早めた退院、延ばした治療生活

本当は1ヶ月、もしくは6月末までは入院予定だったけど、今週の土曜日で退院を決めた。
その気持ちは
2日くらい前にやってきて、やがて確信出来るほどに自分の中で現実化し、昨日院長にさらっと
言った。彼には特に理由を言わなかった。看護師さんたちや患者さんには何となくの理由は話してみた。多分もう潮時だ。じっとしていないといけない治療は、動ける者にとってかなり苦痛なのだ。人間にはある程度のストレスが生きていくうえで必要なのだ。癌なので副交感神経を優位にするための
治療はときには交感神経が働きたくてウズウズして、それが出来ないことがすとれすにもなる。足が動けないならともかく痛みこそあれ動ける私は、続く歯科治療と点滴治療の時に殆ど寝たきり状態にちょっと爆発しそうになった。ご飯がでることも、もちろんありがたいし、始めは珍しかったけど「家事」という生きていく上で必要なことをしなくていいというのは、多分ずっとしてきた人間にとっては、しなくていいことが苦痛だったりもするのだ。といっても治療時間は長いので創造的なことをする時間も限られているし、身体をうごかすために、骨盤がどんなに痛くても散歩に行く。
こういうことは慣れとかという以前の問題で、人間に生まれたのなら誰しもごくごく当たり前に湧いてくる感情なのだと思う。

瞑想中に浮かんでくるのはヴィクトリアのビジョンや、今まで行ったキャンプ地などの以前の生き生きとした自分がいる場所である。私の意識はそこへ戻りたがっている。
そして身体が動きたがっている。

ので、私的には退院を早めたのでなくて今すぐでも退院したいけどちょっと延ばしたような気分に浸っているので「自分、よくやったよなぁ」という感じなのである。
もともと、骨に散らばっている癌が1ヶ月やそこらの治療で消えると思ってきてないので今まで治療をして来れたのが凄いものだとさえ思える。

全てに意味があり、無駄なものは何ひとつない。

これは私なりに体得してきた哲学であり、そのことばどおり入院しての学びや出会いは今後の私に色んな角度からの成長をサポートし続けると思っている。

この決意によって、また自分が「依存」のない治療にむけて一歩進み出したので後の残された日々の治療はそう苦痛でなくなった。

未だはっきりと解明されない痛みについての自分がどう対応していくかの気づきのようなものも自分の中でそれなりの芽がで始めているのも感じられる。


心の声を聞く。
身体の声を聞く。
理由をつけないことだ。
次にやることに向かおう。
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by mi-chanlucalu | 2012-06-19 17:37 | 乳がんをめぐる