後悔、記憶、執着、自我

みらが自分でMilaと書けるようになった。
私は全然教えなかったけど、見て覚えたのだと思う。

すごいな~。彼女はかなり前から私の小さい辞書を持ち回ったりして
「おべんきょうしてるの」とかよくやっていた。いつも思うのだけどみらを観察
してると「なんか習わしてやったらえんかな~」って。でもルカとまた全然
違うので「ま、いっか。自分でこれしたいって言うまでは・・・とほおっておいて
しまう。実際プレスクール行ってるだけで十分ちゃう??


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さて、私はというと、

「がん、呪縛を解く」という本を書いた稲田さんのブログに出会ってから、かなり
乳がんの手術をしたことを後悔していた。

この気持ちをとにかくうまく言えないので、書けもしなかった。
それに、今回はなんとなく自分の気持ちがどう向いていくか観察をしていた。

稲田さんは男性で乳がんになり、手術をせずに「千島学説」に基づいて
自分で「血気動の不調和」を改め、宣告から5年後の今も元気に作家活動を
続けている方である。そして彼の体験を含めた「千島学説」についての
本を書いたのである。ブログでもかなりその内容が読めるので私は
どっぷりつかっていた。

ただ、このことを知ったとき、かなりショックだった。
私がこの本なり、ブログなりに出会っていたら、去年の9月にあの
手術をしなかったのかも、と。

このごろは方胸のない喪失感にちょうど惑わされていたときだったのか
「がん、呪縛・・」を知り、喪失感が湧き出たのか、どっちが先だったのか
は定かでないけど、やたらと乳房再建のことをネットで読んだりしていた。

とにかくどっぷりと漬からないと、出れないような気がしたのだ。

そしてこの気持ちを誰にも殆ど話さなかった。
あまりにもパーソナルなことなので話してどうなるものでもないというのが
大きいかったし、自分の気持ちがどこへいくか観察していたいからだった。

同じころ、ヨガのトレーニングにぼちぼち戻ってもよさそう、というお誘いが
でてきて、ペーバーワークをやる間に本を読んだりしていたので、
さらに自分のなかに入り、自分と向き合うことになった。


意識のソフトウェアのなかにある「記憶」という大きなファイルを引き出さない
ように自分の意識を変えければならない。「記憶」は消去できないけど
そのファイルの中にある「後悔」というファイルは消去できるくらいの
意識レベルが自分にはあるのではないだろうか?

「イメージや記憶を持たずに、ただ全てを注意深く観察すること」

これはクリシュナムルティが言っていたことであるが、実はいろんな宗教、
哲学は同じようなことを教えているのではないかと思う。

ただ、今を生きることを実践していくこと。

これが苦しみからのがれられうるひとつではないかと思う。

実際私は悩み苦しみながら眠れない夜を過ごしているわけではない。
「寝すぎや~」というほど眠れるし、食欲もある。

私は方胸を切り取って「執着」というもの学んだと思う。他人のブログを読んで
実際、乳房再建手術をしている人はすごい時間とお金(日本では)を
費やしている。そこまでして、もとのからだなり、いわゆる揃ったからだが
欲しいのである。もちろん、こういう手術をした人のすべてがそうでない。

でもしていない人も考えなかった人はいないのではないだろうか?

今、実はヨガのテーチャートレーニングを続けるかどうかも考えている。
昔からあった「ヨガを自分のためにすることは、実は執着であり、自我では
ないのか」という気持ちがふつふつと沸き起こってきているからである。

でも、これに対しても自分で早々に答えを出さずに観察中である。(気持ちの)
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by mi-chanlucalu | 2010-04-21 13:53 | 乳がんをめぐる