カテゴリ:乳がんをめぐる( 84 )

手術から1年たって・・・

もう1ヶ月以上前の9月21日で乳がんのための右の乳房全摘手術から
1年がたった。最近寒くなってきたからなのか、9月からのめまぐるしい
生活の変化およびそのためのストレスのせいなのか、ヨガのポーズの
無理もあったのも重なっているからなのか、どうも右うで、わきの下を
含む全体の筋肉が痛いうえに傷跡も痛むときがでてきた。

9月からはヨガのトレーニングに戻るので経済的に鍼灸治療に通うのを
減らしたのだけど、かなり右肩が痛くなって、腕があがらなくなっては
困るとまた2週間に1回通ってみることにした。

ただ自分的には毎日が楽しくてめりはりがあり、忙しいけど学べる喜び
は大きいものがあるので「ストレス」というのは多分暇でも「ストレス」に
なるものなので、うまく付き合っていくことが大切なんだろうと思っている。

家事の手抜きは仕方ないと思うので、「できない」ことに対してイライラする
ことはないのだけど、天候上、もう洗濯物が外に干しても乾かない季節に
突入したのは寂しい。 乾燥機にいれて服たちを乾かすことは私にとって
なんとなく嫌なんだけどその分できることが増えるのでありがたく使う
ことにしている。

最近ある友人が「これよかったら・・・」と本を一冊もって来てくれた。
外科医の書いた食事療法の本で内容は殆ど知っているものだけど
「見直し」ができたように思う。最近ちょっと自分の食事にまた乳製品が
入り始めてきていたのをきっぱり断つ決心を新たにした。ワインなんかも
以前は全く止めていたけど、またちょこちょこ飲んでいたのも控えられる
程度に控えたい。家族みんなが10月生まれでそれを理由にめでたく
飲んでいたような気がする。夏は夏で生徒のストレスから飲んでたし。

ただ色々規制をしすぎるのも「ストレス」になるので気持ちの「改め」の
意識をもって食生活をしたい。ありがたいことにお肉類はどうしてか
食べたいとは思わない。それより最近は豆ばかり食べている。
今日も大豆が食べたくなって煮豆を作った。

西洋医学とは現在きっぱり手を切っているので、定期検査にも行かないし
術後治療など以前に書いたとおり全くする気はない。

一度は考えた乳房再建も今では全く興味がない。体に対して執着心が
ないので、毎日殆どノーブラ生活だし・・・。幸い左の胸もやせたのも
あってかなり小さいのでその差の心配はなくぴちっとした服さえ着なければ
ただの胸のない人にしか見えない。

髪の毛はやっとのびてきたけどくるくるしているままで、このままのばしたら
ゴージャスなロングの巻き毛になるかなぁ~なんて楽しみにしている。
ただ今は変なアジアン系の人のようにも見える。カナダのここビクトリアなんか
に住んでいると外見を気にしなくてもやっていけるので私のように眉毛を
描かなくて髪が左側べちゃんこでも子供の送り迎えができる。それも
ヨガパンツで・・・。もっとひどい人もいる。もちろん朝の8時半に会って
ちゃんとお化粧をしている人もいろ。なんでもありなのだ。

私にとって癌であるということは「忘れている時間」をたくさん作りながら
決して忘れないことでもある。それは全ての生き物が必ず死ぬという
ことを知っていながらでもそれだけを考えずに生きているということでは
ないだろうか。

人はいつ「死」がやってくるかわからない。だから今一瞬一瞬を大切に
生きている奇跡に感謝して生きていくことが「生」を持つものの在り方
なんじゃないのだろうか。
そういう私はまだまだで、本当に毎日がチャレンジである。だから
おもしろいのだけどね。日々学んでます。
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by mi-chanlucalu | 2010-10-27 12:48 | 乳がんをめぐる

髪の毛

髪の毛がのびてきたのはうれしいのだけど・・・

へんにくりくりなので

昨日はパパが私を見て

「Your hair is so curly!」と言って笑いながらハグするほどやった。


確かに朝起きてあんまりへんに曲がっているので濡らして
ワックスなりジェルなりをつけないと堂々と人に会いたくないような
感じになってる。

だってちょっと間違えればおばちゃんあたまやん。

かといって、また短くするのはいややし・・・・。


これってやっぱりキモのせいで髪のDNAを壊されて髪が前のかなり
ストレートな形を忘れてしまったのかな?

