4月は長い!!

断食の後の週末の土日に立て続けに起こった出来事を記事にできないままでいる。

ボディートークの2回目のセッションとシャーマンであるダンとの出会い。クリスタルヒーリングとの出会い。石たちとの出会い。

ものすごいことが起こったのだけど、そして私がなぜ癌になったかが私なりに分かったのだけどうまく記事にできないと思う。ことばで表すにはあまりにもパワフルすぎる体験だったから。

これは断食をした私の精神状態とのコンビネーションとも重なり合ったのであそこまでいきついたのだろうか。

でも、すべてはいい方へ向かっていると思える。

それはもし私が癌で死んでも、すべては完璧なのだと思う。


しかし、4月は長い。

まだ4月なのだ。

もう早く終わって欲しい。


1月から3月はオイル治療に専念していたので眠っている時間が多くあっというまに終わったようだ。
亡くなった母がよく、「一月は行く、二月は逃げる三月は去る」と言ってこの3ヶ月はすぐすぎるんだよと
よく言っていた。全くその通り。

私の4月は睡眠は短いし、ものすごく体力が落ちて痩せてしまい、お風呂屋で見るおばあさんみたいな身体になってしまったし、食欲はわかずに今だ翻弄しているので一日が長い。

おまけに肺、呼吸が苦しく家の階段を登るだけで息切れがする。動悸も続いている。こう書くとかなり調子が悪そうなんだけど、実は「気」は落ちていない。断食する前のような「日本に帰って死のうかぁ」みたいな弱気はなくなっている。

だからどんなに身体がしんどっくってはあはあと息がきれてから咳がでて肺が心配でも気にしない。
4月は身体が苦しいので長く感じたのかもしれない。

今のところ日本で住もうとは考えられなくなった。
兄や兄嫁と電話で話していて彼らの忙しさぶり、おいやめいの忙しさを伺っていたら、やっぱり私には無理だ。精神的に苦しくなるだろう。自分のやりたいこともやれずに日本を出る前のように色んな人に『出る釘打たれる』存在に舞い戻るような気がしてしまう。


だいたいこっちでも私はマイノリティーなのだ。でもここにいたらそれでも受け入れてくれる。日本に戻り、善良市民で、洗脳されてしまっている身動きの出来なくなった人たちのなかで、こっちでもたくさんいる考え方が変われなくなった人たちがどう私を受け入れてくれるのだろう?

死ぬのはどこでもいいのだ。戦争で死んだ人たちは遺体さえ見つからなかった人が山ほどいるのだ。

自分を愛し、自由でいよう。あるがままに生きよう。 


そのときがくるまで。
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# by mi-chanlucalu | 2013-04-28 01:09 | 生きること

断食の効果 治癒は起こる

回復食3日目。身体のだるさは昨日より楽にはなっているけど、少し動いただけで息切れがする。
それでもせっかくの週末だし、子どもと一緒にチーズスコーンを作った。はあはあ言いながらだけど
子どもたちもがんばってくれて彼らの遅めの朝ごはんを食べているときにみらが「ままはたべないの?」と聞く。もちろんめっちゃ食べたい。もう6日間もお粥しか食べていないんだ。でもこの執着心から逃れることが大事なんだ。頭のなかに浮かぶ食べたいものを次々消していく。

子どもたちがまだ食べているときに夫のしごとばの人たちがどやーっと来てくれて庭を見事にきれいにしてくれた。

彼らが働く姿を見ていると号泣した。感謝があふれるのだ。それに彼ら一人ひとりのなかにパトリックがいる。彼らはパトリックが愛したしごとなかまだ。彼ら一人ひとりにハグをして感謝の気持ちを伝えた。

断食を始めた月曜から泣いてばかりいる。そのうえ急に怒りがでたりする。

断食はこころに溜まっていたものまで出してくれているようだ。

今、こうして書きながらも涙が止まらない。

私は生かされて守られている。生きるんだと思える。「気」がしっかりしていることが分かる。

身体はくたびれているかもしれない。多少。でも「気」さえあれば身体はもどることができる。

断食前の私は毎日続く下痢と肝臓の腫れからそして多分自分の奥深くに溜まっていた悲しみからどんどん「気」が弱っていっていた。断食することによって肉体的苦痛と精神的な苦痛から少しリリースされたようだ。
そしてそれは続行中でもあるみたいだ。

一昨日は友人がクリスタルヒーリングに来てくれたし、サプライズで違う友人がマッサージをしに来てくれた。
これってすごい。癒しのシャワー!!

