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Surgeonに会う 

予想通りルカの「吐き」はあの夜だけのもので一杯眠った次の朝は
けろっとしていた。大好きなコーンフレークスをいっぱい食べて
元気に遊んでいた。

自分がこころに正直に誠意をもって行動していると
ものごとがとてもスムーズにいくものだ。

今日は日本出発前ぎりぎりとなり、自分のSurgeon(手術するドクター)に会った。
これはどういった手術をしたいかを話すためであり、私は日本行きの目的も話した。
あまり詳しいいきさつは言わずに「ヒーラーに会うので3週間行く」ということ、
そして念のため帰ってきてからはもう一度超音波の検査をしてほしいこと。
手術になるとしたら癌のある胸だけをとり、同時再建はしないこと。

あっというまのアポだった。
ドクターはとくに顔色を変えることなく、私の計画を承諾してくれた。
もう一度ウルトラサウンドをしてほしい、と言ったときは
「I don't think it's gonna change」とは言ったものの
帰ったら至急そうするように手配はしておくとメモしてくれた。

気持ちよくドクターと別れて

子供たちのパスポートを取りに行く。
これもすぐダウンタウンにパーキングを見つけられたし
待つこともなくすぐ受け取りができた。

空は晴れ渡り、やっと、ほんとにやっと夏を感じれるくらい暖かくなってきた。
毎日気持ちいい晴れが続いている。私のすっきりした気持ちを表すように・・・

今があのグレーな冬だったら、もっと気持ちが違うんだろうか。
季節というのは人の気持ちまで変えられることができるから

周りの人に「もうパックしたの?」と聞かれる。
でもあまり持っていくものがない。
子供たちの夏服はあまりになさすぎで、詰めてしまうと今着る服がない。
日本で買うことにする。

遠い昔一人でインドへ行ったときはデイパック一つで4週間行ったのだ。
何をパッキングするものがあるんだろう。初夏の日本は暑いだろうし
だいたい服事態をあまり所有していない。

これから自分の将来がどういう風になろうと受け止めれる自分がいる。
今一瞬一瞬を生きているとかなり実感している。
すっきりするということはシンプルになるということや。
シンプルに生きることはとても気持ちがいい。

乳がんと分かってから、自分としてはその両面性の(悪と善の)いい方を
歩き続けている。もちろん守られながら・・・

もうじき日本です。
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by mi-chanlucalu | 2009-05-29 06:17 | 乳がんをめぐる

整形外科に会う  ルカの調子

今日はやたらと忙しい日になった。
もちろん、全てを難なくこなしたけれど、
夕飯の時間になってルカがすごーくぐずり出した。

昼寝をしてないし、朝は早く起きてたし、午前中はプレスクールだったうえに
午後からも3時くらいまで公園で遊んだからなぁ~
と思っていたら、

泣き方が・・・母の勘。

すばやくパパにボールもってきて~
・・・・・・・・・・・
やはり、ルカ吐いたよ。

まあ、しゃあないわな。

考えてたんだよなぁ~
このまま、子供たちも私たちも元気で日本へいけるかなぁ~って

でもね、彼は明日はけろっとしてると思う。

んで、
今日なんで子供たちが公園で3時までいたかというと、
私が整形外科とのアポがあったので友達に子供を預けていた。
彼女がまたママ友を呼んでみんなで近くの公園へ行っていたらしい。

整形外科とは私の手術する予定になっているドクターがアレンジして
もし、手術するときに乳房再建するなら一緒にすることができるので
一度この整形外科に会ってから私が決めるっていうことだった。
いわゆる前に書いたたくさんの選択をこれで決めなきゃいけないってことや。

色々迷ったけど、だいたいこの選択自体が難しくて迷っていたので
とにかく会ってみる事にしたのだ。

過去の人たちの写真を見せてもらったり、手術がどうなるのか
っていうのはだいたい読み、聞き、ネット検索で知っていた。
ので驚くことはなかった。
プラスだったのは自分の癌細胞の今の時点で分かる種類が
聞けたことだ。