キモセラピーをして髪を剃った人が映えてくるのに、こうやって
巻き毛になったり、多く生えて来たりするのを聞いたけど、

確かに下の方は量が多いような気がする。

うううう~まあそれはどうでもええけど。

髪の毛が生え変わるようにおっぱいもまた生えてくれないかにゃ~。
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by mi-chanlucalu | 2010-05-31 04:58 | 乳がんをめぐる

後悔、記憶、執着、自我

みらが自分でMilaと書けるようになった。
私は全然教えなかったけど、見て覚えたのだと思う。

すごいな~。彼女はかなり前から私の小さい辞書を持ち回ったりして
「おべんきょうしてるの」とかよくやっていた。いつも思うのだけどみらを観察
してると「なんか習わしてやったらえんかな~」って。でもルカとまた全然
違うので「ま、いっか。自分でこれしたいって言うまでは・・・とほおっておいて
しまう。実際プレスクール行ってるだけで十分ちゃう??


++++++++++++++++


さて、私はというと、

「がん、呪縛を解く」という本を書いた稲田さんのブログに出会ってから、かなり
乳がんの手術をしたことを後悔していた。

この気持ちをとにかくうまく言えないので、書けもしなかった。
それに、今回はなんとなく自分の気持ちがどう向いていくか観察をしていた。

稲田さんは男性で乳がんになり、手術をせずに「千島学説」に基づいて
自分で「血気動の不調和」を改め、宣告から5年後の今も元気に作家活動を
続けている方である。そして彼の体験を含めた「千島学説」についての
本を書いたのである。ブログでもかなりその内容が読めるので私は
どっぷりつかっていた。

ただ、このことを知ったとき、かなりショックだった。
私がこの本なり、ブログなりに出会っていたら、去年の9月にあの
手術をしなかったのかも、と。

このごろは方胸のない喪失感にちょうど惑わされていたときだったのか
「がん、呪縛・・」を知り、喪失感が湧き出たのか、どっちが先だったのか
は定かでないけど、やたらと乳房再建のことをネットで読んだりしていた。

とにかくどっぷりと漬からないと、出れないような気がしたのだ。

そしてこの気持ちを誰にも殆ど話さなかった。
あまりにもパーソナルなことなので話してどうなるものでもないというのが
大きいかったし、自分の気持ちがどこへいくか観察していたいからだった。

同じころ、ヨガのトレーニングにぼちぼち戻ってもよさそう、というお誘いが
でてきて、ペーバーワークをやる間に本を読んだりしていたので、
さらに自分のなかに入り、自分と向き合うことになった。


意識のソフトウェアのなかにある「記憶」という大きなファイルを引き出さない
ように自分の意識を変えければならない。「記憶」は消去できないけど
そのファイルの中にある「後悔」というファイルは消去できるくらいの
意識レベルが自分にはあるのではないだろうか?

「イメージや記憶を持たずに、ただ全てを注意深く観察すること」

これはクリシュナムルティが言っていたことであるが、実はいろんな宗教、
哲学は同じようなことを教えているのではないかと思う。

ただ、今を生きることを実践していくこと。

これが苦しみからのがれられうるひとつではないかと思う。

実際私は悩み苦しみながら眠れない夜を過ごしているわけではない。
「寝すぎや~」というほど眠れるし、食欲もある。

私は方胸を切り取って「執着」というもの学んだと思う。他人のブログを読んで
実際、乳房再建手術をしている人はすごい時間とお金(日本では)を
費やしている。そこまでして、もとのからだなり、いわゆる揃ったからだが
欲しいのである。もちろん、こういう手術をした人のすべてがそうでない。

でもしていない人も考えなかった人はいないのではないだろうか?

今、実はヨガのテーチャートレーニングを続けるかどうかも考えている。
昔からあった「ヨガを自分のためにすることは、実は執着であり、自我では
ないのか」という気持ちがふつふつと沸き起こってきているからである。

でも、これに対しても自分で早々に答えを出さずに観察中である。(気持ちの)
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by mi-chanlucalu | 2010-04-21 13:53 | 乳がんをめぐる

乳がんとヨガ

2ヶ月、週一でスペシャルニーズのヨガクラスに通った。
もちろん、先生たちは後1タームはスペシャルニーズでやってみて
その後また話し合い(これからのこと、Teacher Trainingのこと)を
しようということだった。