こんなに癒されて守られて私の癌はもうどんどん無くなっていってると感じるし、これからもそれを信じられる。私の心と身体は治癒に向かっている。確実に。

昨日と今日、浣腸の後に宿便が出た。初めて見る宿便は黒くて腸にこびり付いていたようなかたちをしていた。いえ~い!!うれしい。本当に宿便は出るんだ!!

まるで浄化のパッケージ週といわんばかりに、今日はボディートークへ行ってまたリリースしてもらう。
そして明日はクリスタル石の会のようなものに行ってまたヒーリングパワーのある石たちと会いに行く。
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# by mi-chanlucalu | 2013-04-13 05:31 | 生きること

断食を終えて2日目

今朝はかなりつからった。からだがしんどくて起き上がりたくなく7時半くらいまでずるずると子どもとベッドでごろごろ。今日は先生がランチにホットドッグとジュースというサービスがあるのでランチは作らなくてもいいというのがわかってはいるものの横でルカが「まま、まま、お腹すいた」とはやし立てるのでなんとか階下に下りて苦し紛れにご飯と味噌汁を温める。

彼らのうれしそうに食べる顔を見るためにとにかく自分がどんなに匂いたくなくとも、食べたくないものでも作るのがかなりつらい。でもこれだけしんどくて苦しくて立っていられないくらいしんどいんだけど、それだけはやろうとして身体は動く。

洗濯とか洗い物を全てほったらかしていたので今日いつもヘルプに来てくれる友達のしごとは多かったと思う。本当にありがたい。

昨日も「あること」があって大泣きし、今朝も大泣きしながら歌を歌いかなりまた浄化されたと思う。来てくれた友人と話したりしていると気がまぎれて、また元気になれる。

友人の一人に頼んでいた梅干があれば玄米粥がなんとか食べれた。昨日は梅干を切らしていたのでなんか全然食べれなかったのだ。それでもう少し元気になる。そのうえ彼女が持ってきてたグレープフルーツを少しもらってジュースだけ吸うとその新鮮な味に癒されたのでまたエナジーアップ。本とは生は食べるのはよくないけど、ちょっとだけだからよしとしよう。

浣腸をしたら少しだけ便がでた。そしてなんか朝に比べたら全然違うまでになった。人間ってすごい。

昨日はうまく回復食が食べられなくてかなり弱っていたので(梅干がないだけでおかゆがうまくのどをとおらない)みらとルカにかなり働いてもらった。薪をみらが家に運んでくれたり、今朝は二人にリサイクルを表に出してもらった。母が弱いと子どもは自然と強くなるものだ。

今日来てくれた友人のひとりは看護師なので聴診器をもってきてくれて、肺の音を聞いてくれた。彼女いわく思ったほどひどくない。ちゃんと空気も入っているしにごり音もそんなにないらしい。こういうの聞くとうれしい。

あああ、私は守られているんだなぁと思う。

断食は定期的にやろうと思う。かなりいい治療になった。肝臓や上腹の突っ張った感じが今はない。食欲もある。これがちょっと困る。子どもたちが食べているものが食べたくなる。今日のおやつはラーメン。でもだいじょうぶ。なんとかやり過ごせた。

やっと金曜日。子どもも私も学校から開放される。ゆっくりしよう。
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# by mi-chanlucalu | 2013-04-12 07:32 | 生きること

断食3日目

ドリカムの「決戦は金曜日」を聞きながらの正午。外は晴れ。

かなりしんどい断食3日目の朝。昨夜3時くらいまで眠りがやってこなかったのでだろうと思う。
6時過ぎ起床。BioKを二口飲むと少しおいてから吐く。朝一のBioKはお腹が嫌がったようだ。

お茶と塩を含んでかろうじて子どものランチを作り、朝食のオートミールを作った。実際それを始めたのが8時15分くらいなのでもう絶対学校に間に合わないのは分かっていた。でもそれを気にするのはみらだけなので
(学校やすもうよぉ~と言ったのに行きたいと言い張ったやつ、しかしあんまり母親から学校休もうなんてことばはでないよなぁ~るかはのったのに・・・・)

この料理をするのがかなり苦痛。立っているのがかなりしんどい。でもこれは治療。消化器系を休ませるため。今まで酷使された肝臓をいたわるため。抗がん剤や放射線の副作用に比べたら毒は身体に入ってない分やっていける。

