カテゴリ:乳がんをめぐる( 84 )

とりあえずは…

朝から雨の土曜日。
予定は特に夕方までない。

バナナがいっぱい熟れ熟れだったので子供のおやつのバナナブレッドを
焼いてる間に自分勝手レシピでRawのBliss ballを作る。
Datesを水に浸し、カシューナッツをフープロにかけて生チョコパウダー、生ココナッツとそのオイル、生ヘンプシード、擦り亜麻仁などあるものを適当に混ぜてが~と回す。それを小さくボールにして、ココナッツをまぶして出来上がり。冷蔵庫で保存。砂糖なしで栄養たっぷりのトリートは子供もすきだし、私もちょっとチョコが食べたくなったときに便利。
こうやって適当にクリエイトするのん楽しい。
でも…
キッチンに長いこと立ってると色々な箇所が痛み始める。じわじわと。
自分用の椅子で休憩。そうそう!Biomatを購入!椅子のうえにミニのマットをおいていつでも治療。
子供が調子悪い時も使えるし買ってよかった。このマットはアメリカ、日本、韓国では医療器具として認められている。お試しで使ってみてすごくよかったので買うことにした。大きいサイズのと枕は直接送られて来るそうだが、これがハワイから!なんかハワイとは何かと縁がある年だ。

さて、取り敢えず今年は放射線を受けない決心をした。3年前に抗がん剤したときもこも時期だったし、鍼治療でここまで歩けるんだからちょっとひび入ってるのも自然治癒するんだろうし、遠赤外線サウナとBiomatが今のところの放射線の代わりの副作用なしの治療ということで経過観察しよう。

骨盤からは放射線をしてもいいよという答えはなかったけど、その代わりに毎日愛を送ることにした。
どこでも痛みのあるところにはつねに愛を送る。

今までありがとう!

大麻オイルを諦めたわけじゃない。現在は夜だけ取っている。でもそのうちまたもっと少量から始めると思う。昨日は栽培してるところを観察、栽培者にもあってきた。この植物の効用が近い将来きっともっと日の目を浴びて、抗がん剤の代わりになることと信じている。

最近、丸山ワクチンを学び、40年たっても未だ治験中と知り、本当に安価で効くものは政府から認められないんだな~と確信。Laetrile(アミダグリン) セラピー、大麻、ビタミンC点滴などなどの安全な治療は何十年たっても製薬会社と政府の陰謀(もちろんお金のため)によって保険対象にならない。弱い立場の患者で経済的に苦しいひとは選択の余地がないのが現状だ。もちろん、少しづつではあるけど人々の意識が変わってきているからきっと将来の癌治療も変わる日がくるだろう。

雨は無情に降り続いている。
ま、それもよし。
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by mi-chanlucalu | 2012-12-01 06:42 | 乳がんをめぐる

放射線医師と会う

もうすぐ11月も終わりだぁ~

世間一般、とくに子どもはクリスマスムード満々。
せめて子どものサンタさんからのプレゼントの手配だけはしないとなぁ~と思いつつ時間だけが無情にすぎていく。
私は今日ちょっとサプリメントを買いに言っただけで痛みと疲れがでてしまうので、人の多いところへ買い物は無理だろうなあと考えてしまう。オンラインに頼るしかないかな。

さて、昨日は主治医と放射線医に会ってきた。
主治医にあの癌専門医を代えて欲しいと要求、その他ソーシャルアシスタントのことを手配してもらうように話した。
こういう事務的手配のようなものも脳が朦朧としていたときは無理があったのでなんとかやっとできたって感じ。

放射線科のドクターに会う前には日本人医師で放射線の専門医である近藤誠さんの本を読んだりオンラインで放射線のことを再度勉強してから行ったので、彼女(ドクター)がプランしていた私のひびの入っている骨盤あたりだけを8グレイ1回でやってみるというのは通常治療である。近藤誠さんの「患者よ、がんと闘うな」のなかで放射線の長所短所を指摘しているなかで日本にいる放射線の治療はあまり放射線の知識のある医師が少ないので、悲惨なことが起こるそうだ。そこに照射の量をちゃんと説明してあるところがあり、放射線もしっかりした知識をもって使えばちゃんとした治療効果が得られるらしい。

からだ全身に照射すると6グレイで死亡するというのに部分だから8グレイでも大丈夫で、他の選択として2グレイを15回とか3グレイを10回とかというのもあるらしけど、効果はどれも同じだそうだ。何度もセンターに足を運ぶ面倒を思えば効果が同じならドクターのプランしている8グレイ一回でと私も思うのだが、実際即答は出来ず、
今だに考え中である。

