カテゴリ:生きること( 36 )

4月は長い!!

断食の後の週末の土日に立て続けに起こった出来事を記事にできないままでいる。

ボディートークの2回目のセッションとシャーマンであるダンとの出会い。クリスタルヒーリングとの出会い。石たちとの出会い。

ものすごいことが起こったのだけど、そして私がなぜ癌になったかが私なりに分かったのだけどうまく記事にできないと思う。ことばで表すにはあまりにもパワフルすぎる体験だったから。

これは断食をした私の精神状態とのコンビネーションとも重なり合ったのであそこまでいきついたのだろうか。

でも、すべてはいい方へ向かっていると思える。

それはもし私が癌で死んでも、すべては完璧なのだと思う。


しかし、4月は長い。

まだ4月なのだ。

もう早く終わって欲しい。


1月から3月はオイル治療に専念していたので眠っている時間が多くあっというまに終わったようだ。
亡くなった母がよく、「一月は行く、二月は逃げる三月は去る」と言ってこの3ヶ月はすぐすぎるんだよと
よく言っていた。全くその通り。

私の4月は睡眠は短いし、ものすごく体力が落ちて痩せてしまい、お風呂屋で見るおばあさんみたいな身体になってしまったし、食欲はわかずに今だ翻弄しているので一日が長い。

おまけに肺、呼吸が苦しく家の階段を登るだけで息切れがする。動悸も続いている。こう書くとかなり調子が悪そうなんだけど、実は「気」は落ちていない。断食する前のような「日本に帰って死のうかぁ」みたいな弱気はなくなっている。

だからどんなに身体がしんどっくってはあはあと息がきれてから咳がでて肺が心配でも気にしない。
4月は身体が苦しいので長く感じたのかもしれない。

今のところ日本で住もうとは考えられなくなった。
兄や兄嫁と電話で話していて彼らの忙しさぶり、おいやめいの忙しさを伺っていたら、やっぱり私には無理だ。精神的に苦しくなるだろう。自分のやりたいこともやれずに日本を出る前のように色んな人に『出る釘打たれる』存在に舞い戻るような気がしてしまう。


だいたいこっちでも私はマイノリティーなのだ。でもここにいたらそれでも受け入れてくれる。日本に戻り、善良市民で、洗脳されてしまっている身動きの出来なくなった人たちのなかで、こっちでもたくさんいる考え方が変われなくなった人たちがどう私を受け入れてくれるのだろう?

死ぬのはどこでもいいのだ。戦争で死んだ人たちは遺体さえ見つからなかった人が山ほどいるのだ。

自分を愛し、自由でいよう。あるがままに生きよう。 


そのときがくるまで。
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by mi-chanlucalu | 2013-04-28 01:09 | 生きること

断食の効果 治癒は起こる

回復食3日目。身体のだるさは昨日より楽にはなっているけど、少し動いただけで息切れがする。
それでもせっかくの週末だし、子どもと一緒にチーズスコーンを作った。はあはあ言いながらだけど
子どもたちもがんばってくれて彼らの遅めの朝ごはんを食べているときにみらが「ままはたべないの?」と聞く。もちろんめっちゃ食べたい。もう6日間もお粥しか食べていないんだ。でもこの執着心から逃れることが大事なんだ。頭のなかに浮かぶ食べたいものを次々消していく。

子どもたちがまだ食べているときに夫のしごとばの人たちがどやーっと来てくれて庭を見事にきれいにしてくれた。

彼らが働く姿を見ていると号泣した。感謝があふれるのだ。それに彼ら一人ひとりのなかにパトリックがいる。彼らはパトリックが愛したしごとなかまだ。彼ら一人ひとりにハグをして感謝の気持ちを伝えた。

断食を始めた月曜から泣いてばかりいる。そのうえ急に怒りがでたりする。

断食はこころに溜まっていたものまで出してくれているようだ。

今、こうして書きながらも涙が止まらない。

私は生かされて守られている。生きるんだと思える。「気」がしっかりしていることが分かる。

身体はくたびれているかもしれない。多少。でも「気」さえあれば身体はもどることができる。

断食前の私は毎日続く下痢と肝臓の腫れからそして多分自分の奥深くに溜まっていた悲しみからどんどん「気」が弱っていっていた。断食することによって肉体的苦痛と精神的な苦痛から少しリリースされたようだ。
そしてそれは続行中でもあるみたいだ。

一昨日は友人がクリスタルヒーリングに来てくれたし、サプライズで違う友人がマッサージをしに来てくれた。
これってすごい。癒しのシャワー!!