一度2人のシニアティーチャーと話しタときに、
私は抗がん剤を2度で止めたので
「あなたは、Cancer free(癌はない)なの?」と訊かれた。
それはガンがあるとできない、しない方がいいポーズが
あるからそう訊いたのだと思う。
例えば、ヨガの父と云われるヘッドスタンドを含む
体重を肩や、胸のあたりにかけるようなものはご法度らしい。
それはその周りの細胞の(つまりは血の巡り)を活性化させるので
癌があるのだったら、ガンを増殖させる(?)のだろうか。

とにかく、振り返ってみると乳がんが診断されてから、先生たちは
そういうポーズをやってはいけないと言っていた。
私はそれでも元気だったのでずっとやっていたのだけど・・・
手術前になってスペシャルニーズのクラスに来なさいと
言われていっていたときは免疫力を保つようなポーズばかりだった。

今思うのだけど、じゃあ私が手術をしなかったら
かなり長い間かもしくは、ちゃんと西洋医学の治療を全て受けるまで
全然もどれなかったというわけだ。

最近、友達からの紹介で出合った本で乳がんと診断された男性が
手術なしで「千島学説」に基づいて5年たった今でも元気でいること
を知り、抗がん剤を含む一切の西洋医学を断ったのでそれだったら
初めから(手術も)しなければよかったのではないか、とも
思えたりして、じゃあヨガの方がどうなるのかと考えてみた。

子供たちが4歳で、最近は自分のまとまった時間はとりにくくなった。
昼ねをしないうえに、夜も早く寝るというわけでなく、私自身夜に
ヨガのプラクティスをする気があんまり起きなくなった。
プレスクールへのあいだはカイの散歩とか買い物に終わるのが殆ど。

でもいっときのようにヨガに対しての執着はなくて、できるときにやれば
いいやーくらいになっているので気持ちは焦りもしないし、「しないと」の
プレッシャーもないのが現状。

もしかしたら先生になるのを止めることになるかもしれないような気持ちが
私のなかに生まれつつある。
もちろん、それは日本への滞在中に考えた「ヨガへ執着」がある意味ガンを
産んだのではないか、それなら断つ方がいいんじゃないかな」というのでは
なくて、先生たちにもしかしたら受け入れられないのなら、トレーニングを
始められないのかもしれないような気がしている。

やはり乳がんを通して何かが変わりつつある。

実際、「ヨガ」なのにカナダにいるからか、それともインドの先生にしても
やはり西洋医学の治療の一線みたいなものからはでられないところが
あるのではないのだろう。 「意識」のもんだいではないのか。

ヨガが発祥した大昔には癌なんてなかったし、本当のところは誰にも
分からないのではないかと思う。でももちろん先生の気配りや教えは
守るけれど、少し疑問のようなものは残る。

ヨガをやっていても癌は西洋医学的に治療しなければならないと
いうことに終始する。もちろん、それが理解できないのではない。

ある意味では、こんなにも(時間的に)長くトレーニング的なことから
離れてしまい、果てには「Cancer freeなのか」と訊かれて
やろうと思っていた熱みたいなものが冷めてきているのかもしれない。


         ・・・・・・・・・・・・・・・・・


気分転換もかねて3月から気孔を週一でならってみることにした。
乳がんと中国医学の治療の本を読んで、興味があった。
友達から借りた本もあるし、やれることがあってうれしい。

今週末は久々のヨガのワークショップ。先生たちの監視つきだけど
参加の許可が下りて、おまけにスカラシップの100ドルのヘルプが
あったので、まる2日と2時間、ヨガ漬けになってくる予定。
自分のコンディションとか気持ちを観察できるいい機会なので
とても楽しみである。
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by mi-chanlucalu | 2010-03-01 06:17 | 乳がんをめぐる

やっと・・・・そして、まだまだ

ここ最近になってやっと髪が伸びてきたのが目に見えるようになった。
頭のてっぺんが明るいとこやと1ミリのとか2ミリくらいのが分かるし
密度がましてきているのが分かる。

うれし~!!

