれたみんなほんとうにありがとう。
とても楽しかったです。
we all love you sooooo much!!
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by mi-chanlucalu | 2009-06-14 17:48 | 乳がんをめぐる

大使館、滞在期間、おばちゃん来る

カナダ大使館よりまた連絡が来た。
今度はEmailだった。
また書類の不備。

なんで一度目でこれこれが足りないってはっきり言ってくれないのか!
パパさんはもうかんかんでメールの返事をした後、すぐに電話番号を調べ
長いメッセージを残した。 これですぐに電話が帰ってきたのは驚いたのだけど
電話で話した人は「特にできることはない、話は伝えておく」とのこと。

今回、足りないといわれたのは
まず
私の古いパスポート「過去の旅行の記録が残っているもの」
パパのカナダの職業の証明、日本での滞在理由(つまり彼のパスポートのコピーと
職場のIDとか、)
私が一人で子供と旅していいということをパパが書いた手紙

だいたい、
カナダでのドキュメントチェックリストの書き方もはっきりしなかったのに
そのうえ一度目でいってくれればいいものを、考えられないやり方やと思う。

私一人が再入国するくらいでこんなに色んな証明とかいって時間かける暇あったら
もっとすること他にあるやろ~ちゅうねん!!としか思えん。

このトラベルドキュメントに関しては初めからあんまりいい予感はしてなかったけど

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

とりあえず自分の家の鍵を持ってる友人にメールしてパスポートを見つけて
スキャンしてメールしてくれるように頼んだ。カナダ時間が夜中だったので
電話は明日する事にした。

最悪ドキュメントができなくても帰るつもりや。
PR カードなくても再入国できた人もいるらしいので
このさい小さい子を二人連れてるんやし、しゃあないで。

この件に関してはほんまにうんざりしたので絶対PRカードを常に作っておくか、
カナダの市民権をとってしまうかや、と思い知らされたよ。

さてさて、
結局滞在期間はのばせなかった。
差額と手数料を払って日にちを変えるくらいなら
片道を新たに買った方が安いとまでいわれた。

これはもちろん自分の予定日まで毎日電話し続けてラッキーなことに
キャンセルがでれて、帰りたい日にちを取れれば別であるか・・・・
あまりそういうことは起きるとは思えないし、そうなっているなら
逆らわない、というのが私のやり方なので今回は合計3回治療をうけて
とりあえずはカナダに戻ることにする。

自分のなかで計画がどういう風になっていこうがそんなに不安はないから
これもきっと必然なんやと思って、もがかずに流れにまかせようと思う。
ちゅうわけでカナダのみんな、予定通り戻ります。


昨日から叔母ちゃんが来てくれている。
こども4人に囲まれても楽しくやってるこころの若い人で
私は若いとき面倒みてもらったことのある人だ。
彼女には男女の双子の子供がいて孫は4人。自分の母と若いとき同じ職場だった。
根が明るい人なので一緒にいても楽しい。
妹の軽のバンを人数オーバーで乗り回して楽しい一日だった。

カナダ大使館のけんも腹は立つけどやはり
自業自得。でもきっとなんとかなると思う。
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by mi-chanlucalu | 2009-06-11 21:44 | 乳がんをめぐる

つづく旅・・

朝がまだ5時すぎに起きてしまう。
こどもたちもだ。

日本に夏時間がないのがちょっと残念。
もちろん夜は早く暗くなるのだけど
日の出が早いのは時差で、というよりも明るいから起きてしまう。

みらるかは、だから昼寝は欠かせない。

日本に来て1週間。
子供達もリズムがついてきているものの
まだ時折、おうちにかえることを口にする。
こんな子どもでもホームシックになるものなのだな、と思う。

おうちにかえることを口にされるとつらいけど
弱気になっていては来た意味がないのだ。

妹もよくやってくれていて本当にありがたい。
今日は子供達を児童館にパパとドロップオフして
例の大使館の「やり直し」ドキュメントをやって来た。
郵便為替も返金できたし(すごーく時間がかかったけど)
大使館への銀行振り込みも書類を送るのも同じ場所で
できたし、後はそれが認められる事を祈るのみ。

頼むよ~

明日はも一度おにがわらへ
これからの予約は朝なので電車がうまくいけば
2時くらいまでには帰って来れそう。
岐阜へ行くのは電車の本数が少ないのと乗り換えの
連絡に2,30分まちがあるのでかなり時間がかかる。
それに往復で1万円は超えるのというのもつらい。
パパは「お金は問題じゃない」といってくれる。

本当にありがたい。
かれの今回の理解力と協力に対して深く感謝せずいられない。
妹の家の薪の片付けや薪割りをしたりして、毎日まめに
働いている。何につけても文句ひとつこぼさないパパにこころから
ありがたく、彼の深い愛情を感じる。

今回の私の行動がたくさんの人の協力によって
動いていることを毎日強く感じ、感謝せずにいられない毎日だ。

あさってにはおばが大阪から高速バスで、そして週末には
兄家族と父がやってくるそうだ。私達に会いにだけに・・・。

楽しみというのはどういう状況でもうれしいものである。
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by mi-chanlucalu | 2009-06-08 20:11 | 乳がんをめぐる

とにかくは・・・

夕方おにがわらさんから電話あり、
来週から周一で4回の治療の予定を入れてくれた。
彼の言うことにはこれで計5回したらだいたい治るかどうかの
見通しがでるらしい。ありがたいことだ。