こんなに癒されて守られて私の癌はもうどんどん無くなっていってると感じるし、これからもそれを信じられる。私の心と身体は治癒に向かっている。確実に。

昨日と今日、浣腸の後に宿便が出た。初めて見る宿便は黒くて腸にこびり付いていたようなかたちをしていた。いえ~い!!うれしい。本当に宿便は出るんだ!!

まるで浄化のパッケージ週といわんばかりに、今日はボディートークへ行ってまたリリースしてもらう。
そして明日はクリスタル石の会のようなものに行ってまたヒーリングパワーのある石たちと会いに行く。
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by mi-chanlucalu | 2013-04-13 05:31 | 生きること

断食を終えて2日目

今朝はかなりつからった。からだがしんどくて起き上がりたくなく7時半くらいまでずるずると子どもとベッドでごろごろ。今日は先生がランチにホットドッグとジュースというサービスがあるのでランチは作らなくてもいいというのがわかってはいるものの横でルカが「まま、まま、お腹すいた」とはやし立てるのでなんとか階下に下りて苦し紛れにご飯と味噌汁を温める。

彼らのうれしそうに食べる顔を見るためにとにかく自分がどんなに匂いたくなくとも、食べたくないものでも作るのがかなりつらい。でもこれだけしんどくて苦しくて立っていられないくらいしんどいんだけど、それだけはやろうとして身体は動く。

洗濯とか洗い物を全てほったらかしていたので今日いつもヘルプに来てくれる友達のしごとは多かったと思う。本当にありがたい。

昨日も「あること」があって大泣きし、今朝も大泣きしながら歌を歌いかなりまた浄化されたと思う。来てくれた友人と話したりしていると気がまぎれて、また元気になれる。

友人の一人に頼んでいた梅干があれば玄米粥がなんとか食べれた。昨日は梅干を切らしていたのでなんか全然食べれなかったのだ。それでもう少し元気になる。そのうえ彼女が持ってきてたグレープフルーツを少しもらってジュースだけ吸うとその新鮮な味に癒されたのでまたエナジーアップ。本とは生は食べるのはよくないけど、ちょっとだけだからよしとしよう。

浣腸をしたら少しだけ便がでた。そしてなんか朝に比べたら全然違うまでになった。人間ってすごい。

昨日はうまく回復食が食べられなくてかなり弱っていたので(梅干がないだけでおかゆがうまくのどをとおらない)みらとルカにかなり働いてもらった。薪をみらが家に運んでくれたり、今朝は二人にリサイクルを表に出してもらった。母が弱いと子どもは自然と強くなるものだ。

今日来てくれた友人のひとりは看護師なので聴診器をもってきてくれて、肺の音を聞いてくれた。彼女いわく思ったほどひどくない。ちゃんと空気も入っているしにごり音もそんなにないらしい。こういうの聞くとうれしい。

あああ、私は守られているんだなぁと思う。

断食は定期的にやろうと思う。かなりいい治療になった。肝臓や上腹の突っ張った感じが今はない。食欲もある。これがちょっと困る。子どもたちが食べているものが食べたくなる。今日のおやつはラーメン。でもだいじょうぶ。なんとかやり過ごせた。

やっと金曜日。子どもも私も学校から開放される。ゆっくりしよう。
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by mi-chanlucalu | 2013-04-12 07:32 | 生きること

断食3日目

ドリカムの「決戦は金曜日」を聞きながらの正午。外は晴れ。

かなりしんどい断食3日目の朝。昨夜3時くらいまで眠りがやってこなかったのでだろうと思う。
6時過ぎ起床。BioKを二口飲むと少しおいてから吐く。朝一のBioKはお腹が嫌がったようだ。

