Translator 再び

やっとインディアンサマーみたいなのが10月にはいってやってきた。
暖かい日差しは湿った人々のこころを明るくするのがそれぞれの
表情にでている。もちろん犬や子供も太陽が輝いているだけで
幸せになれる。

そんなある木曜日にまた電話が入った。
再び通訳のしごと。
金曜の2時に警察でとのこと。
月曜から彼女の事件の経過を新聞会社のウェブサイトで
チェックはしていたものの、もうとっくに他人事だったのに・・・。

ほっとしたのはBC州の通訳における認証はそれほど厳しくなく
判定裁判くらいにまでならないと必要ないらしい。
ので私が警察で通訳するのは合法とのこと。よかった。

実はこの日、本当は保釈審問が裁判所である通訳も頼まれたの
だけど、どたんばの朝になって他の人がやるからとキャンセル
になった。そのための専門用語も勉強したのだけど、ほっとした。
被告人である日本人女性の側の弁護士チームに日本語が流暢
にしゃべれる人がいるらしい。なるほど・・・。

で、私は午後に日本からついたばかりの彼女のお母さんが警察に
インタビューされるのでその通訳。こういう場合は私は警察側に
雇われているけど、中間の人間になるので被告側の弁護士を
雇えないわけだ。

この面接は1時間ほどで終わった。私ならもっと質問するよと
いつも思うのだけど彼女も彼女の母も殆ど何も聞かずに
聞かれたことに応えるだけだった。

被告人はこの日裁判所で1万ドルで保釈が決まり、一応自由の身と
なっている。ただ条件としてカナダを出られない。パスポートを法廷
側で保持されることになったからだ。

ホームステイは変わり、今は学校側が違うホストを見つけ日本から
来た母と祖父と一緒にいられるそうだ。

私といえばちらっと通訳会社のインド人に会い、彼がわたし用に名刺を
くれて、また来週(通訳の)トレーニングするから連絡すると言われた。
これも何かの縁なのだろうし、今回は色々勉強になった。
月曜に急だったとはいえ、全く知らない私に通訳を任せて
くれたことに対して彼にはとても感謝する。 私はそんなインド人の
「なんとかなるさぁ~」みたいなところをよく知っている。 インドを旅して
いて一番心に残ったことばが「Everything is possible in India」
だった。彼らはインドでは何でも可能だというのだけど、きっとこれは
意識しだいでどこでもなんでも可能にできるという思想からきている
ような気がする。私はこの通訳の2回とも堂々としごとをした。
シェイクスピアも「人生は舞台」と言ったのではなかったか。
演じればいいのだ。ものごとは全てうまくいくようになっているんだ。
考え方しだいで。

思い起こせば昔英語の勉強を始めた一つの理由が通訳か翻訳を
しごととしたかったからだった。2年間通った専門学校で英語科を
とったときも通訳と翻訳を取っていた。ただある日ラジオかテレビで
こばやしかつやがかつて通訳をしていて、その大変さに辞めた
話しを聞いて「ふーん、そうなのか」と思ったのを覚えている。

あんまりこだわりのない私はその後もいろいろな人に出会い、韓国へ
ボランティアキャンプへ行ったり、アメリカ、インドへ一人旅したりして
ことばを覚えるのは早いし、知らないことばを覚えるのは好きなことの
ひとつだけど、それをどうこうしようとは思わなかった。

ただ翻訳や通訳に関わっている友達と話したりすると、そういう昔の
気持ちがまだどこかにあって「いいなぁ そういうしごとやりたいなぁ」
なんて思う私がいるのをいつも感じてはいた。
まだ小さな小さな火が消えてないのかもしれない。

だから今回通訳するのはとても楽しくやりがいがあった。

今ヨガのインストラクターになるトレーニングでサンスクリット語との
関わりは必須である。全てのポーズはサンスクリット語で言える
し、もちろんその意味も知っているのが先生になる基本だ。もう10年
以上やっているので殆どのポーズの名前はマスターしている。

私は本当にことばが好きなんだと思う。だから今こどもたちが
週一回でも日本語学校へ行って日本語をキープしていくことも
大事なことの一部だと思う。もちろんどうなるかは全くの彼ら次第なの
だけど、機会を与えることは親の責任だと思っている。

今日は土曜日、こどもたちは時間にしばられない週末の朝をパジャマ
を着たまま遊びに夢中である。私がこうしてゆっくり思うことを書ける
時間がもてるようになったことに彼らの成長を感じる。

先週末はヨガのワークショップで2日ともいなかったので、今週末は
こどもたちと一緒に過ごそうと思う。
どこに連れて行ってあげようかなぁ~。
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by mi-chanlucalu | 2010-10-02 00:42 | 生きること