これからのこと

5月11日にはっきり乳がんと言われた。
それには驚かなかったけど、がんのある右だけでなく何もない左も切るというオプション
もある、と言われた。これまでに調べたり、人の話しを聞いたりしていたので癌のある方を
切る、そして同時再建を考えてはいたのだけど、再発の可能性をゼロにするために・・
・私もまだ若いし・・・と、いうのが両方切ることを勧める理由らしい。
このことにはショックだった。すぐに返答ができない。そしてこの手術をするドクターに言わ
せると、とにかく再建をする整形外科のドクターに会ってから決めろ、とのこと。で、話しは
終わる。

選択がある。このことにはよく考えた。
先進国の現代社会のいいところであり、悪いところである。

1右だけとり、おっぱいの再建しない。
2右だけ取り、再建する。
3両方とり、再建しない。
4両方とり、再建する。

雰囲気的にこのドクターはバランスから言っても再発ゼロから言っても選択4がいいような
感じが受け取れた。もちろん私次第とのこと。

ここからが私の試行錯誤、迷宮の選択、の世界に入るときであり、
かつ、時間をかけて考えてはいられない、という
「どーすりゃええんや~!!」の夜になった。

あまりうまく眠れない夜が明け、
もんもんした一日が過ぎ、その夕方
長いあいだ知っている鍼灸師がこの件について電話をくれる。

なんと彼女はもう一つのオプションをくれるのだ。

5日本へ行き、彼女の先生とよんでいるヒーラーに会ってみる。

電話口では「はあ? そんなん、お金かかるし、無理って~」

彼女の患者さんのお母さん2組くらいが一人は肺がん、ひとりは子宮、卵巣、リンパで
そのヒーラーの先生に会いに行っているという。肺がんの人は6回くらい通っていて
癌が消えてきてるらしい。

とにかく考えてみて、と言って電話は終わる。

それから決心するまでそんなに時間はかからなかった。

まず、子供たちが寝てからだんなにそのことを話す。

彼は無表情。まあ当然やね。

私たちの話は深まり、とにかくもっと詳しいことを聞いてから、そしてその先生に
電話してから決めることにした。ただ、私の気持ちはもう決まっていた。

次の日、つまり水曜日。12日
鍼師に電話をして詳しいことを聞く。
時差をみて日本の先生へ電話。

私がカナダから電話していることと乳がんで予約を取りたいと告げる。
全く驚きもなく、申し訳なさそうに、ただすぐには取れないね~ と言われて彼の弟子のような
人と変わり、予約を入れる。

それからことはとんとん拍子だった。

そのあいだもこの癌は消えるんだ、癌は自分の細胞がなんらかの理由で変わったんだ。
自分の鍼灸師を信じているので彼を信じられる。きっとよい方向へ物事は動くだろう。
と考え続けた。

しごとから帰ってきただんなも家族で行くことが当然な気がする、となり
みんなで行くことになった。私もお金がかかろうとみんなで行くことが自然に
思っていたので、うれしかった。

ただ、やらなければいけないことは山ほどあった。
気づいたのは自分のPR Cardが期限切れたままで、これがなければカナダに
帰れない。(だいたいこんなん決めたの誰やねん!!)
Webを調べる。次の日電話してみることにする。

子供のパスポート。これももうすぐ切れる。
念のため作っておこう。これもぎりぎりだ。

子供たちが寝てから書類を取りに行き、フォームを埋めていく。

そしてチケットの手配。
これも次の日の朝にしなければ・・・。

そして今日木曜の朝一から電話、電話だった。
まず、移民局へ電話してどうやったらいいのか訪ねる。
PR Cardがなくてもカナダ出国はできるけど、帰る前に日本で
ヴィザ オフィスへ行って書類を作成しなくてはならない、とのこと。
実はこれが写真もいるし費用もいるし、書類もPR Cardとほぼ同じで
やられたあ~自業自得である。

チケットはなんと、セールをしていてめちゃめちゃ安くで買えた。
今回はとりあえず成田へ行く。

これも今日中に払わなければならなくて結構大変だった。

子供たちのパスポートに友達のサインもいるのでチケットの手配が済んで
から会いに行く。彼女とは久しぶりだったし、写真を撮るときもついてきてくれて
ありがたかった。パスポートオフィスへ行ったときに申請にいる誕生証明を忘れて
退散。また、とんぼ返りするはめに・・・。

はあ~

本当は今日朝から遊びに来るはずだった私の友達と彼女の息子に家に来るように
電話をいれる。そして子供たちを見ててもらい、またパスポート申請へ。

実際やっといろんなことが済んだのは3時だったので8時くらいから殆どノンストップで
手配をしていたようなもんであった。

でも、できた。

信じることだ。

今でも忘れないインドへ行って聞いたことば。
 Everything is possible in India。

ただ、これはインドだけの話しではないのである。

信じることはものごとを可能にする。
そしてそう念ずることはもっと可能にする。
自分の念を100%にする。信じる。

癌がなぜできたのかはわからない。でもそれをどうするかはとにかく自分の直感でいく。

日本へ行く他に自分に何ができるか。
もしここにいて手術を選んでも2,3週間かもっとの待ちだったのだ。
何もせずに待っているなんて私らしくない。

調べているうちに乳製品が乳がんにはよくないことについてのある人のブログを読んだ。
彼は「乳がんと牛乳」という「Your life in your hands」By Jane Plantという本を訳した人で
これを読んでいるうちに、乳製品が怖くなった。

まだ本は読んでないけどJane Plantは乳がんにかかり4回再発してからも
何故そうなったのかを研究し続けて乳製品を止めた。ら、癌が消えてそれから15年
再発していないそう。

肉は今年から食べていなかったのだけど、乳製品も全く止めた。
子供たちにも飲んだり食べたりして欲しくないのだけど
みらはあんまり豆乳が好きじゃないみたい。でも、きっぱり止める予定。

Essiacというハーブがまざったのを飲む。
これは1920年くらいにカナダの看護婦が癌対策として作ったもの。

さっき煮込んで作っていると見掛けは魔女のつくるどろどろした液体にそっくり。
一晩おかなければならないので、明日から始める。

今日はあんまりにも忙しくて
かいの散歩へいけなかった。
かい、ごめんね。

明日は楽しもう。
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by mi-chanlucalu | 2009-05-14 13:00 | 乳がんをめぐる