お茶と塩を含んでかろうじて子どものランチを作り、朝食のオートミールを作った。実際それを始めたのが8時15分くらいなのでもう絶対学校に間に合わないのは分かっていた。でもそれを気にするのはみらだけなので
(学校やすもうよぉ~と言ったのに行きたいと言い張ったやつ、しかしあんまり母親から学校休もうなんてことばはでないよなぁ~るかはのったのに・・・・)

この料理をするのがかなり苦痛。立っているのがかなりしんどい。でもこれは治療。消化器系を休ませるため。今まで酷使された肝臓をいたわるため。抗がん剤や放射線の副作用に比べたら毒は身体に入ってない分やっていける。

暴風雨だったので超近い距離でも車で行く。昔はカナダも学校へ行く子どもの送り迎えはなかったらしい。色々メディアがちょっとした事件で騒ぐからと少子化でどんどん過保護になっているんだと思う。ま、ぶつぶつ言っても仕方ない。とりあえずちょっと遅れただけくらいだったのでよかった。

みらに「ままのせいでおくれたって先生に言っておき」と言った。実際みらは絶対間に合う時間に用意ができているのに私かルカのせいで遅刻する。彼女は遅刻するのも好きじゃない。うう。

一日だけ断食をしようと思ったのだけど昨日1時に鍼灸に行って治療を受けてもめまいとかがなかったので
そのまま食べずに昨日過ごした。銀行のアポとか運転もとくに問題なくこなせた。脳はシャープだ。血はちゃんと必要なところは行っている。消化のために力を費やしてない。舌は?尿は?だいじょうぶ。まだ健康。

午前中はとにかく休む。本を読みながらBio Matでクリスタル温熱治療。暖めると絶対気持ちいい。びわ温灸の効果もなかなかのものだと思っている。午後はびわ温灸をしよう。

雨も止んでお日様が見える。なんとかやっていける。断食を始めたおかげで過去1週間くらいの暗い気持ちからちょっと遠ざかることができた。

矢山先生の気の本を読み終える。彼の知識はすごい。やはり私は気をもっと勉強してこころの治療を重視したい。

妹に「なんで病院に行かないか」の聞かれた。考えなかったわけじゃない。でも彼らのオファーできることは私は分かっている。だから先にある程度自分でやれることをやりたい。効果が全くなく悪化しているなら行くかもしれない。

肝臓に腫瘍があるのは検査で分かっている。下痢は多分肝臓が春だからそのためにがんがん働いているのと癌のためだとは思う。私は今末期の医者に見離された患者になって治療をしている。だから肝臓だけを見ないでからだ全体を見る。こころを見る。医者との時間はそういうもののさまたげになるのだ。

私の心は断食によりかなり平和になっている。今そんなアロパシー医学を頼ろうとするときっとまた波だつだろうと思う。


ぶつぶつ

みんなからのメッセージありがとう!私はだいじょうぶだよ!!


合掌
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by mi-chanlucalu | 2013-04-10 04:07 | 生きること

ぼくたちは死に向かって生きているんだよ

と書くとなんか否定的に聞こえるかもしれない。
でも
私たちの死亡する確率は100%なんだよ。

私の友人の兄が人間の歳で30代で亡くなった。

彼は癌だった。彼とはことばを交わしたこともなかったけどある程度の状況は友人から聞いて
知っていた。だから目をむくほどの驚きではなかった。

でも、癌で誰かが死ぬことを聞くのは正直言ってつらい。

彼のためにそして彼の妹のための涙は私のための涙なのだ。

歌を歌いながら泣いた。


彼はもう痛みから解放され、治療をどうしようかとか、小さい子どものことを案じたりしなくてもよくなった。きっと今はどこかとてもきれいなところで楽になっているんだと思う。



人の死は周りの人に色んなことを教えてくれる。それだけのために人は死んでいくのではないけれど、それだけでも意味のあることなのだ。あるときには。それだけでも他の人の人生を変えてしまえるパワーがあるのだ。死に行く人はそういうことを知っておくべきだ。

