自分で治すことについて語る 1

カナダに戻ってから6日めの朝。
気持ちがやっと少しいつもの自分的なものになり始めたようだ。
痛みと疲れとで毎日どろどろの日々なのに荷解きはままならなず、することは山ほどあるという日々。子どもや犬はある意味いるだけでしごとなのだ。ほんの数ヶ月前までは一緒にやってくれている人が今いないという現実にさらされながらこんな気持ちになったことのない自分との対面においても、前へすすむ上で足をひっぱられることばかりだ。

安曇野のマッサージで痛めてしまった首をあわせると確実に増えていた痛みを抱えて、治してもらえる期待にわくわくして行った鍼灸では私の思ったほどのいつものからだ全部にまんべんなくしてくれる鍼治療はなく、私の疲れた体を気遣ってか、私が遅刻していったからか、治療はかなりあっさりしたもので終わったので痛みが激減することはなくある意味肩透かしに終わってしまった。

次の日に痛みを抱えたからだで友人一家のところへ遊びに行き、みんなでビーチを歩いていると歩くのが困難なくらいの激痛が走り、ゆっくり歩くことさえ耐え難くなった。考えられる箇所をマッサージしたり押さえたりしても痛みは去らず、みらが見つけた杖をついて歩くしかなかった。

その夜とにかくこれではいけないと、熱い風呂の後、刺絡と灸の治療をした。刺絡も合う体質があるらしく私は今のところ気づくような痛みの緩和はないので足から首まで痛いところに灸をした。夜中にトイレに起きて数歩は全く無かったのにあの激痛が襲ったので、これはと思い、鍼灸師がはってくれた内鍼(シールがついた小さい針)を抜いた。以前ものすごく痛いところに内鍼がはいったとたんに痛みが激増したのを思い出したからだ。
今回は貼った後すぐ鍼灸師が骨盤がまっすぐになってると言っていたし、痛みが増したわけでなかったのでそのときは気づかなかったけど足の付け根の恥骨の近くの微妙な箇所なのでいがんだのかもしれない。

とにかくそれであの激痛は昨日一日起こらなかった。機能は家事することで一日が終わった。犬と子どもは友達が連れ出してくれた。そして昨日の晩も灸治療をした。その後、ものすごい違いですいすい歩けた。
灸は鍼とちがって即効性がないはずなのにものすごく楽になって今まで一番普通に歩けたのだ。

今朝は首もかなり楽なっていた。もちろん鍼灸師のしてくれてた鍼の効果もあるんだと思う。今回はただもろもろの理由で以前のような治療にならなかっただけだと思う。
ただ私がかなり大きな期待と彼女なら治してくれるという『依存』みたいなものがあった。
だからといって自分のやった灸だけで楽になったのだと言いたいわけではない。最近は痛みたちとも付き合いが長くなってきて色々なことが分かってきたのだ。痛みには色々な種類のものがあるし、痛いところだけを扱うことが正しいことじゃないことなどは前々から分かっていたにしろ、その性質とか度合いとか、こういう痛みが起こる理由とか対処とかいったものだ。自分がこれだけ痛みを経験しているので人の痛みの度合いのようなものも分かるようななってきた。痛み専門家の初級の認定くらいはもらってもいいくらいだ。

癌にしても痛みにしても否定的にとらえるか、それから学ぶかによって大きくその人が変われるのだ。

今回かなりの苦痛を味わった。でもそれによってそれからどうやって逃れるかを考えることで学べるし、学べれば前へ進めるのだと思う。どうにかしようと思う。そしてどうにかできたりしたときに自己治療が起こるんじゃないかと思う。すべては内から外へ向かわなければ。『与えられる』ことより『引き出す』ことなのだ。
いろんな種類の治療があるけど、私はこの基本的な個人がもつべき姿勢は共通するのではないかと思う。

例えば私がいつまでも自分の鍼灸師がすぐに痛みを緩和してくれなかったと嘆いていてもきっと痛みは治らないし、もしかしたらひどくなっていたかもしれない。それはそこに留まる姿勢だ。でも、そうでなくどうしてこんな痛みが起こるのかどうやったら自分のできる範囲でどうにかできるかを考えて行動してみる。自分の子どもが溺れていたらレスキュー隊を待つだろうか?泳げなくても助けようとするのではないか? 明日死ぬと決まった人ならきっと何でもするように。

人間はそう思うことはほとんど可能になるものだと信じている。自分で治療することはそのひとつにすぎないのだ。私は深く自分の可能性を信じる。今ある痛みはいつかなくなり、きっと以前のように少しくらい重いものを持ち上げたりするような普通の生活ができるようになると。たとえ癌とは共存していても。
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by mi-chanlucalu | 2012-07-23 03:43 | 生きること