カテゴリ:乳がんをめぐる( 84 )

Bright Angel Park

17日日曜日
ほんとうはヨガのTeacher Trainingの合同練習みたいのがあるだった。

でも天気はとても良いし、それに行かずにここから約1時間くらいドライブした
ところにあるパパさえも行ったことのないParkへ行ってみることにした。

久々の家族でののんびりしたお出かけで子供たちは大騒ぎ。
子供の喜ぶ姿が一番いい。

さてこのBright AngeL Park のネーミングは1958年にアイリッシュ系の
カップルが持っていた土地を州に寄付し、彼はガーディアン エンジェルを
信じている(殆どのアイルランド人のように)ので、自分が大変だったときに
救ってくれたガーディアン エンジェルから名をとり、そう呼んでいるらしい。

これって 「癒し」の場所や~!!

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古い小さなつり橋があり、

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川にはサーモンの赤ちゃんが!!これには子供たちは本当におお喜び!

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季節のせいもあって森は緑で
近くにある公園はめちゃ古そうな大きなシーソーがあり、
歩きにいかなかったけど散歩道もいい感じだった。

川のそばで、さっさと作ってきたおにぎりと残り物のれんこんのきんぴらを
食べながら、つり橋に行く人を見上げたり、サーモンの赤ちゃんを見たり
すごーくシンプルだけど、癒される時を過ごせたよ。

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日本行きを決めてから、色んなことが、勿論私が選んでいるのではあるけど
導かれてそうなっているように思えてならない。

私は今回、正しい選択をしてその方向へ歩いている。迷いも怖さもない。

乳がんになったこをを通して、何かが自分の中で変わろうとしている。
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by mi-chanlucalu | 2009-05-17 07:02 | 乳がんをめぐる

昨日があまりにもハードスケジュールだったので
今日はこどもたちとデイケアしてる男の子と楽しもうと
お弁当作って湖へ。かいも泳いで走って昨日行けなかった
分楽しんだと思う。

でも、ま、いつもそうなんやけど
3歳児3人はしごとや。
まだいろいろできへんことが多すぎる。

でもおもいっきり遊んで家に帰り、本読んですぐ昼ね。
このあいだにヨガの免疫を高めるシリーズとPranayamaができた。
やることはあるのだけど、とにかく一息いれたかった。

さて、夢をみた。
癌といわれているしこりが消えている夢。
家にいていつものように料理をしようと鍋をとるために
しゃがむとき、ふっと右胸を触ると、何もない!!

これよ! これ!
私の意識は高まってきたよ。

日本行くまでに消えるんちゃうん、なんてちょっと考えたりもしてまうけど・・・。

でもね、いい感じです。
日本行きを決めてからは、「癌がもうリンパにまわってんちゃう」みたいな
Fearはなくなった。もしそうでも、消えるのだから、って思えるからね。

Essiacはごぼうを飲んでいるような感じだけど、これに癌をやっつけるハーブが
入ってるんだと思うとおいしくさえ思えるよ。一日2回なのだけど、飲むのが楽しみ。
飲めば飲むほどがん細胞が消えるように思える。

癌との闘いではない、って前にも書いたけど、
実は自分自身のFearとの闘いだと思う。

明日からはパパさんの3連休だし、ちょっとのんびりしたいな。
ま、3歳半の双子がいる親にその文字はないか。

このブログを読んだ人たちへ

私の決心に曇った顔をしないでください。
私にエネルギーを送ってください。
祈りはエネルギーとなって届きます。
そしてそれは必ず私を強くします。
私が治ると信じてください。
本当に強く強く信じてください。
そして私が治り、またあなたたちに会えることを
想像してください。きっとそれは現実になるから・・・。

コメント、電話、メール ほんとうにありがとう
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by mi-chanlucalu | 2009-05-16 14:59 | 乳がんをめぐる

これからのこと

5月11日にはっきり乳がんと言われた。
それには驚かなかったけど、がんのある右だけでなく何もない左も切るというオプション
もある、と言われた。これまでに調べたり、人の話しを聞いたりしていたので癌のある方を
切る、そして同時再建を考えてはいたのだけど、再発の可能性をゼロにするために・・
・私もまだ若いし・・・と、いうのが両方切ることを勧める理由らしい。
このことにはショックだった。すぐに返答ができない。そしてこの手術をするドクターに言わ
せると、とにかく再建をする整形外科のドクターに会ってから決めろ、とのこと。で、話しは
終わる。