「浸潤がん」これは乳がんの80%の割合という一般的なものだ。
もちろん、このなかにもまだ種類があるんだけど、それは切らないと
分からない。ま、もっと恐ろしい種類だった、と言う可能性だって
あったのだから、(まあそうならきっとドクターもなんか言っただろうけど)
これはこれでよしとする。

んで、問題の乳房再建について
他のそうした人の話しを聞いたり、本も読んだし、ブログとかも読んだけど
やっぱり、もし 手術することになっても
すぐに再建はしないことにした。

切腹して肉とってまでしても左右同じのおっぱいになられへんのやし、
そうするために色々する価値がどうも考えられへんし
だからって両方とってしまうのもいややね。

乳がんって分かったころに「わたしの乳房再建」っていう本を偶然見つけて
読んだときとか、乳がんで片方全摘して再建した人2人の話しも聞いたときは
私もそうするんだろうな、とか思ったこともあったけど
そうしない人もいることや、自問自答してきながら
私はこうだ、って今日はっきり思えた。迷わないってことはなんて
気持ちがいいのだろうか。

すっきり。

夕方にルカがやっと吐きたいだけ全部吐けた後に
泣いてすごい顔なんやけど

「すっきりしたあぁぁ~」って言ったよ。
これって「もうでーへんからボウルをさげてくれー」って意味
なんやろうけどね。

お互いすっきりやね、ルカ。 眠れ~ 眠れぇ~ 
して明日にはもっとすっきりして元気になれぇ~
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by mi-chanlucalu | 2009-05-27 13:11 | 乳がんをめぐる

痛みとブラジャー

ここ1週間ほどノーブラで過ごしてみた。
なんとなく・・・

そしたらふっと手が空いたときにしこりを確認してしまう。

今日すごく久しぶりに一般的な女性がするようなワイヤーのはいった
フックが後ろについているブラをしてみた。
子供ができてから(と、妊娠中)あんまりこういうのをつけなくなった。
授乳中は超巨乳だったのに、今はものの見事にしぼんでしまった胸なんで
いつも楽なスポーツブラやった。

こういうちゃんとしたブラは疲れる、と思っていたし、ちょっと太ったので
避けていた。したら、まあちゃんと入ったし、一日中しこりを触らずにすんだ。
肩とかもあんまり疲れなかった。

ブラにもいいとこがあるやん。

しかし、ここ2,3日しこりがちくちくと痛い。
乳がんに痛みはないのが特徴らしいのだけど、他のブログとかを見ると
痛みがあるときもあるらしい。
自分の手をあててのヒーリングはできる限りやっているけど
たまに疲れて、あんまり考えたくなくなる。ただ、痛みなんかがでると
意識せずにいられないのでちょっと困る。

乳がんと診断されてからも、全く同じ生活を送っている。
食べれるものがちょっと減ったけど、別に苦労に思わない。
全く考えないときもあるくらいだ。
一応、患者なんだよね。あたしって。

もちろん自分のなかの意識は変わったし、これからも変わっていくと思う。
他のがんになった人と同じように前と全く同じには戻れないと思う。
それは暗い悪い意味でなくてなんだけどね。
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by mi-chanlucalu | 2009-05-25 13:32 | 乳がんをめぐる

すべてはうまくいっている

ここ2,3日ネットのニュースで豚インフルのことをチェックしていた。

なんと、日本の23日のニュースでは私が一番恐れていた機内検疫が終了された~!!!

