カナダに戻ってから・・・気持ちの整理

22日に着いてからもう4日もたってしまった。
二人を連れて帰るのは思ったほど大変でなかった。
もちろん大変ではあったし、飛行機の中でも疲れすぎて映画も見る気になれず
かといって眠ってしまったこどもたちが両方の太ももにのっかかっているので
あまり身動きもできずで、でも今考えたらあっというまだった。

いまだにルカのほうの時差ぼけがひどくて、朝の3時には起こされてなかなか
寝てくれない。だから朝は寝坊だしで、一日中からだがだるい。

昨日手術をするドクターのアシスタントから手術日の電話がかかってきた。
7月2日。後1週間。それはあまりにも早すぎる・・・。パトリックもそれを聞いて
胃が痛くなったようだった。手術と言うのは日が決まっていて毎日やってるわけじゃないので
この日がいやなら次は15日なんだそうだ。彼女とのやり取りの後その日に承諾したが
今日の超音波の結果次第ということで収まった。

でも、やっぱり超音波の結果が変わらなかったとしても後1週間とはあまりにも
気持ちの整理ができていない、というか、とにかくこの疲れをとってベストな状態で
手術を受けたい。

鍼灸師と電話で話して、(自分もちょっと頭が混乱していたので) 彼女なら2日には
しない、というのを聞いて私も、まあちょっとくらい延ばしてもらうことにした。
アシスタントにメッセージを残すと彼女は夕方電話を返してくれて15日に変更してくれた。

それまでには時差ぼけも治ってるだろし、ルカがとくに時差ぼけがひどいのでそれも
治まって、彼の必要以上に「ママ、ママ」と不安がるのもましになってるだろうと
思う。日本ではかなり不安が続いていたのだろうと思う。

今日でも超音波のために昼から私だけいなくなると大泣きで外へ行こうとしたという。
そのため午後からのドクターのアポは家族みんなで行った。

超音波の結果は「変わっていない」プラス「ちょっと大きくなっている」と言われた。
これに関してはあまりショックではなかった。大きくなっているといわれても超音波での
サイズの測り方は人それぞれだし、この情報はまったく信じれるものでないのであんまり
気にしない。こないだの人と違っていたし、だいたい始めに図ったし人も性格だったかどうか
1、2mmくらいっていう誤差はいっぱいでるので。

これで、自分のなかではっきり手術をうける気持ちにはなった。

昨日の夕方鍼灸師から電話がありおにがわら先生と話しをして私は手術をしなくても大丈夫と
言われたらしいけど、それは私も3度目の治療のときに言われたけど、彼はなんといっても
癌のそれも乳がんの専門ではないし、超音波の結果が変わっていないし、もう手術を選ぶのは
仕方ない、よ。 やれるだけのことはやったような気がする。

日本にいた3週間はやはり現実離れしていて、自分が乳がんという意識さえ強くもてなかった
ところもある。子供たちに手がかかりすぎたし、妹のところで世話になるのも気を使うものだ。
周りの人がどんなにベストにやってくれても自分の家にいるようにはいかない。
もちろんそんなことは分かっていて行ったのだし、だから3週間という限られた期間だったのだと
思うし、子供(それも3歳半の双子)を2人連れての長旅は私をさらに強くしたし、
自分が行ったこと、やったことに対しては後悔していない。
回り道をしたとも思わない。

鬼瓦先生とも縁があって会えてよかったと思っているし、私のことを真剣に考えてくれた
鍼灸師にもとても感謝している。

長いこと会えなかった友人に会えて、短いけど話しができてお互いなにか影響を与え合った
のだと思う。

叔母ちゃんや、でこ母やお兄ちゃん家族も遠いのに私たちに会いにきてくれたし、妹も
3週間ほんとによくがんばってくれたと思う。

これらの全てがこれからの励ましになるし今私のなかにきっといっぱいつまっていると思う。

ブログをチェックしてカナダから送ってくれたコメントや帰ってきてからメールをくれる友人や
よが仲間もいて、私はまたこれからもう1ステップを踏むために準備をする。

こうやってブログをつけることで気持ちの整理をする。だけど明日からはまた普通に過ごす。
手術の日まではね。
私は手術が怖かったのだろうか?逃げたかったのだろうか?

一人一人に電話して気持ちを打ち明けたい気分になった。でも話しをするのは疲れる。
これを読んだ人たちへ、私を励ましてください。
悲しくなりそうだったらジョークに変えて笑い飛ばしてしまいたい。
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by mi-chanlucalu | 2009-06-25 11:51 | 乳がんをめぐる