放射線をあてようといわれている部分は左の骨盤、ソケイ部で実はそのあたりの足の付け根のリンパに数週間前からしこりができていることは針灸師しか知らない。なんとなく医師たちに言うのがおっくうなのだ。「ほら、ちゃんと(西洋医学で)治療しないから」とか思われるんだろうし、とにかくもう癌はあるのだから他にあってもまあ仕方ないからわざわざチェックしなくてもと言う気持ちが強い。鍼灸師はこれは癌じゃないよ。と言ってくれているし、とにかくくよくよ心配しないことが私のモットーなので今までよしとしてきた。 ただ放射線をあてればこれも無くなるかも?なんて最近考えたりしてこころは傾き始めているのは確かだ。

これを読んでいる人は「じゃあさっさとしなよ。骨折する前に」とか思ってしまうかもしれないけど、私が躊躇しているひとつの理由は怖いのだ。人間が放射線をあてられる全体量も決まっているし、原発のこともあるし、そいういう怖い治療しかないのだろうか?私はゾメタの副作用があったとはいえ、1回でやめたいとも言ってないのになぜかうまくコミュニケーションが不可能な私の癌医師は2度目を中止したので、とにかくもう一度やりたいと言ったのに次のアポの連絡もないままだ。次は多分12月になるのだろう。

最近やっと食欲もかなり普通に戻ったものの、大麻オイルをとらなければ夜はまだ眠れない。
ちょっと治療スランプ。他の計画はあるし、今までやっている温熱、サプリメントは続けているものの痛みをとってもっと歩きやすいからだに戻すことが先決だと思う。振り返ってみると何人もの人が治ったといわれる大麻オイルをとって「治そう」と気合が入りすぎていたのではと感じている。

最近いきあたったブログで「寛解」ということばを習った。がん細胞はだれのからだのなかにもある。でも常に免疫細胞がそれを殺している。だからそれが腫瘍になるかは人それぞれの環境やその他ストレス、食生活などもろもろの条件がそろわなくてはならない。そして転移した癌の完治は難しい。でもからだの中に検査で認められる癌があってもその癌があばれなくて普通に生活が可能な状態を保てること、つまり「共存」状態を寛解というらしい。
私は寛解に向かいたい。できれば手荒な治療は避けたい。10年後にその治療をしたために他の癌になりたくない。

癌細胞にたずねる。
あなたをつくってしまってごめんなさい。
あなたのおかげで本当にたくさんのこを学びました。
でも痛くて生活できないのは困るんです。
放射線をあててもいいですか?
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by mi-chanlucalu | 2012-11-28 07:47 | 乳がんをめぐる

過去2ヶ月間総まとめ

朝から太陽がでているだけでこんなに気持ちがいいものかと思う。
朝日を浴びながらブログ更新。

過去2ヶ月間、私はマリファナオイルの治療のために生きていたようなものだったといえる。
もちろん、週2回の鍼灸治療と温熱治療、そして初のゾメタ点滴などまとめると色々やってきた。
多分、
10月はまだよかったと思う。大麻オイルの量もそんなに増やさずにまあなんとか摂取を続けてきた。痛みはいろんなところにあり、とくに首や腰がかなり痛い日が多く、それでもとくにきつい痛み止めをとらずにすごしてきた。
実際いまだにこちらのドクターに痛み止めを処方してもらってない。意地を張っているわけでなくリラックスしていればそんなに痛くないので寝てばかりいた。必要最低限のできる家事をこなして、少し頭がクリアなときはオイルをどうとればいいのか検索しいていた。

過去4週間くらいは何かと悲惨な状態が毎週おこることになった。

まず10月下旬にゾメタの点滴。これで副作用の模範生ともいえる症状がでて点滴の次の日の朝5時から悪寒、からだの痛み、発熱とこの日はベッドから起き上がれなかった。9時になって友人がヘルプに来たときには子どもたちはまだ朝食さえ食べておらず、友人がシリアルを食べさせランチを作ってなんとか学校へ送っていってくれた。点滴した当日は何にも起こらなかったのでまったくのサプライズだった。幸い次の日には起きて少しは食べれるくらいにはなったけどこの日は朝から晩までトイレにさえたたなかった。

11月に一緒に大麻オイルのことを調べてくれている親友のNさんと「Run from the cure」からリックシンプソンのやり方で大麻オイルを少し作ってみた。乾燥させた大麻購入し、かなり簡単にできたので感動。
そしてこれをとり始める。一日1gをとるにはどうしたいいのかいつも思考錯誤だった。私のからだはなかなかこれに慣れず、少量でものすごく眠くなり本当にいつも眠ってばかりいた。眠っていないときもぼーっとして無口な日々が続いた。それは終わりのないトンネルのように暗く延々と続いた。というのもからだの痛みが緩和されるわけでもなく、他の人の経験のように何か変わったことが自分は起こらなかったからだ。
夜寝る前にとる量は朝やお昼より増やしていた。そしてある日それを0.1g増やした。