これだけが一番気がかりだったのでめちゃうれしい。
長いフライトの後で着いてすぐに飛行機から降りれないなんて
最悪やん。

子供のパスポートは今週の金曜にできるし、PR Cardの代わりの
トラヴェル ドキュメントの書類もばっちり揃って後は日本で大使館へ出しに
行くか郵送するのみ。

後約1週間となった日本への旅。これを決めてからものごとが
かなりうまくすすんでいるので自分の守護霊さま(ガーディアン エンジェル)の
導きを感じずにはいられない。

ありがとう。
これからもよろしくお願いします。
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by mi-chanlucalu | 2009-05-24 13:00 | 乳がんをめぐる

3人のヒーラー

18日月曜日

親友の子供の5歳の誕生日だった。

合計子供が5人で大騒ぎだった。

ランチのポットラックパーティ、こどもたちは食べることよりも遊ぶことの方が
いいみたい。結局大人ばかりでもぐもぐ・・・。

さて、パーティも中盤過ぎにある友達の一人が私にクォンタムタッチという
手でのヒーリングをやってくれると言う。そして彼女を訪ねてきている友達も
できるとのこと。二人の女性が私のからだを癒してくれるなんてラッキーな
私。

ある程度してから最近赤ちゃんを産んだばかりの親友も参加。彼女も
霊気を習っている。

3人の女性が私にエネルギーをおくってくれている!!

これはほんと、ありがたかったよ。

乳がんになりありがたいを思うことが多すぎる? いえいえ、ありがたさに
リミットはないで。もう人生の一瞬一瞬がありがたい。
最近こころが満ちている。気持ちをうまく表現できないのだけど
私の決心をくつがえしたり、非難するような人もなく、守られていると
感じられる。本と、ありがたいよ。

どうなるかと心配していた成田行きも、会ったこともない双子ママ友が
空港から2時間くらいのところにいて私たち家族を泊めてくれると言う。
ありがたい。

色んな縁をこれだけ深く感じて行動しているのは多分人生で初めてだと思う。

ありがとう!!!
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by mi-chanlucalu | 2009-05-18 14:59 | 乳がんをめぐる

Bright Angel Park

17日日曜日
ほんとうはヨガのTeacher Trainingの合同練習みたいのがあるだった。

でも天気はとても良いし、それに行かずにここから約1時間くらいドライブした
ところにあるパパさえも行ったことのないParkへ行ってみることにした。

久々の家族でののんびりしたお出かけで子供たちは大騒ぎ。
子供の喜ぶ姿が一番いい。

さてこのBright AngeL Park のネーミングは1958年にアイリッシュ系の
カップルが持っていた土地を州に寄付し、彼はガーディアン エンジェルを
信じている(殆どのアイルランド人のように)ので、自分が大変だったときに
救ってくれたガーディアン エンジェルから名をとり、そう呼んでいるらしい。

これって 「癒し」の場所や~!!

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古い小さなつり橋があり、

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川にはサーモンの赤ちゃんが!!これには子供たちは本当におお喜び!

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季節のせいもあって森は緑で
近くにある公園はめちゃ古そうな大きなシーソーがあり、
歩きにいかなかったけど散歩道もいい感じだった。

川のそばで、さっさと作ってきたおにぎりと残り物のれんこんのきんぴらを
食べながら、つり橋に行く人を見上げたり、サーモンの赤ちゃんを見たり
すごーくシンプルだけど、癒される時を過ごせたよ。

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日本行きを決めてから、色んなことが、勿論私が選んでいるのではあるけど
導かれてそうなっているように思えてならない。

私は今回、正しい選択をしてその方向へ歩いている。迷いも怖さもない。

乳がんになったこをを通して、何かが自分の中で変わろうとしている。
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by mi-chanlucalu | 2009-05-17 07:02 | 乳がんをめぐる

昨日があまりにもハードスケジュールだったので
今日はこどもたちとデイケアしてる男の子と楽しもうと
お弁当作って湖へ。かいも泳いで走って昨日行けなかった
分楽しんだと思う。

でも、ま、いつもそうなんやけど
3歳児3人はしごとや。
まだいろいろできへんことが多すぎる。

でもおもいっきり遊んで家に帰り、本読んですぐ昼ね。
このあいだにヨガの免疫を高めるシリーズとPranayamaができた。
やることはあるのだけど、とにかく一息いれたかった。

さて、夢をみた。
癌といわれているしこりが消えている夢。
家にいていつものように料理をしようと鍋をとるために
しゃがむとき、ふっと右胸を触ると、何もない!!