暴風雨だったので超近い距離でも車で行く。昔はカナダも学校へ行く子どもの送り迎えはなかったらしい。色々メディアがちょっとした事件で騒ぐからと少子化でどんどん過保護になっているんだと思う。ま、ぶつぶつ言っても仕方ない。とりあえずちょっと遅れただけくらいだったのでよかった。

みらに「ままのせいでおくれたって先生に言っておき」と言った。実際みらは絶対間に合う時間に用意ができているのに私かルカのせいで遅刻する。彼女は遅刻するのも好きじゃない。うう。

一日だけ断食をしようと思ったのだけど昨日1時に鍼灸に行って治療を受けてもめまいとかがなかったので
そのまま食べずに昨日過ごした。銀行のアポとか運転もとくに問題なくこなせた。脳はシャープだ。血はちゃんと必要なところは行っている。消化のために力を費やしてない。舌は?尿は?だいじょうぶ。まだ健康。

午前中はとにかく休む。本を読みながらBio Matでクリスタル温熱治療。暖めると絶対気持ちいい。びわ温灸の効果もなかなかのものだと思っている。午後はびわ温灸をしよう。

雨も止んでお日様が見える。なんとかやっていける。断食を始めたおかげで過去1週間くらいの暗い気持ちからちょっと遠ざかることができた。

矢山先生の気の本を読み終える。彼の知識はすごい。やはり私は気をもっと勉強してこころの治療を重視したい。

妹に「なんで病院に行かないか」の聞かれた。考えなかったわけじゃない。でも彼らのオファーできることは私は分かっている。だから先にある程度自分でやれることをやりたい。効果が全くなく悪化しているなら行くかもしれない。

肝臓に腫瘍があるのは検査で分かっている。下痢は多分肝臓が春だからそのためにがんがん働いているのと癌のためだとは思う。私は今末期の医者に見離された患者になって治療をしている。だから肝臓だけを見ないでからだ全体を見る。こころを見る。医者との時間はそういうもののさまたげになるのだ。

私の心は断食によりかなり平和になっている。今そんなアロパシー医学を頼ろうとするときっとまた波だつだろうと思う。


ぶつぶつ

みんなからのメッセージありがとう!私はだいじょうぶだよ!!


合掌
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# by mi-chanlucalu | 2013-04-10 04:07 | 生きること

死ぬなら日本かなぁ

なんてタイトルと思うかもしれないけど・・・・

最近、肝臓が腫れてそのために食欲ががた落ちして、下痢が2週間ほど続いている。はじめの一週間はそんなに気にせずにいたけど、なんとなく悪化しているようだし、上腹部とか腫れているから胃も肺も圧迫されているようだ。

オイル治療でかなり全体的に動けるようになって大またなんかで歩けるようになって、色々将来のこととかも考え始めていた矢先だった。

私のなかで「急に悪化」という文字がうるうると回りだし、ネットで調べると「乳がんで肝臓転移したときの余命は1年」とか発見してしまうとかなり撃沈。

そんな感じでちょっと鬱な状態が続く。鬱は嫌いだし他から見るとそうでもないと思う。

医者に行くべきなのか、いろいろと考える。とにかく漢方をちゃんと始めよう。春は肝臓ががんがん働きだす季節できっと身体に溜まった毒素を出そうとしているのに腫瘍があるからだろうか?でも他の人の症状を見ると私は(まだ)そんなに痛みはない。詰まったような感覚はいつもある。ゲップもひどい。

気を休めるために読んだ本をひっぱりだし、他の人の癌治療成功の話しを読んで自分を勇気づける。東条さんの「自然療法」をまた読み返し何かできることはないか探る。

ここ3日間くらいびわ温灸を1日に1時間半から2時間している。昨日は強行手段にでて一日何も食べなかった。水分だけはとったけど、オイルもサプリメントもとにかくとらなかった。

もちろん、すでに最近の私は(多分)栄養失調だから夕方あたりになるとふらふらはした。お風呂は体力がいるのでとばす。睡眠はとれた。でも夜中に寝汗をかいて吐き気をもよおした。ちょっとだけ飲んだ水を吐いた。
ものすごいゲップが襲ったのでそれが吐き気になったのかもしれない。