あなたの存在や人生そのものは意味あるもので、無駄は全くないんだと。そしてそれは死にいたり死後でさえ誰かに影響を与え続けることができるということを。


死は終わりではない。


ダライラマ14世のことばのように、私たちは身体という衣服を脱ぎ捨てて次の段階へすすむために一旦、この私たちが「現実」と信じている世界から去るのだ。

でも死を美化するべきではない。つまり死に急ぐことはない。

でも死を悪や否定的なものと化さないように子どもたちに教えていきたい。



死は自然の一部なのだ。



私たちすべての人類に死が訪れることを受け入れ、諦めないで一日一日を大切に生きよう。


あなたは毎日無数の選択をしながら生きている。

あなたに病気がなくても、あなたが今そうやって生きているだけが奇跡なんだよ!!



今土曜の朝日が私を優しく包んでくれている。この瞬間にものすごい幸せを私は感じる。朝日を毎日浴びることは2月のビクトリアでは無理なのでうれしい。

私は無類の太陽好きなのだ。


太陽さん、今日もでてくれてありがとう!
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by mi-chanlucalu | 2013-02-16 02:55 | 生きること

一周忌

2月7日で1年。

なんとか生き延びた。

現実離れしているような、なんともいえない1年がすぎた。

朝はコーヒーとフレンチトーストを奉った。

写真の彼はいつも微笑んでる。

生きていたころの彼も笑顔を絶やさない人だった。


夕方に数人の友達と集まり、適当な手作りピザとモダン焼き。オーガニックの赤ワイン。
彼の好きなもの。でも気を使わない簡単な集まり。おしゃべりと食事であっというまに時間がすぎる。

この1年もあっというまだったかもしれない。


子どもがまだ小さくて、自分が癌をしょっていることである意味において、彼の不在を考えなくてもなんとかやっていけたのだろうか。


でも、この日彼のことを考え出すときりがないと思った。

思い出を思い出さなくてもいいんだって、あのときのショックの感情をまた自分のなかに再現しないほうがいいんだって、だからやっていけるんだって。

また1日1日とやっていこう。
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by mi-chanlucalu | 2013-02-10 03:04 | 生きること

人はなぜ治るのか

日本から戻って一ヶ月。

しんどい時間が少し減ったような気がする。

子どもたちは今週スイムキャンプという9時から4時まででそのなかに1時間のスイムレッスンのほかゲームしたり、おまけに午後もプールの日もあったりと、どうやらこのキャンプは大好きみたいだ。ただ私には朝からスナックやランチの用意とか水着、タオルまで全てを用意して車で送っていかないといけないというかなり過酷なスタートだった。普通の人なら慣れている作業がこれほどしんどいものかと思うくらい最初の2日は送った後にもうどろどろに疲れて帰りの車で寝そうになった。特に一日目はサプリメントを買いにヘルスストアーに寄ったりしたので
その後昼間で寝込んだ。

しんどくなると、なんでしんどくなるんだろうと嫌気がさす。こっちに戻ったときは、まあ疲れとかすごい痛みのためだろうとか考えていたけど、かれこれもう1ヶ月なのに精力も活力も今までとは比べにならない。ちょっと気分がよくても痛みはいつもあるからなんかどうしてもやる気がなくなる。

今日はキャンプ最後の日で3日目くらいから朝もちょっと調子よくなってきたとはいえもう絶対送った後どこにも寄らずに家に直行してとりあえずゆっくりすることにしている。

観察、観察。からだを観察する。
からだの声をきく。
今何ができるのか。
これは無理ではないか。
痛いところの痛みの度合いや気分の感じを常に感じる。
何気なく過ごさない。
音楽をかけてみる。
それでどう気分が変わるか。
歌う。踊る。気分がよくなるかどうか。
お茶を飲む。
しんどかったのが少し楽なるときと変わらないときがある。
横になる必要があればとにかくなる。
すっと眠ってしまえばきっとからだがそれを求めている。
感じる。からだを感じる。
何がおいしいか。
何かをおいしくないと思うか。
無理はしない。
痩せても食べたくなければ食べない。
食べるだけでも体力を使うのだ。