それがかなり悲惨な結果になった。

次の朝は吐き気と今まで経験のないめまいが起こった。吐き気は吐くもののないのにげーげーいうだけの苦しいタイプのものでやっと出た少量の液体は緑だった。週末だったのでかろうじてベッドのうえでスピーカーフォーンにしてNさんにヘルプを求めた。あんまり後のことは覚えていない。ただそのご3日くらいしんどくて食欲ももどらなかった。そしてその3日間はまったく大麻オイルをとらなかった。

こんなことで諦めてはいけないと思いなおし、3日目の夜はオイルを少量とって寝た。

また検索の日々。このオイルで癌や難病を治しているグループサイトにいって(オンライン)自分の状況といったいどうやったらこのオイルに慣れて1gをとれるのか聞いてみた。今回は前回よりもちょっとやくに立つ答えがあり
それを試し始めた。カプセルにこのエッセンシャルオイルとヘンプシードオイルを入れて少量を1日4回取るというもの。さっそくベジタブルカプセルを買ってきて自分のタブレットを作り、気を取り直しオイル治療を始めた。

これも4,5日はうまくいっていた。

4時間ごとにとるという方法だったので朝、昼、夕、晩と時間を決めとっていた。朝と昼のオイルの効用はまあそんなにきつくなったけど3,4日めくらいから3度目のオイルがなんせかなり効くのでもう6時くらいに寝たくなる。
横になって楽にしとかないとかなりうまくファンクションしないので困った。
そしてある日まだ夕方のオイルががんがんにからだに効いているときに時間だし4度目のオイルをとろうと手にしたとたん吐き気がしておもいっきり夕食を戻してしまった。このダメージがかなり大きくこれから今にいたるまで食欲が落ち続ける。食べたいものといえば麺で自分が禁止していたインスタントラーメンが異常に食べたくなる。
抗がん剤のとき1週間飲まず食わずが続いた後もいわゆるジャンクフードばかり食べたくなった。

緑の液体を吐いてからはなんかフレッシュでエネルギーが強い食べ物を受け付けなかったのが続いていたのにさらにダメージがひどくなり、かろうじて何かを口にしているような日々が続いた。友人にカップめんとかを買ってきてもらった。そして不思議とそういうものはするすると食べれた。からだの要求に応えるのが精一杯だった。

そして弱っている胃腸は週2回の鍼灸で助けてもらっていた。そんなある朝突然、歩けなくなった。

左の骨盤に異常な痛みが走り左足を前にだすだけ、足を少しでも斜めにすると激痛が走り、立つときも歩くときもサポートがないと全く無理。トイレに座るのも苦痛で、あまりの痛みでおいおい泣きながら階段を下りた朝もあった。トイレに座ろうとするけど痛くでできないので、おもいっきり「ありがとう!」を繰り返しさすりさすりながらやっと便座に腰を下ろせたときもあった。3回の鍼灸治療と温熱治療、自分でやるびわ温灸で今は一人で歩けるようになりもうこれだけでありがたいと思える。1週間くらいだったけど、このままどんどんひどくなって車椅子になるのではという不安も少し頭をよぎった。この1週間は車さえ運転できず身体障害者の人の気持ちがひしひしとわかった。

実際まだうまく歩けないときに2回目のゾメタだったので病院では車椅子がだされた。そこで涙がとまらず、ゾメタの副作用の件を話すと私の癌専門医はこの日ゾメタをせずに骨盤のXrayをするように指示した。そのときは精神的に参っていたのでもう何でもいい、って気持ちでそれを受けてゾメタをせずに帰った。

先週癌センターでドクターと話し合いがあり、痛みを軽減するために放射線をもう一度考えたらどうかということ、抗がん剤と分子標的科学治療であるハーセプチンをやってみないかということ(私の癌のタイプはHer2陽性といってあんまり予後が良くない。でもこれを受けるとかなり効果がある)副作用が今回のは前回と違ってすごく少なく、そしてもしそれでもひどい副作用がでればやめたり、薬を減らしたりしたらどうか、ということなどを話してくれた。行き詰っていた大麻オイル治療とタイミングよく起こった骨盤のひどさと重なりこのがんセンターからの専門医の話しは心に少し残った。今回は担当の医師と話す前に女医さんが話しをしにきた。彼女の言い方はまとをえたところがあった。担当医は何かと「高い治療が保険カバーでできるんだから」と費用のことをもちだすのでうんざりしていたけどこの女医さんの言うように「あなたのがんは自分でどうなっていると思う?よくなってる?保っている?悪くなってる?」と聞かれた時にははっきり行って 応えられなかった。そして「今だったらまだ治療できる。でももっと弱ってしまったら治療さえ出来ないのよ」と。確かに。私は意地を張っているだろうか?西洋医学を拒み続けたためにもしかしたら良くなるチャンスをみすみす捨てているんだろうか?