選択がある。このことにはよく考えた。
先進国の現代社会のいいところであり、悪いところである。

1右だけとり、おっぱいの再建しない。
2右だけ取り、再建する。
3両方とり、再建しない。
4両方とり、再建する。

雰囲気的にこのドクターはバランスから言っても再発ゼロから言っても選択4がいいような
感じが受け取れた。もちろん私次第とのこと。

ここからが私の試行錯誤、迷宮の選択、の世界に入るときであり、
かつ、時間をかけて考えてはいられない、という
「どーすりゃええんや~!!」の夜になった。

あまりうまく眠れない夜が明け、
もんもんした一日が過ぎ、その夕方
長いあいだ知っている鍼灸師がこの件について電話をくれる。

なんと彼女はもう一つのオプションをくれるのだ。

5日本へ行き、彼女の先生とよんでいるヒーラーに会ってみる。

電話口では「はあ? そんなん、お金かかるし、無理って~」

彼女の患者さんのお母さん2組くらいが一人は肺がん、ひとりは子宮、卵巣、リンパで
そのヒーラーの先生に会いに行っているという。肺がんの人は6回くらい通っていて
癌が消えてきてるらしい。

とにかく考えてみて、と言って電話は終わる。

それから決心するまでそんなに時間はかからなかった。

まず、子供たちが寝てからだんなにそのことを話す。

彼は無表情。まあ当然やね。

私たちの話は深まり、とにかくもっと詳しいことを聞いてから、そしてその先生に
電話してから決めることにした。ただ、私の気持ちはもう決まっていた。

次の日、つまり水曜日。12日
鍼師に電話をして詳しいことを聞く。
時差をみて日本の先生へ電話。

私がカナダから電話していることと乳がんで予約を取りたいと告げる。
全く驚きもなく、申し訳なさそうに、ただすぐには取れないね~ と言われて彼の弟子のような
人と変わり、予約を入れる。

それからことはとんとん拍子だった。

そのあいだもこの癌は消えるんだ、癌は自分の細胞がなんらかの理由で変わったんだ。
自分の鍼灸師を信じているので彼を信じられる。きっとよい方向へ物事は動くだろう。
と考え続けた。

しごとから帰ってきただんなも家族で行くことが当然な気がする、となり
みんなで行くことになった。私もお金がかかろうとみんなで行くことが自然に
思っていたので、うれしかった。

ただ、やらなければいけないことは山ほどあった。
気づいたのは自分のPR Cardが期限切れたままで、これがなければカナダに
帰れない。(だいたいこんなん決めたの誰やねん!!)
Webを調べる。次の日電話してみることにする。

子供のパスポート。これももうすぐ切れる。
念のため作っておこう。これもぎりぎりだ。

子供たちが寝てから書類を取りに行き、フォームを埋めていく。

そしてチケットの手配。
これも次の日の朝にしなければ・・・。

そして今日木曜の朝一から電話、電話だった。
まず、移民局へ電話してどうやったらいいのか訪ねる。
PR Cardがなくてもカナダ出国はできるけど、帰る前に日本で
ヴィザ オフィスへ行って書類を作成しなくてはならない、とのこと。
実はこれが写真もいるし費用もいるし、書類もPR Cardとほぼ同じで
やられたあ~自業自得である。

チケットはなんと、セールをしていてめちゃめちゃ安くで買えた。
今回はとりあえず成田へ行く。

これも今日中に払わなければならなくて結構大変だった。

子供たちのパスポートに友達のサインもいるのでチケットの手配が済んで
から会いに行く。彼女とは久しぶりだったし、写真を撮るときもついてきてくれて
ありがたかった。パスポートオフィスへ行ったときに申請にいる誕生証明を忘れて
退散。また、とんぼ返りするはめに・・・。

はあ~

本当は今日朝から遊びに来るはずだった私の友達と彼女の息子に家に来るように
電話をいれる。そして子供たちを見ててもらい、またパスポート申請へ。

実際やっといろんなことが済んだのは3時だったので8時くらいから殆どノンストップで
手配をしていたようなもんであった。

でも、できた。

信じることだ。

今でも忘れないインドへ行って聞いたことば。
 Everything is possible in India。

ただ、これはインドだけの話しではないのである。

信じることはものごとを可能にする。
そしてそう念ずることはもっと可能にする。
自分の念を100%にする。信じる。

癌がなぜできたのかはわからない。でもそれをどうするかはとにかく自分の直感でいく。

日本へ行く他に自分に何ができるか。
もしここにいて手術を選んでも2,3週間かもっとの待ちだったのだ。
何もせずに待っているなんて私らしくない。

調べているうちに乳製品が乳がんにはよくないことについてのある人のブログを読んだ。
彼は「乳がんと牛乳」という「Your life in your hands」By Jane Plantという本を訳した人で
これを読んでいるうちに、乳製品が怖くなった。