今朝6時起床。ふらふらする。なんとかしなくては。りんごジュースをすする。
砂袋を取り出して、とりあえずサウナの電源を入れて砂袋を置いて暖める。
横になったとたん飲んだりんごジュースを出したくなる。
でも大丈夫。そのまま約1時間も転寝してしまった。

自分用に番茶をつくり塩をなめる。発芽した玄米ひとつぶを舌の下に入れておく。その前にBioKを少量飲み
善玉菌を入れる。昨日もこれはすこし飲んだ。下痢の原因のひとつに腸内の善玉菌が少ないからという説がるので気休めでも何でも何かをしたい。

なんとか子どものランチを作り、朝食を食べさせ送る。昨日は大幅に遅れたが、なんとか間に合う。
車に乗ったころには塩とお茶と米のせいかすこし勢力がでる。

でもこのままではいけない。なんとかしなくては。

胸椎がものすごく痛かったときのように人間というのは胸、臓器(とくにお腹とかの真ん中のあたり)が苦しいと恐怖感がわく。もちろん私は癌なので「死」という文字が頭をよぎる。

死ぬかもしれないと思うと最近日本へ帰りたい。なぜかは分からない。そんな気持ちが沸き起こるのだ。
それはもう無意識とか誰か私の上にいる指示をしている人がそうメッセージをつげるようにただ沸き起こる。そうなんだ。私たちは自分で何でも選択してすすんでいるようだけど、実は見えないけど私たちを守ってくれている存在がいて、きっと良い方向へいくように選択するようにヘルプしている。私たちはだいたいそれに気づくことができる。特別な力も要らない。

オイル治療もあと1本とちょっとになった。続ける?多分。でもオイル治療は日本では続けられないのだ。60gのオイルでは私の癌は消えないと確信している。とり続ければいい方向へ向かうのだろうか?

ああ、今の私に必要なのは心の安らぎであり平和なんだ。自分がどうなっても大丈夫だって思えることだ。私には珍しく全く独り言のような孤独の叫びだ。

昨日みらに「まま しぬかもしれない、でもだいじょうぶ、みらとるかにはおじさんとおばさんもいっぱいいるから」と言うと「だいじょうぶだよ。ぱぱのときもだいじょうぶだったもん。でもはなしたくない。こわかったもん」と言った。

ああ、この私の人生は私が受け止めないと。私のうえに起きることは私に返ってきていることなんだ。つらいこともうれしいことも。全て自分が引き起こしているんだ。



歩いていこう。少しづつでいい。前へ行こう。ゆっくりでいい。
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# by mi-chanlucalu | 2013-04-09 00:50 | 乳がんをめぐる

世界で一番難しい仕事

イースターの休日はいい天気が続いている。

昨夜はるかが始めて一人で友達家にお泊り。聞いたところによると友達のFくんのパジャマを着たがらずにパンツもはかずに風呂からあがると下半身裸のままうろうろ。これは彼なりのこだわりなので驚かない。
それでも一夜あけて今のところ電話もないし無事に眠れたみたいだ。

私はみらと二人で時間を・・・と思っていたけど、みらはみらで見たいもの(映画)がはっきりしていたし、私はオイルががんがんに効いていてもう眠らないと頭がかなりふらふら状態だった。そんな感じで私ららしく適当なご飯を済ませて、さっさと二人でお風呂に入り眠った。

子どもでも一人いないだけでかなり喪失感がある。二人いっぺんのお泊りは止めておこう。確かにカイが欠けた日もなんか足りないような気分だった。誰かが欠けることにセンシティブになっている。



木曜にたまたま子どもの担任に挨拶に行ったら、以前指摘されたルカの授業中の集中力のなさについての話しになった。担任はストレスっぽいものが溜まっていたらしい。1月にルカの件でEメールが来たときは、とくに話しが必要とは思わなかった。というのも、彼女はるかは一度医者にチェックしてもらったらというところにひっかかり、私的にはちゃんと食べているし寝ているから大丈夫と思いそのときはスルーした。

ぼーっとしていることが多いとの指摘も、私的にはそういうスペースアウトができることがいいところだと思ったりもするので「ええやんか、べつに」と思っていた。でも一旦担任がルカのことを話し出すと延々だった。

話しをしてから何人かのママ友に話し、意見を求め、自分なりに考えた。木曜の放課後からは私の頭のなかはるかのことしか考えられなくなった。先生のことばを引っ張り出して吟味し、自分なりに整理していった。