というのは悪くなっているような気もするからだ。だいたい痛みは増えていた。たった3ヶ月前に比べても。

もちろん前回の癌センターの訪問より3kg体重が落ちていたのはいけなかった。ドクターにはマリファナオイルで吐いたとは言えなかったけど。

昨日も朝から太陽がでていたし、気分もよかったのでこれもあれもしたいと思っていたけど、子どもをクラフトフェアーに連れて行っただけでものすごく疲れてしまった。食欲もいまいちもどらず、いったいなにを食べれば元気になるのかとやりきれない気持ちが続いていた。何を食べてもおいしいと思えなく食べたいものもあんまりうかんでこなかった。健康的な食べ物は今でもあんまり食べようと思えないのが現状だけどきっとそのうち食べれるようになると思ってあんまり気にしないようにしている。マリファナオイルを中断してから夜眠れなくなってしまったので寝不足で食欲も落ちているかもしれない。にしてもあの緑の液体を吐いてからは生野菜はもちろん、あんまり野菜を口にしたいと思えない日々が続く。

たくさんの人に助けられた。そして今もそれは続いている。たくさん涙を流した。私それは必要だった。

これからどうするか。リセットのときなのだろうか。
2日前から夜だけ少量の大麻オイルをとり始め、さすがにやっとまとめて5、6時間以上眠れた。
あんなめにあってもオイルはとれる。抗がん剤に比べたらあのダメージはまだましといえるからかもしれない。
癌にはこれというち治療はない。マリファナオイルの治療もまだ全然一般的ではなくやっている人たちも全くの試行錯誤である。

ただここ数日からだが楽になってはいる。ものすごく微細なのだが、ベッドから起き上がるときの首の痛さとかが少し軽減して起き上がれ安くなっているようだ。寝に入るときも以前ほどの痛みを感じずに横になることもできる。これは鍼灸の効果なのかゾメタの効用なのか最近買ったマグネシウムのお風呂のせいなのか、今借りて試しているBioMatのせいなのか全く分からないけど・・・。

子どもたちは私が歩けるようになりかつマリファナオイルをお昼とってなので意識があるのが元気なったように思えるようで喜んでいる。私も治療のためだけに生きるのには疲れたのでこれからどうするかを考える時期に入っていると感じている。
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by mi-chanlucalu | 2012-11-25 03:34 | 乳がんをめぐる

痛みが教えてくれることと私の治療

ルカがボブマーリーの「Legend」をかなり気に入っていて
日曜の朝なんだけど、またそれがかかっている。パパが好きな音楽
で、私も好きだし、とにかく子どもたちとそのときの状況に応じていつも
音楽をかけておきたいと思うので、歓迎。
みらは私の好きなモーツアルトも気に入っていてこれもよくかかってる。

子どもたちも学校に慣れてきていて、とくにみらは「ちゃんとする」のが
好きみたいなのでことはスムースにいっている。

いろんな意味でかなり世界観が変わってしまった私にとって彼らが
アカデミックなことができようが、できまいがとにかく嫌な思いをして
いなければ学校であろうが、家で勉強しようがどっちでもいい。

「痛み」はもうながいこと全身にあって、医療大麻は痛み止めでなく
毎日ヘンプオイルをとっていても「痛み」を感じずに暮らすことが
できていないのが現状だ。

もうこれが私だから「身体障害者用」の車につけるプレートでもとって
色々この今の私に合うように生活していかないとつらくなるばかり
なんじゃないかと思うときもある。

首、背中、腰、骨盤、手術の後などあげだしたらかなりきりがないほど
の部分がそれぞれに痛いのは、痛みを支えようとするほかの部分に
影響して筋肉が硬くなり、痛みが増える。
こんないだは右の腰が異常なまでに痛み、歩くのが困難だった。
杖が要るなぁ・・・と思っていた。

でも他の人のようにモルヒネや強い痛み止めをとろうとは思っていない。

痛みの質や、度合いを観察することが私にとってのある意味での
治療である。よっぽどからだがひどくなると持っている痛み止めを
使うのだけど、ほとんど全身を楽にしてくれるのはない。

