手術をするということにつて

手術をすると決めてから自分のなかの
疲れからくる「安堵感」は、自分ひとりでやらなくていいんだという
緩みのようなもなのかもしれない。

考えれば考えるほど、ヨガのTeacher Trainingを断ち切ろうと思う案は
きついものだったし、だからといって自分がいい人間になれるというのもやはり
ひとりよがりのようなものだと思う。

また昨日ヨガの友達に久しぶりに会って話をして、自分をだせばだすだけ
はっきり見えてくるものもあるし、彼女たちの話しを聞いているとまたそれに
救われるものも多い。

7月15日が手違いで手術がないと分かってから、それまでに手術日に合わせて
チューニング(こころの準備みたいなもの)をしていた自分の気持ちがかなり
ぶち切られて、だんだん手術をするこころから離れていったのだろうと思う。
とくに、
食事療法で治った本(もちろんこれには手術とかの治療と合わせてなのだけど)を読んだり
鍼灸治療で腫瘍の周りの筋肉がやわらかくなってので腫瘍まで小さくなったかと勘違い
していたり(超ポジティブな奴!)その他の本での影響とかでスーパーポジティブになって
いた時間は多かったと思う。「このままいけるかも!」とよく感じていた。

とくに瞑想や呼吸法等をしていて身体とこころが一体のような、光をあびているような気持ち
になるときがよくあったので「大丈夫」と思えた。

もちろんそれが24時間続き、誰と話しをしてもそう言えたのなら、きっとドクターとの
アポはキャンセルしてたのだろうと思う。

今は

21日に合わせて自分をチューニングしていく。
ラジオのつまみを合わせるように、でもゆっくりと・・・
今度は前のように合わせているときに誰かが後ろから押したりするような
ことがないのだろうし・・・・。
ぴったり合うように、そして合った状態でものごとをすすめていく。
納得のいく人生を・・・。

診断されてからの5ヶ月。
怖いと感じるとか落ち込むようなことは一度もなかった。
泣いたのは一度だけ。日本から帰って手術をすると決めたときだ。

今回また新たに手術をすると決めて
前よりもっと安心した気分になっている自分がある。
時間はあくまで観念なので「待っている」とは思えない。
9月21日、こっちでは夏の最後の日。
きっと私はこの日に手術すると決まったいたのかもしれない。
夏の締めくくりの記念日だ。

秋なると私は違うからだを手に入れすすんでいく。
変わらないものもあり変わるものもある。
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by mi-chanlucalu | 2009-09-06 01:59 | 乳がんをめぐる