もちろん、毛はまだ抜けていて枕カバーにはついてるけど
きっと細胞が回復してきてのびることができるようになったんやと
思う。

最後の抗がん剤が12月の始めやったから8週間以上はかかってる。
爪のほうも黒いけど、少しのびてきているのがわかるようになった。

体力が回復して、普通の生活がおくれるようになると、少しだけ喪失感
みたいなものもついてくる。お風呂に入ると右胸がないことや、鏡を見る度とか
寒いときに感じる髪の毛のない自分の今までとは違う部分に対しての。

いろんな本を読む機会があって、やはり手術しなくてもやっていけたんじゃあ
ないかと思うようになって、だから抗がん剤やその他一切の科学治療を
すっぱり止めて本当によかったと思う。

最近放射線のドクターからや癌のドクターの秘書から電話があって
「もう一度話し合いをしないか、「説明だけでも・・」というようなことが
あっても心の奥底はどんな話をしても変わらないと思うので
きっぱり電話口で断った。これを言う自分に全く迷いはなかった。

今では再発率の高いと判断された自分の癌やHer2陽性や
それらをめぐる西洋医学から見た治療をしないことにおける
恐怖感というものは全くない。

また数字の上での「これを受けたら生存率何%」というのを聞いたところで
私のこころが揺らぐとは思えない。
本当に西洋医学が100%の確立で癌を治すなら考えてもいいけど
自分をはじめ、いろんな人が苦しい思いをして受けても治る確立が
そうでないのなら何故「今」を、そして自分の健康な組織をないがしろ
にしてまで5年先や10年先を考えなければならないのだろうと思う。

そして本当に誰も5年先なんて分からないのだ。

乳がんがあった私は幸いその癌のせいで痛い思いも苦しい気分も
味わっていない。そのせいもあってどうしても私の癌さんを恨めない。
そしてその癌を胸ごと切り取ってしまったことは本当は罪ではないのか
とまで感じるようになった。

でも、もうないのだから仕方ない。この経験から学ぶしかないのだ。

乳がんと分かってから「気づき」の連続で、かつ自分の内にある「感謝」の
気持ちがとても強くなった。だから癌さんには感謝せずにはいられない。

ただ「気づき」があり、自分の生き方やものの見方を変えていくうえで
また自分というものを理解していっている。だから楽になったし、毎日が
楽しく感謝の連続である反面、自分は本当にまだまだと思う。

「生を理解するには、ですから、あなたは各瞬間ごとにそれについて学び、
   決してそれをすでに学び終えたものにしてはならないのです」

------偉大なる哲学者であり実践者のクリシュナムルティのことばより
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by mi-chanlucalu | 2010-02-01 14:05 | 乳がんをめぐる

闘わないこと 癒すこと

曇り空の土曜日

やっと体力も少し戻ってきて掃除機をかけれるくらいになった。
2週目は今回カイを彼のシスターのアビーの家にお泊りさせたので
実際私ができたことは子供をプレスクールへ送り迎えするくらいだった。

何もしていないけど身体のなかが抗がん剤に襲われているのでそれから
治るためにエネルギーを使っている、だからいつも疲れている。

午後に私があまり知らない人たちが4人、また私のために瞑想に来てくれた。
私の鍼灸師は用事があって来れないにかかわらず、彼らはまた見ず知らずの
私にヒーリングのエネルギーをおくるために来てくれたのである。

まずこの素敵な人々、時間を共有できたことに感謝する。

今回私は30分がまたさらに短く感じられ、なかなか戻ってこれなかった。
さらにもう一段階の深みに入ろうとしていたときに時間がきたようだった。

自分の判断なのだけど、これから自分を「再生」するような気がしている。
あの夢のなかの「女の子=私」を産んで新しく始めるような感じがある。

ただ今はまだ「癒される」ときなのかもしれない。

ママ友たちは食事を調達してくれているし、周りからの癒しの光を感じる。
そして、まだ手術前のあの「守られている」感じは同じである。

私は大丈夫。
闘わない。
がんと初めから「闘病」する気持ちはなかった。

手相のサンドラは「抗がん剤と闘わないで、癌と闘わなきゃ」と言ったけれど
私のからだは抗がん剤と闘った。そして癌になったことにしろ抗がん剤をやったこと
にしろ、経験の全てが私を作っているのだったら「戦い」はなかったのでは
ないのだろうか?

