父の死

日本時間の5月2日の日曜日父が死んだ。
その知らせはあまりもに急で、あまりにも真夜中だったので
うまく思考ができなかった。

急性白血病ということで、苦しまずに眠るように息をひきとったらしい。

最後に父と話しをしたのは去年の6月に自分のがんのことで日本にいるとき
それも電話で話しただけだった。

色々と躁うつ病だった父は、母が亡くなった後も彼自身が抱える問題に
うまく向き合わず、処理できずに、母がいない分更なる家族に迷惑に
なるような事々を引き起こしていたと聞いている。

それでも兄の家族と住んでいた分、なんとか今まで生きていたのでは
ないだろうか? もし母が亡くなり、ひとりならきっと色々な事務的な
生き延びていくことは何もできずに途方にくれていたと思う。
父は兄たちに感謝していたのだろうか・・・・・。

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こういう突然の死は、やはりどうしても自分が乳がんあり手術をして、これから
どう生きるのかを考えれずにはいられない。
人は生まれながらにして、誰でもいつかは死ぬという運命を背負っている。
そして「死」というのは、こうやってなんの前触れもなく誰にでもやってくること
があるのだ。 だからといって恐れることはなく、今を精一杯生きることが
大切なんだと思う。

自分自身とうまくやっていく術をしらなかったので、父は家族とも他人とも
不器用な生き方をしてしまったのだと思う。 母が生きていたときはその
色々と欠けていたところを要領よく補いながらなんとかやっていたのだと
思う。そしてその母に悪い言い方をすれば完全に甘えていたところが
あったのだろう。

ひとつだけはっきりしているのは、彼なりに苦しみや後悔や色々な気持ちが
あったと思う。でも、もう考えなくてもいいということだ。 死ぬということは
そう悪いことではない。

お父さん、今生のお勤めご苦労様
おばあちゃんやおじいちゃんやお母さんに会えるといいのだけどね。
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by mi-chanlucalu | 2010-05-03 06:45 | 生きること