ありがとう!私は生かされています!

カナダに戻ってきてから
今日やっと何かをやろうという気持ちがでた。
そして友人がカイの散歩をしてくれるのに甘えて、以前からの約束していた子どもたちを博物館へ連れて行くということができた。博物館の後はビクトリアではとっても人気のベジタリアンレストランでランチをして、本当に本当に始めてリラックスした気分になれた。

あの痛みがやってきたのは1週間以上前の土曜くらいだったと思う。胸椎に癌が転移しているのは確認されていたし、実際ハワイでも長野で温水プールに入ったときでも痛みは感じることは時々あり、胸が痛いということに対しては嫌な感じはあった。だからそれからの1週間は私の気持ちもからだも完全に打ちのめすのには十分なくらいの痛さが胸の真ん中の骨から伝わったのである。何をしていてもしなくても激痛だった。その痛みに耐えるためにもちろん、他のところに力が入り痛くなる。

ここの痛さはもう骨盤とか首とか他の痛さを感じられない(実際は感じていたけど)くらいの特別な痛さだった。胸に刀が突き刺さっているまま行動しているようなするどい痛さだ。普通の人なら(私もそうなんだけど)絶対モルヒネくらいは打つだろう。処方された座薬も全く効かない。心臓と肺という大事な器官に近いのでものすごく圧迫感があり、不安がつのる。

『死』を真剣に4日間は考えた。そのときは、もし今なんかを購入しても、後ドレくらい使えるか分からないからやめとようとか、夜寝ている間に死んだらどうしようとか。だから朝起きてからの「あぁ、今朝も生きてるんだ。ありがとう。痛みくらいでは死なないのかなぁ」とかも思いながらの毎日だった。痛みが始まっての4日間は全く痛みに変化はなかったからだ。このころは(今もだけど)特に精神的な痛みも抱えていたのでよけいにつらかった。誰かにずっとそばにいてもらいたい気持ちがつのったけど、それはきっと叶わないんだろうと諦めた。ただ友人が電話をかけてくれ、掃除や買い物などの家事や子どもの相手や犬の散歩をしてくれたりしたのでものすごく助かった。

今この経験が過去形で書けることがうれしい。
痛みは全くなくなってはいないし、前とは違う形でいまだに存在しているけど二日くらい前から減少してきている。確実に。できるだけの手当て療法やイメージ療法、瞑想、呼吸法を続けた。風呂の入り方も変えたり、休めるときには何もせずに、やってくれる人には何でもやってもらった。何のプランもたてなかったし、ブログに悲壮な気持ちも書かなかった。(書けなかった、痛すぎて)ただ『死』を考えた後は、絶対痛みはなくなっていくんだと信じた。肋骨の痛みだって変化があったんだし、胸にあるからっていつまでもあるとは限らないと思い込むようにした。とにかく自分の可能性を信じた。こころとからだは繋がっていることを信じた。
怒りを出せる場が2度ほどあったので小出しではあったけど出したし、泣きたいときには泣いた。
だから何が効いたのか分からない。何もしなくても自然に時がきたら治ってきたものかもしれない。でも痛みはものすごく少しずつだったけど減っていった。それが観察できた。これがうれしかった。

今日こうやってブログを書けるほどに回復した。
本当にうれしい。疲れと痛みでなかなかゆっくりと子どもたちとの時間をとれず、こころのなかは暗い不安ばかりの日々だったけど今日は本当にただ博物館をゆっくり歩いて子どもたちが楽しんでいる姿を見ているだけがうれしかった。ランチをするためのレストランのラインで待っているときでさえ、ものすごく優しい気分だった。何を食べてもおいしかった。子どもがやっていることを見たり、彼らとの会話はひとつひとつが大切な瞬間だった。

ありがとう!ありがとう!ありがとう!
全てに!
私が今こんな気持ちでいることを伝えたい!
痛みや癌に、私に、逝ってしまった彼に、子どもに、犬に、友人に、日本にいる家族や友人に、全ての人々に、木々や海や湖や自然の全てに、本当にありとあらゆるもの全てに、この地球や宇宙に、私の知らない全てに
ありがとう!!! 愛しています!

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by mi-chanlucalu | 2012-08-06 14:02 | 生きること