今はただ癒されて、ゆっくりと楽しく、歩いていくのみである。
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by mi-chanlucalu | 2009-12-20 07:43 | 乳がんをめぐる

夢分析 未来へ

化学薬品のひとつは赤色をしている。
そのために1週間くらい色のある尿がでる。そしていやな匂いもする。
ものを食べていないととても匂いに敏感になる。
その敏感さは異常で匂いがまるで粒子のようにかぎわけられる。
ものの一つ一つに匂いがする。

科学薬品のもうひとつは投与中に鼻にくる。むずむずというか変な感覚。
私はそのつーんとするような鼻の感覚がどうしても好きになれない。
そしてその感覚は最近までつきまとう。暖かいリビングルームにいても
鼻だけがどうしても冷たい。いやな感じがよみがえってくる。

あの夢はなんだったのだろうと考える。
これは全くの私の個人的な分析なのだけど、夢の私もカイもお腹の子も全部
私自身なのではないのだろうか。そしてあのメタリックなすごい速さで飛んで、
私の顔あたりをぶんぶん襲ってきたのは抗がん剤であるとする。私はお腹の中に
未来の自分を抱えている。だから彼女を出産しなくてはいけない。カイは今の自分
である。傷ついておまけにずぶぬれである。誰かの介護なしではやっていけない。
助けを求めている。私はあの科学的に作られたメタリックなルアーの虫とも魚とも
鳥ともいえない物体を抹消し、ドアから中に入り、パースを取ってきて、
カイを助けて次のバスに乗らなくてはならない。そして元気な赤ちゃんを産まなくては。


科学治療を続ける必要は私にはもうなくなったのである。


それは苦しいからだけでなく、自分なりにある「意味」のようなものを見つけ出した。
それは(悟り)なのかもしれない。悟りというには恐れ多いような気もするが。
つまり「分かった」からもう必要ないのである。

友人の一人に「止める」と言うと、「じゃあサンドラは・・・」となった。
彼女の言ったことは予言ではない。私にはそれが分かっていたし、サンドラに
言われたからまた続けようと思ったのではない。そして今回がまた同じように
苦しくつらかったので彼女の言ったことが当たっていなかったから、というような
理由からでもない。彼女は何を言ってもいいのである。そして当たっていても
はずれていてもいいのである。選んで彼女の言うことを聞きにいったのは私である。

選ぶのはいつも自分なのである。だれの言動のせいでもなく。

手術をすることや、抗がん剤を2回することは私の人生のブループリントに
入っていた。それだけである。私は選んでそうしたのである。
そしてこれを止めることもしかり。

私にとって全てを受け入れることが今回必要だった。全てというのは、神がかりを
求めての日本への旅や、東洋医学で育ってそれを信じてきたことや、西洋文明が
生み出した医学や科学による主に数字の上で証明されたものによる治療。

それら全部を聞くのみでなく体験しなければならなかったのだと思う。

あまりにもあふれかえっている癌に対しての本やネットによる情報。
その情報の多くは、調査や研究にもとづくものが多い。書いた本人が自己の経験を
通して科学治療を批判しているものは少なかった。私の印象は東洋医学は西洋医学を
非難し西洋医学は科学的証拠がでていないものに対して受け入れられていない。

もちろん、それも少しずつではあるけど変わりつつある本もたくさんでている。

ただどの本もそれぞれ個人の信条による勧めであるにすぎない。

私の周りの人たちの言うこともそれぞれである。
今回、このことに対して何度か「弱い立場、つまり病気になって初めて本当の友が
分かる」ようなことを書いたのだけど、それは全てのおかれる言動を含めるものである。
こういわれたからこの人は無責任な人なんだ、というものではない。
私はその言動について自分を深く学べることができた。
今度、自分の周りに弱い立場の人が現れたらどうするかがよく分かったのである。

私が得た中の大きなものは、自分の中に沸き起こる感謝の気持ちである。
たすけられる立場になって、人に頼ることを学んだ。今まで自分の直感のもとに
やりたいことをやってきたと思う。自我だらけだったのではなかろうか、とも思われる。
ヨガを学んでいると言いながら、ヨガをやりたいのは執着ではないだろうかといつも
疑問に思っていたりもした。
でも本当に動けないようになって、救いの手が差し伸べられたとき言いようもない
感謝の気持ちがあふれたのだった。それはとても満たされた幸せである。

今回前にも述べたが、ママ友たちが小さなチームを結成して週に2回食べ物を
差し入れしてくれた。交代で当番を決め、夕食のおかずや手作りのパンや、とにかく
私たち家族を助けようとこころからの行動を起こしてくれた。驚いたのは、あんまり
付き合いのない数人の人たちが遠方からも手作りの差し入れをデリバリーしてくれる
ことである。私だったらそのチームに入っただろうかと思う。それぞれに小さな子供が
あり、仕事をもつ人もあるのだ。それなのに電話をくれたり、メールをくれたりして
何か食べたいものはないか、何かできることはないかとチェックしてくれる。