当日にルカにちらっとくらいの感じで「るか、先生がるかがあんまり聞いてないって言ってたけど」と話すと、ルカはすぐに「るかは聞いているんだよぉ。でもMathが・・」との発言。つまり彼は周りに起こっていることははっきりわかっている。彼はインテリジェントだと先生も分かっている。実際4,5歳から本読みも算数もルカの方がみらよりも理解していてそれは今も変わらない。

るかのような子どもは先生は扱いにくい。だから医者に診断してもらいなんらかのレベルをしてもらいたいのかもしれない。母親にしても彼はよく分からないところが一杯あるのだ。でも私はそこが好きなのだ。

先生的には、私が「だから彼はホームスクールしていたんです」と言うと、「休みのときは率先して遊んでる」と言った時の言い方が、いわゆる昔のお母さん、お父さん、先生の口調だ。「遊びはするけど、勉強は全然」というんだ。勉強と遊びに線を引く。遊びのなかにどれだけ習うことがあるか、それがどれだけ子どもにとって大事なのかという点には必ずといっていいほど、クレジットをくれない。

担任はかなりフェアな人だと思う。でも州の文部省からのガイドラインがある。彼女はしごとをしているだけだ。だからルカに対する態度もとくにきついわけじゃないと思う。彼女の授業の持っていきかたがルカにはおもしろくないのだ。だから聞く気になれない。そうは考えないのだろう。23人の生徒のほとんどが聞いていたら聞いていない数人はどうしても非難される。彼女にはそういう権力があるのだ。

そして、多分、そういう理解のなさ(生徒が集中できないのは生徒のせい)が誰にも分からないうちに小さい心を傷つけるのだ。大げさだろうか?

私は今でも母親が「ちゃんとみんなとおんなじことして先生のいうこときいといたらえんや」みたいなことを言われたことがあるのを覚えている。そして、それは違うとも思っていた。小学校はそんなに深く考えなかったとしても、中学校に入ってつくづく学校がいやだった。だから高校へは行きたくないと母を困らした。

学校体制にはある程度の無理がある。だいたいあれだけのたくさんの子どもが全く同じことを個人のレベルに関係なく詰め込まれる。それに1年間のうちに生まれた月にかなりの差がある。大きな差では1年くらいにまでなるのだ。10月生まれの彼らは損なのだ。

もんもんと考えた夜があけて、金曜の朝にみらより早く起きたルカが私のところに来て、朝一の発言が「まま、るかはPay Attentionしてないんじゃないんだよぉ」と言った。

気にしている。

彼には回りががみがみと言うのは聞こえているんだ。非難の声も聞こえている。


そしてその朝、まだみらが起きていないときに、「まま」 とるか。

「ママ」(2度よぶ、ちゃんと聞いて欲しいから、目をまっすぐに見る)

「今からVery important thingを言うよ」

「まま、だいすき」と言いながら不器用に手を私の首に回し彼なりのハグをくれた。


至福のとき、だ。母親として。



彼はきのうから私が彼のことを必死で考えていたことをこころで知っているんだと思った。






母親行は世界で一番難しいしごとだ、と亡き夫が言ってくれたことがある。


そうなんだ。


これから彼らを育てていくことは大変なことなんだ。今が彼らの将来を左右するのだ。
私が彼らの人生に影響を与えるのだ。


でも、だから世界で一番意味のあるしごとでもある。





さて今日は山に登ろう。小さな達成感を得るために。
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# by mi-chanlucalu | 2013-03-30 00:52 | 子育て

食事療法におけるひとつの案

春休み最後の日曜日。

昨日から今度は真剣に始めた朝食抜きの一日2食。

ブロ友のHさんから紹介された「薬屋のおやじのぼやき」の小食、断食のところで、またまた納得してしまったので、以前甲田医師の小食、
い断食のすすめの本の内容も思い出したのもあり、最近癌治療における私の食事療法が全く意識のほとんど無い内容だったのでちょうどタイムリーだったのだ。