かなり諦め始めていたので
驚きの展開とも言える。

ただちょっと嫌な事が起こった。
カナダ大使館からもうドキュメントが来たのかと思ったら
書類不備で送り返された。
郵便為替でお金を送るのも駄目らしい。

だいたいこういう詳細まで彼らのHPには乗ってなかったし
電話では連絡できない一方的さに腹が立った。
3週間以上前に送ったメールが日本に着てから返信があるほど
なので質問をFaxしたところですぐ返信が来るが怪しいものだ。
不備な書類はトラベル アイテナリー・・・・

今は週末なのでこれをなんとか月曜に済ませてしまいたい。

はぁ・・・・

とにかく明日は何もできない日なので忘れておく事にする。
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by mi-chanlucalu | 2009-06-06 21:00 | 乳がんをめぐる

どうするか、これから・・・

今回の目的であったヒーラーとの出会いはごくごく普通に始まった。
すべてが聞いたりして知っていたので想像から驚く事はなかった。
もちろん、奇跡みたいなことが起こるかもしれないと思わなかったといえば嘘になるけど
起こらなかったけど、落胆することもなかった。

彼はアパートの一角にお弟子さんと3人で色んな人のそれぞれの問題を治療している。
ごく普通のおっちゃんだ。ただ10歳のころから(授かった)力で女の子の傷にふれると
傷が治ったことから今にいたるしごとをしているそうだ。
想像していたとおりのおっちゃんで正直でオープンな人だった。

癌の人たちもたくさん来ていて、何人かの人は一度のセッションで癌が消えた
こともあるらしい。乳がんの人も4人くらい来ているけど、まだ消えたという人は
いないこともはっきりと語ってくれた。

自分のセッションを受けている間もたくさんの人が来た。
常連さんらしく、気さくに話しかけながらオープンな治療だった。
終わったあと寝不足もあってか、めちゃめちゃ眠くなった。

ただ私の滞在期間と彼の忙しさ(10人以上のキャンセル待ち)
が、これからどうするかを考えさせられた。
もちろん、これも落胆することでもなく、カナダから電話で予約を入れたとき
彼が忙しいのは分かっていた。
彼は明日電話を入れてくれるというけれど、それは私が最大滞在できる3ヶ月伸ばせる
ということの前提からだ。

これらの話しを聞いただんなと妹はなんともいえないという感じだった。
彼の治療に通っても乳がんが3ヶ月で消えたりがん細胞がノーマルな細胞に変わると
いう保証はされない。 「3ヶ月いれるんだったらやってみようか」 
・・・・・・・賭けである。
これが末期の西洋医学の医者に見離されたものならやるだろうし、日本に、そして
通え安い距離に済んでいたら3ヶ月といわず、やるんだろう。

さて、私はどうか。

末期の癌でないわたしにはオプションがある。
でも選択があるのは楽であり、苦でもある。

一般的に癌と聞けば普通はさっさと手術をするんだろうか。
ただヴィクトリアにいれば「同時再建手術」を選んだ場合
「待ち」があったので、それならと思ってここに来たのではないか。

もしかしたら手術をせずに治るかもしれない、と思って・・・

とりあえず明日の電話を待って彼が何を出来るかによって
決めることとしよう。
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by mi-chanlucalu | 2009-06-05 16:29 | 乳がんをめぐる

やっと・・・

日本に着くまでの週末はバタバタと過ぎたのでブログをする暇も無かった。

土曜は鍼のアポがあり
金曜の夜にまた正体不明の吐き気に襲われたので
ちょうどよかった。体の左がすごく張っているらしい。
それは最近自分でも分かっていた。しこりが原因してるらしい。
その後はマーケットへ行ってスーザンから水晶のブレスを
三つ買う。彼女からビッグハグ。
私は本まにいい人に恵まれている。

その後友人に会ったりパパとるかの髪を切ったり
今は時差ぼけであんまりしたことを思い出せない。
そうそう、土曜に為替へ行ってパトリックが中古のペーパーバックを
買うときに子供達と絵本セクションにいた。「健康」のセクションを通った
とき、あの本を見つけた。「Your life in your hands」
「乳がん」のセクションに一冊だけ。6ドル。もう買えないと思っていた。
でも見つけることが出来た。 やっぱりうまくいっている。



約2年半前の子連れ飛行と違って
今回は子供達は自分の周りで起こっていることが
すべて分かっていて反応するのでおもしろいのだけど
みらが飛行時間半分ほどで
「おうちかえりたい」と言い出したので切なくなる。
自分がひきづりまわしているのだ・・・。
このことばはこれから何度も聞かされる事になる。

実際昨日の寝る前の夜とか今日の朝とかも
言われるとこころのなかで「ごめんね~」と思うしかない。
聞けるだけのわがままは聞いてあげることにする。
ルカは双子ママ友の所へ成田から一泊で行った時も
とにかく新しいおもちゃがあればいいみたいで
そういうことはひとことも言わないので助かる。

実際成田空港に着いてからもものごとは結構スムースに
運んでいた。飛行機も30分くらい早く着いついたし、検疫にも時間は
かからなかったし、ママ友への高速バスもみらのせりふはあったもの
30分くらい早く着いた。

次の日ママ友のEさんは心配していたけど電車の乗り換えも全然
うまくできた。特急あずさが新宿からだんだん田舎へ行くに連れて
ほっとする。
実際昨日の夕方妹の家に着いたときは
本当にほっとして久々の日本ビールを楽しむ事ができた。

ただ今回は時差ぼけがあって夜中に目が覚めたり、ルカが
2日続けて3時半くらいから起きることが睡眠不足をうながしている。
でもそれは小さな支払いだ。そのうちに慣れてくるだろう。

とうとう今日岐阜へ行く。
こどもたちがうまく昼寝をしてくれればいいのに・・・。
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by mi-chanlucalu | 2009-06-04 09:15 | 乳がんをめぐる