まだ本は読んでないけどJane Plantは乳がんにかかり4回再発してからも
何故そうなったのかを研究し続けて乳製品を止めた。ら、癌が消えてそれから15年
再発していないそう。

肉は今年から食べていなかったのだけど、乳製品も全く止めた。
子供たちにも飲んだり食べたりして欲しくないのだけど
みらはあんまり豆乳が好きじゃないみたい。でも、きっぱり止める予定。

Essiacというハーブがまざったのを飲む。
これは1920年くらいにカナダの看護婦が癌対策として作ったもの。

さっき煮込んで作っていると見掛けは魔女のつくるどろどろした液体にそっくり。
一晩おかなければならないので、明日から始める。

今日はあんまりにも忙しくて
かいの散歩へいけなかった。
かい、ごめんね。

明日は楽しもう。
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by mi-chanlucalu | 2009-05-14 13:00 | 乳がんをめぐる

乳がん

4月21日の検査からもう2週間以上たった。
5月11日まではっきりしたことはわからぬまま過ぎることになることは、分かった。

1年ちょっと前に胸にあったしこりが変化したらしい。
超音波から多分乳がんだろうということで、細胞の検査をした。
その結果がまだ聞かされていないのである。

この間、ビクトリアに住んでる日本人二人が乳がんで手術をしたという情報をもらい
彼女らに電話して話しを聞けた。この二人の話にはかなり勇気付けられた。そして
そのうちの一人の人が受けた手術師へ変更した。クリニックに電話して
変えてもらうようお願いした。その人とのアポが11日の月曜である。
そして彼からどういう癌なのか、どういう手術をするのかを聞くのだと思う。
Googleでできる限りの乳がんについて学ぶようにした。
思いつける人に話してみた。

もちろん、乳がんが「死」にすぐに結びつくわけではないが
ほんとうにいろんなことを考えた。

検査からあんまりにも日がたつので
「もしかしたら癌じゃないのでは?」と思うときもあった。

月曜までもう一度週末を越さなければならない。
やっと本当のことが分かるんだと思うと、それまでが長く感じる。

乳がんだろうと知ったときから自分のなかの意識が変わった。
自分で調べたり人の話しを聞いてるうちに気持ちが落ち着いたり不安になったりする。

そして、何よりも今は考えられずにはいられない。

でもよく言われるような「闘う」という気持ちは沸き起こらない。
がん細胞は自分が無意識に作り出したものだから「闘う」ことは自分との闘いになって
しまう。ものごとには両面があり癌イコール悪でなく、悪と良はコインの両面だから
癌イコール良でもあるのではないだろうか?

もし仮に癌でなかったとしてもこの3週間はきっと私にとって勉強期間であり、
生きることをさらに深く考えたことになるので無駄ではないし、
癌であり、これから手術や色々のことを乗り越えていくことにおいて
家族や友人との絆も深まるし、自分の意識もさらに変わるだろうと思う。

事実 「死」に近づくことで「生きる」ことを考える。生も死もコインの両面なのだ。
死がなければ生はないのだから。

生きるものなら誰でも死に向かって歩いている。
それをどう意識して生きているかは個人で違うだろう。
死が悪だと思う人たちは癌は、全く悪だろう。

・・・・・なんて、落ち着いて書いてるけど、乳がんだろうとBiopsyをされた日は
やはり「死」がかなり目の前にあり、まだ3歳半の子供のことを一番に考えたよ。
え~ まだ死ねへんって~ 後最低10年か、もっと~~~生かせて~

このころヨガストラの「生命欲」を読んで 人の生命欲はとても強くて、修行された
賢者でも生きたいという意識を捨てることは難しい、云々とあって、なあ~んや。したら
私みたいに子供なんておったらなおさらや~んって、ちょっとほっとした。

ヨガの練習も静かなものが多い。免疫力を高めるポーズを中心に呼吸法も以前より入れ
るようにしている。腰が痛くて長くホールドできないポーズもあるからっていうのもあるけど
自分のなかに静かに入る時間はこれからも必ず必要になると思うので。そういうことが
いつでもできるようにしとかねば。


生きることが好きです
地球がとても美しいと思うし
子供の笑顔は宝物です
今ここにこうして生きている
生かされていることに感謝するし
これからの自分になにがあろうと
精一杯楽しく生きたい
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by mi-chanlucalu | 2009-05-07 14:38 | 乳がんをめぐる