最近、中古で遠赤外線のドームサウナを買った。2000ドル以上する
ものなのに、うまく600ドルで購入できたのでよかった。
温熱で痛みがどれだけ軽減するかを調べている。
汗が30分はいっているとかなりでて気持ちいい。

週一回の鍼灸治療と家で自分でやるびわの葉温灸や内鍼治療はもちろん
煎じて作るEssiacやFloessenceも欠かさないようにして
いる。

こないだビタミンCの点滴に行ったら、Naturopathのドクター自ら点滴
してくれようとして3回針を入れて失敗に終わり、結局2時間も無駄にして
何もせずに帰ってきた。とほほだよ。この治療には縁がないのかなぁと
思い始めてる。

大麻オイルの方は昼にとる量を加減しないと、かなり意識の世界を旅
することになるので調整している。夜寝る2時間くらい前にとる量は
増えてきてるのに朝なんとか起きられるのでこれはありがたい。

痛みが全然なかったころがほんの1年くらい前なのに、もう長いこと
痛みだらけで暮らしているようだ。
人が腰を曲げる姿をみただけで痛くないのかと思うほどに腰の方の
痛みは激しくて、私にできることは「できないことをしないこと」である
分、できることが少ない生活のなかではかなり静かな日々が続いている。

「治す」ことと「子どものとの時間」のほかにあまり興味があるものが
なく、朝起きてベッドにふちに座り「今朝も寝ているあいだに死なずに生きて
起きた。さて、痛みはどんな具合だろう。歩けるかな?」と始まる。

月曜から金曜は子どものランチを作り朝食を食べさせ学校へ送る。
子どもより早く歩けなくなったので本当は早めに家をでるべきなのに
いつも遅刻。でも気にしない。参加しているからそれに意味がある。

学校へ行くひとつのメリットは朝否が応でも外へでてフレッシュな空気に
ふれれること。家にいると分かっていてもすぐに寒い外へはでない。
新しい朝の空気はやっぱり気持ちいい。

痛みが全くなくなるときがくる。それは「死」かもしれない。
でも、どうしてもそれより先になくなるんじゃないか思ってしまう。
以前のように重いものを腰を使って持ち上げたり、子どもとトランポリン
を飛んだり、出来る日がきっとくると信じる。
でも、それまで痛みは私にありとあらゆることを教えてくれている。

どこの筋肉を使うと痛いとかは当たり前のことなんだけど、こうしたから
ここが痛いとか、だからこれはがんの痛みからじゃなくてとか
痛いから「がんがある意識」もあるから治療に熱も入るわけだし。

すべては授けられているからありがたいと思って学びを得ていく。
もっともっとひどい状況の人だってたくさんいるんだ。
痛いけど、笑えるし食べれるし。

水曜にはがん専門医に会いに行く。
ちょっと他の治療が増えるかもしれない。
がんセンターに行ったら、掃除とか犬の散歩のヘルプもでるし
使えるものはありがたく使わせてもらおう。

がんになったことで本当に深いところまで知ることになる。
周りの人の反応で、その人たちがどういう人なのかも
ものすごく分かる。本当にものすごく。
あの人はヘルプしてくれるからよい人というような単純な
ことでなく、もっと深いところでなんだけど、何を考えて
どんな風に過ごしているかっていうようなことなんだけどね。

ま、とにかく私は今のところなんとか生きてる。
がんがあろうが、痛かろうが。

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佐賀のある夕暮れ

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佐賀のある朝日

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姫路でのお寺から見えた月
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by mi-chanlucalu | 2012-09-23 01:43 | 乳がんをめぐる

ヘンプワールドとこれからの生活

1週間前にヘンプオイルをもらった。
これがRick Simpsonとまったく同じかどうかがは定かではない。
でもヘンプというものに慣れるためにものすごく少量をとっている。

これをとるととにかく眠い。

夜に主にとるんだけど、朝まで全くトイレにさえ起きることなく眠れる。
昼まにとると、かなり頭がアルファ波なので運転などは危ないような気がする。
潜在意識がからだに必要な眠りをとろうと指示しているかのごとく昼間でも
寝ようと思えばすぐ眠れる。

先週からとにかくたくさんの人に会った。
友達の友達の友達のヘンプ、マリファナ、大麻となんでもいいんだけど
その植物にものすごく詳しい人に彼女(ヘンプ)のことをしゃべらせると止まらないようだった。

亡き彼のステップブラザーからは、いったいこの植物にまつわる人たちっていうのは
どうなっているのか、みたいな事実とかも聞いたり、もちろん自分でもネットで調べたり
10日くらいのうちにかなり詳しく(まだまだなんだけど)なったような気がする。