私はこの人たち全ての行為にこころに涙がとまらない感謝の気持ちが沸き起こる。
そしてこの感謝の気持ちをもたらせてくれたことにまた感謝をせずにいられない。
ありがとう ありがとう ありがとう ありがとう ありがとう

みらは2度目の治療のときからかなり頻繁におもらしをして、毎晩おねしょを
するようになった。寝込んでいる私を何度もチェックしにきてくれる。
寝込んで、おまけに毛がないママを今までのように愛してくれるのだけど
きっと小さいので全てを表現できない彼女はおもらしやおねしょという形で
対処したのではないだろうか。みらの私をハグするときの目をみると、早く元気に
なってもっと楽しませてやりたいと思う。彼女の敏感さには本当にいつも驚かされる
ものがある。

それでもかなり平静を保ってくれたルカも毎日私の頭を見ては「なんではげなの?」
と聞かない日はない。はげでおっぱいがひとつなくても彼らの私への愛は変わらない
のはありがたい。

それでは西洋医学なり抗がん剤治療を否定するか。否である。

私がただもうしないことを選ぶだけであって、それはとても大きく存在し続けるだろうし
薬品会社はお金を儲け続けるだろう。医者はBusyであり続けるし、病院はいつも
人であふれているだろう。

どう治療したいのかはそのひとの信条による選択があるのみである。
どう生きたいのかが人それぞれの選択価値によるように・・・・

私は何も憎まない。非難しない。全てが私のために今の私を作っている。
全ての存在に、見えるもの、見えないものにこころから感謝したい。
そして感謝し続けたい。
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by mi-chanlucalu | 2009-12-16 03:46 | 乳がんをめぐる

2回目の抗がん剤投与からもう9日もたつ。

一粒が40ドル以上もする薬を飲んだのでかろうじて前回のようには吐かなかった
という以外は今回の症状は1回目より良くはならなった。

当日、やはり夕方あたりから動けなくなった。家のなかで洗濯をほしていると
心臓がばくばくし始めた。薬品のひとつの副作用に心臓機能障害がある。
そして横になったままその夜は吐き気と闘うことになる。うまく眠れない。
うまく眠れなくなってもう9日であるけど・・・

そしてそのまま数日はトイレに行くか、水の補給以外では殆どベッドの上でうたた寝を
してしまうか、吐き気に苦しんでいるかだった。水も飲むというよりは口を濡らすくらい
にしか取れない。動くと吐き気がするので動きたくない。動けない。
右横に長い間なっていると手術の後が痛むし、左横になると肝臓が痛い。

何も考えることができない。
一度通り過ぎたので、これもまた通り過ぎるのだと思うしかない。

もう次の日にはつめにでかかっていた黒いものがすごく濃い黒になっていて
まるで油性のペンで何かを書いたけどなかなかそのインクが取れない状態
のように見える。それが親指がひどいだけど、もう今では他の指にもある。

つめは健康状態を表す。肝臓が弱っている。

お風呂には極力入らないようにした。エネルギーを使うことはなるだけ避けた。
ただエネルギーが貯まることもないみたいだ。だから回復が遅い。

上の毛も下の毛も抜け続ける。
一揆になくなってくれれば楽なのに犬のようにタオルで拭けば大量に
抜ける といった状態。下の毛が抜けるのを見るとなんだかかわいそうに
なる。毛がふさふさしているのはなんて素敵なことなんだろうと思う。