観察。観察。観察。

私の治療における大事なことだ。

アンドリュー ワイルの 



『人はなぜ治るのか』 を最近読み終えて、かなりしんどかったときもこの本の
おかげでいろんな意味で自信が持てたし、なんせ学ぶところが大きかった。
いろんな本を読んでいると、その人の偏った知識や意見をあまりにも誇張するものが
覆いのだけど(だいたい本ってそういう風にしなきゃ売れないんだろうけど《これで癌は治る!とかね》彼の本は彼の体験や事実に基づいて、憶測的なことはあまり書いてなく、批判も少ない。
人はどうして治るのかという日本のタイトルはかなり的を得ているとも思うので訳もかなり充実していた。

人は治るのだ。かなり自然に。からだは治す力を備わっている。それは万人に。
でもなぜ人は治療家を必要とするのか? 
治癒はどうして起こるのか?
応えはそれぞれの人によって違うだろう。たとえこの本を読んでも一人ひとりどう思うか、どう感じ行動を起すかも異なると思う。

こんなドクターがいてうれしいし、これから時代は変わっていくと思う。
ひとりひとりの意識が変われば世界は変わるし宇宙だって変わるんだ。
それは真実なんだよ。
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by mi-chanlucalu | 2012-08-17 03:35 | 生きること

とんでもなかった6ヶ月命日

昨日で6ヶ月

いろんなことが変わった。

壊れてしまったものは治らない。同じようには。 絶対に。

るかをクラフトキャンプに入れたのは、ただ彼が作ることが好きだから。
でもその初日がこういう形で始まるとは・・・。

私を助けるために来てくれた友人とその息子とみらが犬の散歩へ近くの公園に行っているときに、12時で終わるルカを向かえに行った。ルカはみらが何をしているのか気になって、自分も公園へ行って遊びたいと言い出した。
私は花を買いたかったし、からだが痛かったので公園のすぐそばの道路でるかを降ろして、ルカに彼らがまだいるかを確認させてから花屋へ行った。

このときに一抹の不安があったのに、まあもしルカが間違えて彼らでなくとも家になんとか戻ってこれる距離だしルカもよく知っているから大丈夫だろう、でも・・・・と言う思いだった。

家に花と戻るともうみんな帰っていたので時間的に、ルカは一緒じゃないとすぐ分かった。

私の勘は的中した。それからが苦しかった。痛み止めくらい飲んでおくべきだった。
走れない。
早くさえ歩けない。
痛すぎた。
見つからない。
公園にいた人たちも見ていないという。
20分から30分のあいだのことだ。

少し探したけどとにかく歩いて探せない。遅すぎるので車にまた飛び込みすぐ隣の公園へ。
サマーキャンプをしているこどもたちのなかに彼がいた。そのサマーキャンプは去年彼らが5日間参加したことのあったやつでそこにいたリーダーが彼を知っていた。ルカがみらたちじゃあなかったので私もいなくて泣きながら家に戻ろうとしていたら偶然ネームタグをしていたるかを見つけた人がそこへ連れて行ったのだそう。

ルカを見つけたとき
泣いた。
彼は私を見たら泣いたので
私はもっと泣いた。

ごめん、ごめん、ごめん、今でも涙がでてくるよ。
もしきみを無くしたり、何かあったら私はもう機能できるだろうか?
自分をもっと痛い目に合わせてやりたかった。
でも、
それをするにはあまりにも疲れすぎていた。