これよ! これ!
私の意識は高まってきたよ。

日本行くまでに消えるんちゃうん、なんてちょっと考えたりもしてまうけど・・・。

でもね、いい感じです。
日本行きを決めてからは、「癌がもうリンパにまわってんちゃう」みたいな
Fearはなくなった。もしそうでも、消えるのだから、って思えるからね。

Essiacはごぼうを飲んでいるような感じだけど、これに癌をやっつけるハーブが
入ってるんだと思うとおいしくさえ思えるよ。一日2回なのだけど、飲むのが楽しみ。
飲めば飲むほどがん細胞が消えるように思える。

癌との闘いではない、って前にも書いたけど、
実は自分自身のFearとの闘いだと思う。

明日からはパパさんの3連休だし、ちょっとのんびりしたいな。
ま、3歳半の双子がいる親にその文字はないか。

このブログを読んだ人たちへ

私の決心に曇った顔をしないでください。
私にエネルギーを送ってください。
祈りはエネルギーとなって届きます。
そしてそれは必ず私を強くします。
私が治ると信じてください。
本当に強く強く信じてください。
そして私が治り、またあなたたちに会えることを
想像してください。きっとそれは現実になるから・・・。

コメント、電話、メール ほんとうにありがとう
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by mi-chanlucalu | 2009-05-16 14:59 | 乳がんをめぐる

これからのこと

5月11日にはっきり乳がんと言われた。
それには驚かなかったけど、がんのある右だけでなく何もない左も切るというオプション
もある、と言われた。これまでに調べたり、人の話しを聞いたりしていたので癌のある方を
切る、そして同時再建を考えてはいたのだけど、再発の可能性をゼロにするために・・
・私もまだ若いし・・・と、いうのが両方切ることを勧める理由らしい。
このことにはショックだった。すぐに返答ができない。そしてこの手術をするドクターに言わ
せると、とにかく再建をする整形外科のドクターに会ってから決めろ、とのこと。で、話しは
終わる。

選択がある。このことにはよく考えた。
先進国の現代社会のいいところであり、悪いところである。

1右だけとり、おっぱいの再建しない。
2右だけ取り、再建する。
3両方とり、再建しない。
4両方とり、再建する。

雰囲気的にこのドクターはバランスから言っても再発ゼロから言っても選択4がいいような
感じが受け取れた。もちろん私次第とのこと。

ここからが私の試行錯誤、迷宮の選択、の世界に入るときであり、
かつ、時間をかけて考えてはいられない、という
「どーすりゃええんや~!!」の夜になった。

あまりうまく眠れない夜が明け、
もんもんした一日が過ぎ、その夕方
長いあいだ知っている鍼灸師がこの件について電話をくれる。

なんと彼女はもう一つのオプションをくれるのだ。

5日本へ行き、彼女の先生とよんでいるヒーラーに会ってみる。

電話口では「はあ? そんなん、お金かかるし、無理って~」

彼女の患者さんのお母さん2組くらいが一人は肺がん、ひとりは子宮、卵巣、リンパで
そのヒーラーの先生に会いに行っているという。肺がんの人は6回くらい通っていて
癌が消えてきてるらしい。