肝臓が痛い。

ある日の朝方 夢をみた。
夢なんてあんまりみないし、ましてみても覚えていることなんてないようになって
何年にもなるのに。

《 私は妊娠していてもう臨月で後10日くらいで予定日だった。お腹にいるのは女
  の子で、その日はママ友たちと買いものをしている。 ベビー用品や婦人服とか
  色々あるお店のようだ。私は新生児のおむつを買わないと、と思っている。
  それを探しながら、まだ新生児用の服さえ用意していなかったのを思い出す。
  どうしてちゃんと買っておかなかったのだろうと不思議に思いながら店を歩いている。 
  店のなかはなんか薄暗い。セクションからセクションへ移る廊下のようなところで
  おじさん二人がおもちゃのチップのようなものでゴルフのチッピングのゲームの
  ようなものをしている。そこで誰かがたくさんのチョコでできたチップを投げ捨てて
  「はい、これがチョコレートチップ」などとくだらい冗談をいっていた。おじさんの
  一人は私の父親かもしれない。外に出るとバスがもうバス停のすぐそばに来ている
  ので走るのだけど、自分がパースをもっていないことに気がつく。店にもどる。
  店の入り口はなぜかオフィスの入り口のようにシンプルでくろっっぽいガラスのドア
  である。入ろうと歩いているとカイがやってくる。彼はずぶぬれで血まで流している。
  犬は普通濡れたらシェイクするので毛がぶわっとなるのに彼はおもいっきり水を
  かけられたか、泳いだ後そのままのように身体の毛中に水をふくませ、水がどこ
  からか流れている血と一緒に滴っている。血は大量ではない。とりあえずカイに
  待つようにコマンドする。バスに乗り過ごし、カイのそんな状態を見て焦ってきた
  のか気分が落ち着かない。ドアの前に来たとき、ドアの前にキラキラした鋼鉄で
  できた魚の形のような15cmくらいの大きさで、何枚かの羽がありそれが
  かなり早いスピードで回っていて、ちょうど私の顔の高さで飛んでいる。そして
  そのフィッシングルアーのような物体は私を攻撃するので、私は中へ入れない。
  入らないと財布はないから家へ帰れない。何度も入ろうとするのだけど、その
  物体は私だけを攻撃するために作られているように、ひつこく飛び回っている。》

夢がさめたとき、私はなんともいえない暗い気もちになった。
どうしてよりによってこんな夢だけはっきり覚えているんだろう、と。

・・・・・つづく(もうエネルギー切れで書きたいけど書けない)
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by mi-chanlucalu | 2009-12-15 08:20 | 乳がんをめぐる

祝福

今日は色々と人と会う日だった。

朝にヘアカットをして、その後犬の散歩をしたいという人が
やってきてカイの説明をしたりした。
一緒に散歩へ行きたかったのだけど、子供をつれてだと時間がかかるので
パパに連れていってもらう。
彼はママ友を通じての日本人の男子生徒なのだけど、犬が好きなんだけど
犬を飼ったことのないらしいのだけど、まあありがたい申し出、である。

人と会う最後は私の長年の鍼灸の先生の案で希望者を集めて
みんなで瞑想をすること。これは今日が初めてで、なんと私のために
光=エネルギーを送る瞑想だった。

輪になった人の真ん中に私は座って、約30分くらいだったのだけど
とても安らかな気持ちのいい瞑想ができ、すごーく癒された。
愛が私を通し地球に送られていくビジョンのようなものがあった。

おかげで今も元気。あんまり疲れを感じない。

あああ、本当にありがたい。

右胸を全摘し、今は髪の毛さえなくなったけれど、こころのなかは祝福された
幸せいっぱいの私がいる。

手術して、さらに抗がん剤をして、フィジカルなものを喪失して、本当に身体というのは
車のようであり、衣のようであると思う。

何かをなくすと必ず何かを得るということを身をもって体得している。

今は執着という観念を深い部分で理解することができる。

そして自分の愛がもっと深くなっていると感じることができる。

Omnamahashibaya
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by mi-chanlucalu | 2009-12-05 13:30 | 乳がんをめぐる

断髪 その3 と ウイッグ購入

子供たちがプレスクールのあいだに
頼んでいたかつらのヘアカットをしてきた。

けっきょくはがんセンターの一角のお店でかなり自分の色に近い髪の
ちょっと長めのヘアーのかつらにした。

そしてそこでそのウイッグをちょっとカットしてもらい
自分の五部刈り頭ももっと最短までクリッパーでガードなしで
カットしてもらった。このお店でかつらを購入するとそういうこと
全部が無料サービスなのだ。

子供たちの反応・・・
みらはうれしそうだった。ルカは自分のことで忙しくであんまりコメントが
なかったけど、家に帰ってかつらを取ると大笑いしていた。

つるっぱげまで後少しや。

さすがにここまでになると頭が寒いので家の中でも帽子は手放せない。

ウイッグは一日中かぶれるほど気持ちのいいものでないので
外出のときのみに限られると思う。

友人2人からのウイッグの反応もグッドだったので気分よし。

人生最大の口内炎は痛いけど、週末でパパも明日はいるし
楽しくすごしたい。
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by mi-chanlucalu | 2009-12-04 15:16 | 乳がんをめぐる