るかがいてくれて、そして彼が私を許してくれてよかった。

ありがとう・・・

るかのことをいやというほど知っていながらるかの『いたよ~。まま』ということばを信じて自分の目で確認しなかったのは私の責任。

痛いとか疲れているとか花が買いたかったなんて全く何の理由にもならない。

そしてその瞬間の勘を拾わなかった私。

これは教訓であり、これからの生活においてのWarningなんだ。

だから、ありがとうなんだ。


車のちょっとした事故で済んでよかったと思うように、これからは私は、あの注意深い、心配性のセンシティブで優しい人の空間を埋めなくてはならない。

もう『楽天家』ではいられない。


この日はもう放心状態になりそうだったけど、そのときいた友人の励ましと、その日の午後に来た医療大麻のGrowerとの素敵な出会いでかなりなぐさめられた。

その人はもし日本人とかが見たらHollywoodとかの映画にでてきそうな黒人のものすごくスタイルのいい底抜けに明るい女性だった。健康お宅はまったくもって私以上で考え方とか、生き方がすごく似ていた。
この人にだったらお金を稼いでもらってもいいと思える人だった。
大麻をどうやって摂取していくかの方法とか私が所持できるように取るためのライセンスのことを手伝ってくれて、頼めば彼女や仲間が色々作ってくれる。オイルを錠剤にしたものとか食べれるように精製したものとか。
私が砂糖を使わないことを話してから私たちのダイエット(食べ方)についての話しは盛り上がった。

その彼女が帰った後、
私たち3人でキャンドルをともし、お線香を一本ずつたて、般若心経を唱え、私たちを守ってくれている彼を思った。それくらいしかできなかった。彼が好んで飲んでいたウィスキーを供えただけの、本当に本当にシンプルなセレモニー。

3人でパパがいろんなところにいることを確認しあった。

夜にはパパの好きだったボブ マーリぃーをかけ太鼓をたたいたり歌って踊った。
いろんな小さなことはどうでもよかった。ただ生きていてここに一緒にいられることが大切なんだ。



でも、こころもからだも9時半にはくたくただった。






6ヶ月の命日はこんな風に終わった。
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by mi-chanlucalu | 2012-08-08 11:43 | 生きること

ありがとう!私は生かされています!

カナダに戻ってきてから
今日やっと何かをやろうという気持ちがでた。
そして友人がカイの散歩をしてくれるのに甘えて、以前からの約束していた子どもたちを博物館へ連れて行くということができた。博物館の後はビクトリアではとっても人気のベジタリアンレストランでランチをして、本当に本当に始めてリラックスした気分になれた。

あの痛みがやってきたのは1週間以上前の土曜くらいだったと思う。胸椎に癌が転移しているのは確認されていたし、実際ハワイでも長野で温水プールに入ったときでも痛みは感じることは時々あり、胸が痛いということに対しては嫌な感じはあった。だからそれからの1週間は私の気持ちもからだも完全に打ちのめすのには十分なくらいの痛さが胸の真ん中の骨から伝わったのである。何をしていてもしなくても激痛だった。その痛みに耐えるためにもちろん、他のところに力が入り痛くなる。

ここの痛さはもう骨盤とか首とか他の痛さを感じられない(実際は感じていたけど)くらいの特別な痛さだった。胸に刀が突き刺さっているまま行動しているようなするどい痛さだ。普通の人なら(私もそうなんだけど)絶対モルヒネくらいは打つだろう。処方された座薬も全く効かない。心臓と肺という大事な器官に近いのでものすごく圧迫感があり、不安がつのる。

『死』を真剣に4日間は考えた。そのときは、もし今なんかを購入しても、後ドレくらい使えるか分からないからやめとようとか、夜寝ている間に死んだらどうしようとか。だから朝起きてからの「あぁ、今朝も生きてるんだ。ありがとう。痛みくらいでは死なないのかなぁ」とかも思いながらの毎日だった。痛みが始まっての4日間は全く痛みに変化はなかったからだ。このころは(今もだけど)特に精神的な痛みも抱えていたのでよけいにつらかった。誰かにずっとそばにいてもらいたい気持ちがつのったけど、それはきっと叶わないんだろうと諦めた。ただ友人が電話をかけてくれ、掃除や買い物などの家事や子どもの相手や犬の散歩をしてくれたりしたのでものすごく助かった。