実際、人体実験をしていて眠いだけでない体験もある。
アンドリューワイルの本には、LSDは全くみんな同じところに意識がいくのだけど
マリファナは人それぞれ違うというのを読んでいたし、そう聞いてもいたので
いったい自分の意識はどこにいきたいのか、みたいなのを経過観察中なのだ。

私がやっている治療は全く多分一日中なんだろうけど、
からだにとるサプリメントは数々あるうちのひとつに自然のもので
アンズの種がある。これはネットでオーダーしたオーガニックの生の種で
とにかく苦い。アミダグリン、またはLaetrileががん細胞にはよくない。
正常細胞には全く危害を加えない代物だ。

100年位前にこのLaetrile治療をしていた医者がこの成分はFDA認可していない
という、でもがん患者が治っているからというひと悶着があった。
結局、この件は書類がやみに葬られたまま、とくに今だに効用ながん治療として
日の目をみていない。一握りの大金持ちのために大きな製薬会社が薬にできない
自然のものを認めない、またはマリファナのようにがんをCureするものは寛大されない。

大金持ちの人たちは人々が無料ものを手に入れられては困るのだ。
とにかく医学会だけをとれば、癌は世界的に大きなビジネスなので人々を洗脳し続け
なければならない。手術、抗がん剤、放射線をやらないと治らないと思わせ続け
なければ、自然療法ごときで治っては困るのだ。

ヘンプワールドにも、とくに医療的にヘンプを使って人を助けようとする人を
私はあまり知らない。だからRick Simpsonのような「人を信じないで自分で治せ」と
いうメッセージを送り続け、どうやってそのオイルを作るのをネットで紹介しているから
こそ、私は彼を信じ、このオイルを作る予定だ。

日本のたびから戻り1ヶ月以上たち、からだの痛みは消えていないけど、最近は
「活力」のようなもの、やる気が少しでてきている。
痛くても諦めないで、とにかく何かできることがしたいと思えるようになってきた。

一日一日をやりこなしている毎日は変わらないけど、将来の目標もかなりはっきり
してきた。もし私に将来というものが与えられているのなら。



      **************


8月最後の日。
なかなか決心ができず、どうしようかと頭の隅で考えていたことがかたちをとったのは
子どもたちを前の学校へ戻すこと。

何日か前のある日、どうしてそんなにエネルギーがあったのか、エネルギーというより
何かに動かされていたのだろうとは思うのだけど、3人の校長に会った。
そしてその後人と話しをしたり、子どもにどうしたいのかを最終的として尋ねたり
自分も静かに考えをまとめてみたりしているうちに、それが今はベストなんだろうと
思えた。

ある意味において、こういう教育がいいとか、あっちの先生がいいとか色々めぐっていた
のだけど、やっぱりすべては子どもの中にあるような気がする。
この件においては、みらとるかのパパもきっとそれがいいと言っているのがわかるし、
(実際言っていたし)自分の中にあるこだわりとかエゴを手放せば楽になれる
ことはいっぱいあって、これがそのひとつなんだろうなあと思った。

人によると、この学校はがらが悪いみたいな理由で違う学校へ入れたりもするんだけど
結局、そういう人たちからどう影響を受けるかも学びなのだ。もしちょっと好きになれない
先生にあたっても、個人個人がそれでどう成長していくかをちゃんと私たち親が見守って
いれば、そして無償の愛を与え続けていればなんら大変なことにはならないものなのだ。

私にとって彼らがちゃんと読み書きを学ぶのは重要ではない。でもサマーキャンプに
参加して、全く知らない子たちのなかで楽しみを見つけながらちゃんと行っていた彼らを
見て、子供たちのなかで学ぶのはきっと「自然」なことで、彼らもそれを欲していると
感じた。そして、朝ちょっと早めに起きるのは今の私には大変でも、何とかランチを
つくり彼らを送りだせたので、まあ、なんとかなるだろうと思えた。

彼らの存在と成長をみることが今の私のほとんど全てを支えていると言っても過言で
ないくらいだ。だから強くがんを治したいと思う。

学校へ戻す理由はこまごまといろいろある。人間は複雑体なのだ。
彼らが行っているあいだに自分の治療に集中できるのもそのひとつだ。

どこかへ向かって流れている。
私たち3人に新しい9月がもうすぐ始まる。
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by mi-chanlucalu | 2012-08-31 02:39 | 乳がんをめぐる

Run from the cure

まだまだしんどい日々は続いています。少しリフトできたと思ってもたくさんはできない。
痛みを支えている疲れたからだが時間をかけて戻ろうとしているのは分かるんだけど無理をしないように・・・。
例えば、昨日は子供と犬連れて公園、ベンチでぐーって眠ってしまう。でもひとつできることが増えた。
今朝は一人でグローサリーへ。 家に戻るとへとへとなので足湯。って感じに一進一退してます。