なぜなら?
つくづく食事というものは人のために作るものだなあと思った。自分が食べたいものを作るのだけど(ある程度は)それをおいしいと言って分かち合える瞬間というのは、共感できて一緒に食べる行為が食事の醍醐味であって、色んな種類の野菜を食べない、つまり私が食べるものをおいしいといって食べるわけもないから子どもにはどうしても子ども用なメニューになる。そうするとどうしても私はがん患者用の食事を自分のためにせっせとつくらないといけない。時間がたっぷりあっても自分のためだけのおいしい料理を7日間作り続けるのはやはりどうしても無理がある。新鮮な野菜や食材も一人分を作るのは無駄がある。そして何よりそのエネルギーがいるしごとはオイル治療をしながらではどうしてもやる気が起きない。
そう。オイルが効いているとかなりレイジーな幸せな気分なので、色んな細かいことは「(どうでも)いいじゃないかぁ~!」という気分になり、最近はまっている「がきの使いやあらへんで」の「ききシリーズ」をだらだらと観て、へらへらと(っていうかたまにげらげらと)笑っている。

だいたい私が子どもにあの一般のカレーが最近2,3回夕食になってる。夕飯の時間はオイルが効いているときが多いのでとくに料理をがんがんする気がない。そのうえこれが食べたいと思うような欲求がないので何を作っていいのかさえ分からないようになってきている。味覚もなぜか最近変わっているようだし、食も細くなったので以前みたいにパパとがんがん食べていたようにがんがん、るんるん「今日はこれつくろ~」というような気持ちがあまり沸き起こらない。

小食、断食はいいことがいっぱいだし、子どもにだけ簡単な料理をしていればなんとかまわるんなら、それに1食にしたときに、それならまた玄米も食べ始めるかな、なんていうことも思えるようなって、今は気持ち的に楽になった。マリファナオイルを始めて、真剣に食事療法なんて絶対ちゃんとするのは無理な状態だったので
「楽」と「続ける」のは治療において大事なことだから、食べないでいいならそれの方が楽なのだ。

以前に朝食抜きはやっていたし、最近でもとくに食事というほどのものは食べてなくて朝は果物程度だったのでそんなに苦労しないだろうと思いきや、昨日の朝はものすごくおなかがすいた。なので朝にキャロット、アップルジュースを1年以上ぶりに始めることにもした。なので朝はそのしぼりたてのジュースが一杯とマリファナオイルとサプリ。これで午前中もたせる。朝は解毒の時間だからジェイソンウィンター茶を飲んでからサウナに入る。これも日課になってる。前はサウナに入るから食べとかないとと思っていたけど、実際何も食べなくてもふらふらしたりしない。

いつも色んな新しいことを発見したり、経験したりよんだりしたときに思うことなんだが、人間ってなんて洗脳されやすい動物なんだろうと思う。とくに日本人はひどいんじゃないかと思う。もちろんその洗脳されやすさがいい方向へいって働いているときもいっぱいあるんだけどね。

小食のことを友人の一人に話していると、日本で小食、断食の勧めを書いた本が流行っているのだそうだ。
それを「薬屋の親父・・」のブログで発見。
やれやれ。流行らないでずっと続けて欲しいものだ。これからは予防医学の時代だから、病気じゃない人たちが病気にならないような生活をしていくべきなんだ。

明日から学校が始まる。ううぅ。早起きが・・・・
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# by mi-chanlucalu | 2013-03-24 03:25 | 乳がんをめぐる

Parksville

こんな時間にブログを書くことは最近全くなかったけど、この時間にかなり頭がすっきりと涼しいのでなんか書いてみることにした。

昨日まで3泊で去年だけ行かなかったけど毎年夏なると家族で行っていた車で2時間ほどのパークスビルへ行った。友人とその息子と5人で行った。

この土地にはあまりにも家族での思い出が多すぎで、なんとなく悲しくなってしまった。
あまりにも彼を思い出しすぎたバケーションになった。

るかは風邪がひどくなり、私がルカと「待つ」時間、つまりルカはしんどくて参加できなかったときが何度かあって看病的にルカとまったりした時間なりを過ごす羽目になることもあったけど、最後の方で彼はなんとかカムバックして参加できるようになり、ひどい咳をしながらも何とか楽しんだのでよしとする。

洞窟へも行けたし(かなり寒かったのでルカは途中でリタイア)ミニゴルフや自転車乗りとかビーチ以外のことで今回は楽しんだ。春にここに来たのは初めてだった。

オイルの効用があっても一人でストーンして部屋にいるのはあまりにも情けないから、結構強行に色々参加してまたまた自信をつけた。最近はこれくらいなら運転は大丈夫とかやばいとかの「効き程度」の判断もできるようになったし、一歩ま違えば危ない治療も順調にすすんでいる。

