Translator(通訳者)としての一日

カナダ時間の9月27日の月曜日の午後。
友達から電話があって急な通訳をお願いできるかと頼まれた。
彼女も知人の通訳会社の人に頼まれたのだけどしごとで行けないので
多分1時間くらいらしいからということだし、費用もでるというのでOKして
家からかなり近くの警察署へ行った。

このとき私は事故か何かと思っていた。日本人がきっと目撃したけど
英語がうまく話せないとか、くらいに考えていた。

ところがどっこい!!!
なんと殺人事件! 殺人というより新生児殺しという英語でも
HomicideでなくてInfanticideという。
そして容疑者は20歳の日本人女性。私は7月末にカナダに来てまだ
2ヶ月もたっていないこの女の子の通訳として本来1時間くらいで
終わるだろうものが9時間くらいも(途中2時間半待たされる・・・)
かかってしまった。

もうすでに現地の新聞社のウェブサイトにもでていたのだけど
彼女は一人でホストファミリーの家の自室で2週間前に出産して
生まれた赤ちゃんをナイロン袋に入れて自分の部屋に放置していた。
ホストマザーが異臭に気づいたのが今日で、彼女はESLのプログラム
をとっているビクトリア大学で逮捕された。

いわゆる「尋問」の通訳をしながら気分は重く、ことばを日本語や英語に
変えながら、うつむいてあまり質問に答えない彼女の表情を見ていると
なんともいえないものがこみ上げるのを抑えながら、それでも冷静に
自分に与えられたことだけをこなした。

弁護士から黙秘権のことや警察から何を聞かれても「応えたくない」と
言いなさいと言われてから彼女は全くしゃべらないに等しかった。
「疲れている」と何度も言っていた。警察側も疲れているのを分かっていて
3時間以上にも及ぶ尋問を続けていた。

私は全く冷静だった。もちろんどこかに「もうどうにでもなれ」的な気持ちが
なかったとは言えないが、警察が「認証されている通訳だよね?」って
聞いたとき、すかさず「はい」と応えていた。友達の立場を考えてのことだった。

通訳をしながら、2時間半待たされながら色んなことを考えた。
あの何年か前にバンクーバー空港でRCMPにティザーで殺されてしまった
ポーランド人。彼のことを思い出した。彼はバンクーバーという大都市に
いながら通訳一人としてつけてもらうことがなかった。完全に無罪だった
英語のしゃべれなかったポーランドの青年はそのために誤まって殺された
犠牲者なのだ。

もし私が「いえ、私は正式な通訳者ではないです、ただ日本語と英語が
流暢に話せて書けて読めます」と言ったならどうしたのだろう。

どうしてあの青年に通訳者がつくことなくあんな悲惨な殺され方を
したんだろう。これも彼のカルマなんだろうか?

そしてこれはもう5年くらいも前になるんだろうか、カルガリーで
日本人女性が家に幼児二人を放置したまま彼とドラッグに溺れ
二人とも死んでしまった事件。これは思い出さずにいられない
出来事だ。今回の事件できっとかなり若い日本人女性の価値が
カナダ人から下がるんではないだろうか。(もうすでに下がっている
んだろうけど) どうして彼女たちは誰かに育ててもらうことを考え
なかったんだろう。

赤ちゃんが欲しい人は星の数ほどいるというに・・・・。

私は特に夕食も食べないまま、結局終わったのが9時半をまわっていた
と思う。一時は8時過ぎに終わったはすなのに、迎えに来てくれる友人が
ついたころまた呼び戻された。日本人の女の子が何か話し始めて
通訳者を求めているというのだ。

結局、せっかく来てくれた友人をひとりで帰すことになった。
そしてあらたに1時間弱の応答。
今回は女性の刑事。

女の子はトイレでひとりで出産し、へそのをを切ろうとしてはさみを
探しているときに胎盤が降りてきて、その後意識を失ったと言う。
いつ出産が始まったとか、どれくらい意識を失っていたとか、赤ちゃんの
泣き声を聞いたかとか、生まれたとき赤ちゃんは生きていたのかとか
赤ちゃんの肌はどんな色をしていたとかは覚えていないと言う。
意識が戻った後胎盤が赤ちゃんの顔の上に乗っていて、それを
取り除くと赤ちゃんは息をしていなかったそうだ。

女刑事は誰が出産後赤ちゃんを袋に入れたのか、どうするつもり
だったのかを何度も聞いたが答えを得ることなく終わった。

パトカーで家に送ってもらってから、食欲は全くなく家にあるビール1缶
ほんの少し残っていた白ワイン、豆乳&カルーアを少し、を飲みながら
パパとその件で延々と話す。結局自分が昨日焼いたジョニーケーキが
一かけ残っていたのでそれをトーストして食べた。

11時半くらいに寝ようとして、多分なんとか眠れたけれど
朝の4時くらいにルカがおしっこをちびったと言って起こされた
ときはお葬式の夢を見ていた。そして、それは誰のお葬式かは
分からないのだけど、自分がとても重たいピアスをはめようと
しては落ちて、それを探していたところだったと思う。
そのピアスは重い金か何かで大きく、私は実際そんなピアスは
持っていない。それをいつも入れない耳の穴に入れようとして
なかなか入らず何度も落とすのだ。なんとも重苦しい夢だった。

それからはなかなか寝付けず、朝方少しだけ眠りがやってきたころ
にはもう起きなければならなかった。頭ははっきりしていた。
実羅やるかが横で寝ていることにこころから感謝をした。起きた実羅の
ぬくもりを感じ頬をすりすりしたら「まま、だいすき」と言ってくれた。
るかもみらもいつもいつも「まま、すきだよ」と言ってくれる。

死んだ赤ちゃんはそんなぬくもりを一度も味わうことなく
この世を去ったのである。これが赤ちゃんのカルマだったと
あっさりと片付けるには重すぎることではないんだろうか。

彼女の親は?友達は?彼氏は?どうして妊娠しているのに
留学なんてできたんだろう?どうして誰にも相談しなかったのか?
母親は彼女の妊娠に気がつかなかったのだろうか?
大学の先生は? これはなんかただ彼女だけの責任だけでは
ない。犯罪というのはある意味では色んな人たちの責任なのだ。
どうしてナイロン袋に赤ちゃんを入れたまま2週間も、その部屋で
過ごせたんだろう?そしてそのままにして学校へ行けたんだろう?

私は今日久しぶりに太陽が輝いて、平和な一日をおくれた。
カイの散歩へ行き、洗濯物を外に干せたし、ヨガをする時間も
もてた。睡眠不足もこれでかなり楽になった。子供たちの水泳の
クラスのときにはスチームルームに入って汗をかくこともできた。

死は誰にでも公平に用意されている。だから自分に与えられた
ことをなるだけ楽しく満たされるように生きていきたい。
明日死ぬかもしれないのにどうして無駄にできようか。

亡くなった小さな子たちはその権利さえ与えられなかったのだ。

私たちはそれから学ばなくてはならない。
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by mi-chanlucalu | 2010-09-28 12:26 | 生きること