今この経験が過去形で書けることがうれしい。
痛みは全くなくなってはいないし、前とは違う形でいまだに存在しているけど二日くらい前から減少してきている。確実に。できるだけの手当て療法やイメージ療法、瞑想、呼吸法を続けた。風呂の入り方も変えたり、休めるときには何もせずに、やってくれる人には何でもやってもらった。何のプランもたてなかったし、ブログに悲壮な気持ちも書かなかった。(書けなかった、痛すぎて)ただ『死』を考えた後は、絶対痛みはなくなっていくんだと信じた。肋骨の痛みだって変化があったんだし、胸にあるからっていつまでもあるとは限らないと思い込むようにした。とにかく自分の可能性を信じた。こころとからだは繋がっていることを信じた。
怒りを出せる場が2度ほどあったので小出しではあったけど出したし、泣きたいときには泣いた。
だから何が効いたのか分からない。何もしなくても自然に時がきたら治ってきたものかもしれない。でも痛みはものすごく少しずつだったけど減っていった。それが観察できた。これがうれしかった。

今日こうやってブログを書けるほどに回復した。
本当にうれしい。疲れと痛みでなかなかゆっくりと子どもたちとの時間をとれず、こころのなかは暗い不安ばかりの日々だったけど今日は本当にただ博物館をゆっくり歩いて子どもたちが楽しんでいる姿を見ているだけがうれしかった。ランチをするためのレストランのラインで待っているときでさえ、ものすごく優しい気分だった。何を食べてもおいしかった。子どもがやっていることを見たり、彼らとの会話はひとつひとつが大切な瞬間だった。

ありがとう!ありがとう!ありがとう!
全てに!
私が今こんな気持ちでいることを伝えたい!
痛みや癌に、私に、逝ってしまった彼に、子どもに、犬に、友人に、日本にいる家族や友人に、全ての人々に、木々や海や湖や自然の全てに、本当にありとあらゆるもの全てに、この地球や宇宙に、私の知らない全てに
ありがとう!!! 愛しています!

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by mi-chanlucalu | 2012-08-06 14:02 | 生きること

自分で治すことについて語る - 2 依存と自然治癒

久しぶりに今朝は自然に6時前に目が覚めた。外は曇り。空一面のグレイ。
いつものPranayamaと8つのチャクラ活性の瞑想をした後、生姜紅茶を作り(生の生姜をすってお気に入りのオーガニックのアールグレイで)ラップトップに向かう。
日本に行く前から朝5時に目が覚めるようになってそれが日本にいるときも続いていたので、こっちに戻ってからそらが時差ぼけと疲れと痛みとで完璧に遮断されていたのだけど、からだが徐々に戻りつつあるのが分かる。

昨日はまた鍼灸へ行き、いままでのからだまんべんない治療をしていただいた。首もかなり楽になり、まだまだ恥骨あたりや腰に痛みは残るもののこれらも感じられるほどの違いがあった。ただ昨夜子どもと犬を連れて散歩したら痛み始めたので要注意だ。少しづつ、少しづつ。

以前に自然治癒力と依存についてかなり深く考えた時期があって、鍼灸なんかも行かないと治らないと思っているからだめなんだろうかとかとあれこれ考えをめぐらせたが、結局鍼灸は自然治癒力を『引き出す』治療だし、実際10年以上いっていて私には合っているし彼女の技術の素晴らしさを確信しているので『依存』ではなく、治す力を高めるために行っているのだと思う。実際治療を受けながら学ぶことが多く知識もかなり増えたので今家で簡単な治療ならできるし子どもにどうしてあげたらいいのかも判断できるのだ。

