子供を育てることにおいて

グリムスの「よりちゃん」がやっと成長して木になったので
こんどは「やっちゃん」を1本の木になるまでブログをぼちぼち続けようかと思う。
これが木になるころにはもうブログを止めるかも・・・・。

ってくらい最近何も書けないでいた。
1月にはいってからも風邪がはっきり治らず、そのうえ友達の子供の
ベビーシッターをしているので何かと忙しくもう1月も3週間を過ぎてしまった。

今日でその3週間続いたベビーシッターの最後の日。
これからはまあもちっと時間がもてるだろうからヨガの方も
専念できるような気がする。

この他人を子供を世話することで自分自身学ぶことは多い。
自分の内にある気持ちに気づきながら自分が嫌になることもあるの
だけど、そういう自分とどう付き合っていくのかも「学び」のひとつなんだろうなぁ。

しかし、やはり「子育て」というのは、難行である。
もちろん物事には両面があり、楽しいものでもあるのだけど。
他人の子でも自分の子でも彼らを知ることを通じて自分を知るのだから
知らなかった方が楽だったようなことも知らされるときはやっぱり
しんどい。でも上記したように、それでも乗り越えやっていくことが
大事なんだろうと思っている。

これは人によっての受け取りの違いなんだろうけど、私にとって
子育てすることはやはり深いところの自分の発見にあるような気がする。
色んな性格の子供たちに、どう対応していくかとか、言うことを聞かない
自分の子供にどう言えば、うまく感情的にならずにものごとがすすむか
とか、ある意味において、試行錯誤はまだまだ続く。
授乳中の試行錯誤とはまた別のもののようで、本当は考えている内容が
違うだけで、何かやはり続いている、つながっているものがある。

子育てというのは「試行錯誤と「創意工夫」の繰り返しによって培われる
ものではなかろうか?それは自分の子供に対してだけでなく、
こうやって与えられた機会に他人の子供を観察することでもよく分かる。

子供でいることもまた難儀である。とにかく色んなものに対する執着が
すごい。おもちゃに対する執着。好きな食べ物対する執着。女の子なら
洋服に対する執着・・・などなどあげているときりがない。
実際歳をとると大抵の人は執着がなくなる。ある程度のこだわりはあるの
だろうけど、私自身もともと「物」の与えられない家庭で育ったので
物に対する執着があまりなかった。歳をとることは楽である。どんどん
そういった執着心がなくなってくるからであるが、多分誰もがそうでない
のだろうから戦争があるんだろうなぁ。

自分がそうだといって、こどもに「執着をなくせ!」とは説けないのだから
これまた難儀である。試行錯誤して創意工夫でうまくまるまるようにことを
運んでいくのが母親業なんだろうかと思う。

明日は週末、おもいっきりだらだらしよう!
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by mi-chanlucalu | 2011-01-21 04:51 | 子育て