とにかく考えてみて、と言って電話は終わる。

それから決心するまでそんなに時間はかからなかった。

まず、子供たちが寝てからだんなにそのことを話す。

彼は無表情。まあ当然やね。

私たちの話は深まり、とにかくもっと詳しいことを聞いてから、そしてその先生に
電話してから決めることにした。ただ、私の気持ちはもう決まっていた。

次の日、つまり水曜日。12日
鍼師に電話をして詳しいことを聞く。
時差をみて日本の先生へ電話。

私がカナダから電話していることと乳がんで予約を取りたいと告げる。
全く驚きもなく、申し訳なさそうに、ただすぐには取れないね~ と言われて彼の弟子のような
人と変わり、予約を入れる。

それからことはとんとん拍子だった。

そのあいだもこの癌は消えるんだ、癌は自分の細胞がなんらかの理由で変わったんだ。
自分の鍼灸師を信じているので彼を信じられる。きっとよい方向へ物事は動くだろう。
と考え続けた。

しごとから帰ってきただんなも家族で行くことが当然な気がする、となり
みんなで行くことになった。私もお金がかかろうとみんなで行くことが自然に
思っていたので、うれしかった。

ただ、やらなければいけないことは山ほどあった。
気づいたのは自分のPR Cardが期限切れたままで、これがなければカナダに
帰れない。(だいたいこんなん決めたの誰やねん!!)
Webを調べる。次の日電話してみることにする。

子供のパスポート。これももうすぐ切れる。
念のため作っておこう。これもぎりぎりだ。

子供たちが寝てから書類を取りに行き、フォームを埋めていく。

そしてチケットの手配。
これも次の日の朝にしなければ・・・。

そして今日木曜の朝一から電話、電話だった。
まず、移民局へ電話してどうやったらいいのか訪ねる。
PR Cardがなくてもカナダ出国はできるけど、帰る前に日本で
ヴィザ オフィスへ行って書類を作成しなくてはならない、とのこと。
実はこれが写真もいるし費用もいるし、書類もPR Cardとほぼ同じで
やられたあ~自業自得である。

チケットはなんと、セールをしていてめちゃめちゃ安くで買えた。
今回はとりあえず成田へ行く。

これも今日中に払わなければならなくて結構大変だった。

子供たちのパスポートに友達のサインもいるのでチケットの手配が済んで
から会いに行く。彼女とは久しぶりだったし、写真を撮るときもついてきてくれて
ありがたかった。パスポートオフィスへ行ったときに申請にいる誕生証明を忘れて
退散。また、とんぼ返りするはめに・・・。

はあ~

本当は今日朝から遊びに来るはずだった私の友達と彼女の息子に家に来るように
電話をいれる。そして子供たちを見ててもらい、またパスポート申請へ。

実際やっといろんなことが済んだのは3時だったので8時くらいから殆どノンストップで
手配をしていたようなもんであった。

でも、できた。

信じることだ。

今でも忘れないインドへ行って聞いたことば。
 Everything is possible in India。

ただ、これはインドだけの話しではないのである。

信じることはものごとを可能にする。
そしてそう念ずることはもっと可能にする。
自分の念を100%にする。信じる。

癌がなぜできたのかはわからない。でもそれをどうするかはとにかく自分の直感でいく。

日本へ行く他に自分に何ができるか。
もしここにいて手術を選んでも2,3週間かもっとの待ちだったのだ。
何もせずに待っているなんて私らしくない。

調べているうちに乳製品が乳がんにはよくないことについてのある人のブログを読んだ。
彼は「乳がんと牛乳」という「Your life in your hands」By Jane Plantという本を訳した人で
これを読んでいるうちに、乳製品が怖くなった。

まだ本は読んでないけどJane Plantは乳がんにかかり4回再発してからも
何故そうなったのかを研究し続けて乳製品を止めた。ら、癌が消えてそれから15年
再発していないそう。

肉は今年から食べていなかったのだけど、乳製品も全く止めた。
子供たちにも飲んだり食べたりして欲しくないのだけど
みらはあんまり豆乳が好きじゃないみたい。でも、きっぱり止める予定。