『依存』においての学びが日本滞在中にあった。これは気づきというより再確認であり、また癌というものに対するヒーラー側の呪縛を思い知るような経験がった。
友人の友人からの紹介で三重の榊原に温泉ホテルがあり、そこに難病を治療してくれる人がいるという。これはかなり前に聞いていて『今度機会があったら行ってみたらいいですよ。絶対治るから。』と言われていた。
今回、この人に会ってみようか、でもやはりこれは『依存』だと思いながらためらっていたものの、とりあえずある日、電話を入れてみた。すると電話に出た人の対応はさめざめしたもので、まず自分たちは宗教法人になったこと。温泉が工事中なので入れないし、もし治療を受けたくて宿泊するのなら1万八千円で(温泉なしでも)あること。このヒーラーのことを聞いた友人に再度尋ねてヒーラーに会うための準備(聖書を読む、下着からすべて新品を揃える、などの)をしてから来ることを考えるべきであること。などだった。
彼女の対応から話し方までにかなりうんざりしたので適当に電話を切り、日本で宗教法人になると税金を払わなくていいことを後で妹から聞いてなんかもっとうんざりした。 

もうひとつのエピソードがある。矢山クリニックに入院中に会った人からあるヒーラーを紹介された。エネルギーヒーラーで、痛みを治してくれる。治療代は1万5千円と高いけど一度試してみてはどうか、と連絡先を渡された。これは縁だし、私はこの会った人たちのことが好きだった。考え方も似ているしとても素敵なカップルだった。信じられるソースからの紹介だったのでこのヒーラーの秘書に連絡しみた。メールはすぐに返ってきて、予約を入れられるスケジュールが書いてあった。数日考えて予約を入れ返信した。するとどこが痛いか、どういう症状かを訊いてきたので、簡単な状態を書いて返信した。

その後のメールに背筋が寒くなった。

まず、がん治療は危険をともなうので1回60分で10万円であること、そして予約キャンセル料は50%。
どちらも事前の情報がなく、彼らにはHPもないので私が知る由もないことだった。速攻で『どちらもできない』ことを返信するとお詫びの返信があり、この件は白紙に戻った。

癌や難病、とにかく死をなんとか逃れようと人はあれこれの手をつくす。お金ももちろんあるなら少々かけても命は買えるものでないので本人や家族はなんとかしたいと思うのだろう。私がこの件で疑問に思うのはエネルギーヒーラーならどうして癌を特別扱いするのかということだ。授かった特別な力で人を癒せるのに病名で違いがでてくる趣旨が分からない。もともとヒーラーと名乗ってしまうことそのものがどこかに『私は人を治して上げれる』的な傲慢さがある。今は『癒し』が流行り『ヒーラー』になりたい、なる人、自分でそう名乗る人がそこらじゅうにいる。もし自分に人にない特別な力があってそれで何か苦しんでいる人の役に立つとしたら、それでお金儲けをすることが正しいと判断してしまうのだろうか?それも病名で値段が違うなんて!!

この縁と経験は私にとって大きな学びだったのでどちらも必要なものだと思う。落胆も怒りもない。これが現実であり受け入れていく。『依存』における本当の『治療』はないのだ。
日本へ行きあの特別なクリニックを訪れてみるときに、このクリニックで出来ることで癌を治してもらおうと思っていなかったので行ってみようと思ったのだ。だから私の心の中になんとかしてもらえるような『依存』はなかった。院長に1ヶ月入院も勧められても自分の判断で短縮して実際それでも長く入院したと感じられた。クリニックから得たものは大きかったが2週間以下でも今得られたものは変わらなかったと思う。

自分のからだの声を聞き、直感を信じることだ。沸き起こるインスピレーションを感じれる力を身につけるためにその声が聞ける精神をつくる。過去に私はそれらを無視したことがあった。聞こうとしたし内なる私は分かっていたけど外からの圧力に負けてしまったのだ。弱い自己や理性や外からの情報を受け入れたのだ。それは後々『後悔』という苦いことばがあてはまる暗くどろどろした時間を作る結果となってしまった。
でもそれらの体験があるからこそ今の私があるともいえる。もうそれらの外からの声にまどわされず心身ともに成長していく。前へすすんでいくことのみが私の目の前にある。『アミ、小さな宇宙人』で語られているように私たちは『進化』していく。進化することにおいて『依存』はなく、進化すれば病気にならないし、なったとしても治癒するのだ。このうえでの『進化』とは?『アミ、小さな宇宙人』を読んでください。
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by mi-chanlucalu | 2012-07-24 23:45 | 生きること