Facebookにも載せたけど、このビデオは私に新たな光を(持っていた光を)強くさせました。

http://www.youtube.com/watch?v=0psJhQHk_GI 

よかったらどうぞ。英語のみです。
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by mi-chanlucalu | 2012-08-10 03:16 | 乳がんをめぐる

痛すぎるし、暑すぎることについて

日本の後3日の今日、
朝からお日様をみるのは久しぶりなんだけど、いきなり6時から暑い。
爽やかなビクトリアのような暑さでなく、容赦ない湿気を含んだ重苦しい空気で目を覚ますのだ。
そのうえ、昨日から恥骨の激痛に悩まされ、処方されている座薬は効かない。うまく眠れなくなって数日。はやく自分の家に戻りたい。

妹に勧められロキソニンという市販では一番効くといわれる鎮痛剤を飲み、エアコンを除湿にして特にどこにも行かずに、掃除機をかけたり、色々料理をしたりして残りの日々をこなしている。

精米機があって、いつもぬかが余っているのでヌカクッキーを何度も作ったり、豆腐でアイスクリームを作ったりするのはやっぱり楽しい。夕食を妹家族に作って喜ばれるのも嬉しい。

ただ痛みは、恥骨だけでなく腰や肋骨などの転移箇所そこらじゅうにあり、痛みをかばうための動きによって他の筋肉も痛くなってしまうという悪循環も続いている。なんせ痛みと暑さのために、かなりの思考能力を奪われた日々が続いているので「残りの滞在を楽しむ」というより「なんとかこれ以上酷くならないように安静に、帰国日の長旅の為にエネルギーをためる」毎日で、今朝も起きた途端ルカが「ママァ、あとみっつ」(3日のこと) と言って、みらは拍手していた。私も同感で、ビクトリアに戻れば痛みを緩和できる鍼灸師もいるし、エアコンなくても過ごせる。

今、子供たちは外のプールで隣の子たちと遊んでおり、妹家族は出掛けていてかなり静かな家の中、
エアコンとロキソニンのおかげで少し楽になって、脳がちょっと機能し始めたのでこれを書いている。

痛みと暑さの以外にみらとルカが咳と鼻水があり、かなり帰る日のことに関してネガティブになっていたけど、まあロキソニンと子供用酔い止めとiPadと機内のDVDがあればなんとかなるだろう。

子供が咳と鼻水あるのにプール入れてる? いやいや、本当に暑いのよ。きっとカナダにいる人にはわからないだろうけど。
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by mi-chanlucalu | 2012-07-15 14:46 | 乳がんをめぐる

今度は北へ

佐賀から戻り、一度だけの神戸でビタミンCの点滴を受けた。この時はものすごく点滴の後しんどくなってしまった。乾クリニックの医者にはゾメタの点滴を勧められた。骨粗しょう症のひとのための薬剤で、癌性骨折を防ぐためらしい。結局それに行くのをためらったまま保留にし、今は長野は安曇野にある妹家族のログハウスにいる。

ここはやっぱり涼しく過ごしやすい。山に囲まれ木が多いとこんなにも気分がほっとする。名古屋からの特急で見える景色は佐賀へ行く時のような工場地帯もなく私はただぼーっと景色を眺めたり子供と名古屋で買ったおにぎりを食べたりして旅行気分を満喫していた。

雨は降っているものの湿気の少なさがありがたい。関西エリアでは何度かあまりの空気の重さに脳さえうまく動かず、物事がちゃんと考えられなかった時が何度かあった。例えばどれだけパッキングしてどこへ何日行こうとかの計画を立てようとしても上手くいかない。

それでも一夜眠れば何とかなり新幹線と特急を乗り継いで安曇野に来たのは間違いでなかった。妹の家には温泉を引いてるお風呂があるので汗出しディトックスをしているし、子供たちは歳の近いいとこと延々と遊ぶのでこちらも嬉しくなる。 三年前ここへ四人で来た時はそれぞれに子供たちは小さく上手く遊べる歳じゃなかったけど今はとてもいい感じなのでご機嫌なのである。

おたまじゃくしや色んなな虫に子供たちは大はしゃぎだし、みらはいつもカエルを捕まえては逃がしたり、昨日は歩いていける足湯を三人で楽しんだ。

今朝は昨日から降り続けている雨が止まないままの終末。さてみんなで何をしようか…


もし日本に住むならこの辺りだったら住んでもいいと思える。
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by mi-chanlucalu | 2012-07-07 07:03 | 乳がんをめぐる