ただ1泊目以外の2晩は朝の1時をすぎても眠れなかった。オイルもかなり夜はとっているのにどうしたんだろうって感じだった。そのせいで最後の朝はなかなか起きられず、だらだらと午前中が終わってしまった。

天気は4日間かなり暖かくなったかと思えば嵐っぽくなったりとまさに春が始まったような日々だった。

ルカは帰りの車のなかで、家に戻っても春休みはまだ4日間あると知ってよろこんでいた。
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# by mi-chanlucalu | 2013-03-21 12:57 | カナダライフ

治療は続行中

この2週間くらいに大麻オイルを一日1gとれるようになった。
1gというのが目標量だったので6週間くらいで達成できた。これからずっと続けていくことになる。

今のところそんなにハイにならずになんとかやっている。もちろん大麻は自然のものでおもしろいことに同じような量をとってもがんがん効いているときと、何にも普通と変わらず日常生活ができるときとの差がある。

さて、リックシンプソンのいうようにオイル60g後の私はCancer freeなんだろうか?それとももっとかかるかもしれない。こう考えると怖いのは、オイルが終わっても癌の症状が変わらず(だったらまだいい)悪化、進行とかしてたらしゃれにならんよ~!!!

ま、そういうことを深く考えずにやっていくしかない。


丸山ワクチンを始めた。兄の協力を借りて日本から送ってもらい、こっちの主治医に監督になってもらい一日おきに注射を打つ。皮下注射なので自分でやる。日本だったら本来はその監督している主治医に頼まないといけないけど、私のドクターは自分でやるならどうぞって感じなので気がらくだ。

これで免疫力をあげ、強くなるからだづくりをする。

昨日は床下に落ちていたものを拾おうとしたときに右の背中がぎっくり腰のようにぐきっとなり、その痛みがひどくてなかなか家事をするのが困難になってしまった。背中だけでなく右の肋骨も普通に歩いているだけでもかなり痛いのでもしかしたら骨にひびが入っているのかもしれない。


憂鬱。



早速昨日のうちに鍼師に電話して治してもらうように手配する。治りますように!

とにかく少しでも痛みの軽減をしなくては。


3月になり来週からは2週間の春休み。何をしようかなぁ~。
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# by mi-chanlucalu | 2013-03-07 02:15 | 乳がんをめぐる

ぼくたちは死に向かって生きているんだよ

と書くとなんか否定的に聞こえるかもしれない。
でも
私たちの死亡する確率は100%なんだよ。

私の友人の兄が人間の歳で30代で亡くなった。

彼は癌だった。彼とはことばを交わしたこともなかったけどある程度の状況は友人から聞いて
知っていた。だから目をむくほどの驚きではなかった。

でも、癌で誰かが死ぬことを聞くのは正直言ってつらい。

彼のためにそして彼の妹のための涙は私のための涙なのだ。

歌を歌いながら泣いた。


彼はもう痛みから解放され、治療をどうしようかとか、小さい子どものことを案じたりしなくてもよくなった。きっと今はどこかとてもきれいなところで楽になっているんだと思う。



人の死は周りの人に色んなことを教えてくれる。それだけのために人は死んでいくのではないけれど、それだけでも意味のあることなのだ。あるときには。それだけでも他の人の人生を変えてしまえるパワーがあるのだ。死に行く人はそういうことを知っておくべきだ。

あなたの存在や人生そのものは意味あるもので、無駄は全くないんだと。そしてそれは死にいたり死後でさえ誰かに影響を与え続けることができるということを。


死は終わりではない。


ダライラマ14世のことばのように、私たちは身体という衣服を脱ぎ捨てて次の段階へすすむために一旦、この私たちが「現実」と信じている世界から去るのだ。

でも死を美化するべきではない。つまり死に急ぐことはない。

でも死を悪や否定的なものと化さないように子どもたちに教えていきたい。



死は自然の一部なのだ。



私たちすべての人類に死が訪れることを受け入れ、諦めないで一日一日を大切に生きよう。


あなたは毎日無数の選択をしながら生きている。

あなたに病気がなくても、あなたが今そうやって生きているだけが奇跡なんだよ!!



今土曜の朝日が私を優しく包んでくれている。この瞬間にものすごい幸せを私は感じる。朝日を毎日浴びることは2月のビクトリアでは無理なのでうれしい。

私は無類の太陽好きなのだ。


太陽さん、今日もでてくれてありがとう!
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# by mi-chanlucalu | 2013-02-16 02:55 | 生きること