Essiacというハーブがまざったのを飲む。
これは1920年くらいにカナダの看護婦が癌対策として作ったもの。

さっき煮込んで作っていると見掛けは魔女のつくるどろどろした液体にそっくり。
一晩おかなければならないので、明日から始める。

今日はあんまりにも忙しくて
かいの散歩へいけなかった。
かい、ごめんね。

明日は楽しもう。
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by mi-chanlucalu | 2009-05-14 13:00 | 乳がんをめぐる

乳がん

4月21日の検査からもう2週間以上たった。
5月11日まではっきりしたことはわからぬまま過ぎることになることは、分かった。

1年ちょっと前に胸にあったしこりが変化したらしい。
超音波から多分乳がんだろうということで、細胞の検査をした。
その結果がまだ聞かされていないのである。

この間、ビクトリアに住んでる日本人二人が乳がんで手術をしたという情報をもらい
彼女らに電話して話しを聞けた。この二人の話にはかなり勇気付けられた。そして
そのうちの一人の人が受けた手術師へ変更した。クリニックに電話して
変えてもらうようお願いした。その人とのアポが11日の月曜である。
そして彼からどういう癌なのか、どういう手術をするのかを聞くのだと思う。
Googleでできる限りの乳がんについて学ぶようにした。
思いつける人に話してみた。

もちろん、乳がんが「死」にすぐに結びつくわけではないが
ほんとうにいろんなことを考えた。

検査からあんまりにも日がたつので
「もしかしたら癌じゃないのでは?」と思うときもあった。

月曜までもう一度週末を越さなければならない。
やっと本当のことが分かるんだと思うと、それまでが長く感じる。

乳がんだろうと知ったときから自分のなかの意識が変わった。
自分で調べたり人の話しを聞いてるうちに気持ちが落ち着いたり不安になったりする。

そして、何よりも今は考えられずにはいられない。

でもよく言われるような「闘う」という気持ちは沸き起こらない。
がん細胞は自分が無意識に作り出したものだから「闘う」ことは自分との闘いになって
しまう。ものごとには両面があり癌イコール悪でなく、悪と良はコインの両面だから
癌イコール良でもあるのではないだろうか?

もし仮に癌でなかったとしてもこの3週間はきっと私にとって勉強期間であり、
生きることをさらに深く考えたことになるので無駄ではないし、
癌であり、これから手術や色々のことを乗り越えていくことにおいて
家族や友人との絆も深まるし、自分の意識もさらに変わるだろうと思う。

事実 「死」に近づくことで「生きる」ことを考える。生も死もコインの両面なのだ。
死がなければ生はないのだから。

生きるものなら誰でも死に向かって歩いている。
それをどう意識して生きているかは個人で違うだろう。
死が悪だと思う人たちは癌は、全く悪だろう。

・・・・・なんて、落ち着いて書いてるけど、乳がんだろうとBiopsyをされた日は
やはり「死」がかなり目の前にあり、まだ3歳半の子供のことを一番に考えたよ。
え~ まだ死ねへんって~ 後最低10年か、もっと~~~生かせて~

このころヨガストラの「生命欲」を読んで 人の生命欲はとても強くて、修行された
賢者でも生きたいという意識を捨てることは難しい、云々とあって、なあ~んや。したら
私みたいに子供なんておったらなおさらや~んって、ちょっとほっとした。

ヨガの練習も静かなものが多い。免疫力を高めるポーズを中心に呼吸法も以前より入れ
るようにしている。腰が痛くて長くホールドできないポーズもあるからっていうのもあるけど
自分のなかに静かに入る時間はこれからも必ず必要になると思うので。そういうことが
いつでもできるようにしとかねば。


生きることが好きです
地球がとても美しいと思うし
子供の笑顔は宝物です
今ここにこうして生きている
生かされていることに感謝するし
これからの自分になにがあろうと
精一杯楽しく生きたい
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by mi-chanlucalu | 2009-05-07 14:38 | 乳がんをめぐる