再会と家について

子供との再会に、ただ言葉のない涙が溢れたのはもう2日前の午後。
あの瞬間の子供たちの表情は一生忘れないだろう。彼らはあのとき自分の気持ちを上手く表現する言葉が見つからないようだった。ただただ「まま、ひさしぶり」(みら) 「まま、だいすき」(二人とも)
を繰り返していた。彼らの顔には今まで見たことない色んな気持ちが混じったものがあって、でもまだやっぱり小さいのでそれが精一杯で本当の複雑な心境をうまくは表せないでいるようだった。駅から妹の家までの車中は殆ど無言で、時折私の腕をハグしたり、頭や頬をすり寄せたり「まま、だいすき」を繰り返したりしていた。
私たちはその時再び会えたことだけを感じていたと思う。過去とか未来とかを全く考えない瞬間を三人で共有していた。そこには「何をしていたの?」とか「どうだった?」とか「これかどうするの?」
というような大人が絶対するような(会話)は全く入る余地がなく(会えた)ことだけがあった。

今はまだ退院して2日なのだけど、しみじみと入院していないっていいなあとありがたさを感じながらいる。ここは例えば仮住まいでも、あんなに始めは快適に思えた入院生活よりくつろげるのだ。子供たちのご飯やお風呂や洗い物をすることも、ちゃんとした食事が時間にでて来なくて自分で作るのも楽しいのだ。

入院していたことは、確かにたくさんのプラスだった。でも私のような癌という症状は多分、短期入院ではそんなに大きく何かが変わることはないんだろうと思う。もちろん、そんなことは全く分かっていたので大きな期待はなかった。ただどんな形で入院しても、入院していていること自体がやはり受け身なのだ。癌のような症状を治すには本人が治療に積極的に参加しないと(というより本当は自分で治すという姿勢が)始まらないとしても医院にいる限りは受け身からは出られない。だから私のような我がままで意志のやたら強いやつは18日間の入院生活はかなり長いものに感じられたのかもしれない。

しかし家は有難い。
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by mi-chanlucalu | 2012-06-25 07:14 | 乳がんをめぐる

早めた退院、延ばした治療生活

本当は1ヶ月、もしくは6月末までは入院予定だったけど、今週の土曜日で退院を決めた。
その気持ちは
2日くらい前にやってきて、やがて確信出来るほどに自分の中で現実化し、昨日院長にさらっと
言った。彼には特に理由を言わなかった。看護師さんたちや患者さんには何となくの理由は話してみた。多分もう潮時だ。じっとしていないといけない治療は、動ける者にとってかなり苦痛なのだ。人間にはある程度のストレスが生きていくうえで必要なのだ。癌なので副交感神経を優位にするための
治療はときには交感神経が働きたくてウズウズして、それが出来ないことがすとれすにもなる。足が動けないならともかく痛みこそあれ動ける私は、続く歯科治療と点滴治療の時に殆ど寝たきり状態にちょっと爆発しそうになった。ご飯がでることも、もちろんありがたいし、始めは珍しかったけど「家事」という生きていく上で必要なことをしなくていいというのは、多分ずっとしてきた人間にとっては、しなくていいことが苦痛だったりもするのだ。といっても治療時間は長いので創造的なことをする時間も限られているし、身体をうごかすために、骨盤がどんなに痛くても散歩に行く。
こういうことは慣れとかという以前の問題で、人間に生まれたのなら誰しもごくごく当たり前に湧いてくる感情なのだと思う。

瞑想中に浮かんでくるのはヴィクトリアのビジョンや、今まで行ったキャンプ地などの以前の生き生きとした自分がいる場所である。私の意識はそこへ戻りたがっている。
そして身体が動きたがっている。

ので、私的には退院を早めたのでなくて今すぐでも退院したいけどちょっと延ばしたような気分に浸っているので「自分、よくやったよなぁ」という感じなのである。
もともと、骨に散らばっている癌が1ヶ月やそこらの治療で消えると思ってきてないので今まで治療をして来れたのが凄いものだとさえ思える。

全てに意味があり、無駄なものは何ひとつない。

これは私なりに体得してきた哲学であり、そのことばどおり入院しての学びや出会いは今後の私に色んな角度からの成長をサポートし続けると思っている。

この決意によって、また自分が「依存」のない治療にむけて一歩進み出したので後の残された日々の治療はそう苦痛でなくなった。

未だはっきりと解明されない痛みについての自分がどう対応していくかの気づきのようなものも自分の中でそれなりの芽がで始めているのも感じられる。


心の声を聞く。
身体の声を聞く。
理由をつけないことだ。
次にやることに向かおう。
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by mi-chanlucalu | 2012-06-19 17:37 | 乳がんをめぐる